フローライト王国
「んじゃぁ、コイツら頼むわ~~」
「お任せください、ロイさん」
亀裂の向こうの冒険者ギルド職員に捕らえた神官たちを引き渡せば、ピタリと亀裂が閉じる。
「いや、いいんですか?あれで。てか、今のどこ!?ギルドの拠点だってのは分かりましたけど……!」
「ん?フローライト王国王都のギルド。あそこくらいは行ったことあるから、空間くらい繋げられんだよ。さすがにこんなマニアックな村の場所は知らねぇけど」
大きな依頼だったら王都に行くこともある。でもよほどのことがなければ、フローライト王国の端には来ない。こちらにはこちらの冒険者がいるし、俺はドラゴニア王国を拠点にする冒険者だし、国々を渡り歩き決まった拠点を持たない冒険者でもない。
「それに、あいつらに預けとけば、たとえ国家であろうと大神殿であろうと……オトナの夜遊び好きな教皇でも安易に手は出せねぇさ。そんなことやれば、冒険者ギルドと敵対することになるからな」
「その……祖父の遊びについては……えぇと、置いておいて。やる気なさそうで意外と考えてますよね、ロイさん」
「……おめぇだけここに置いてけぼりにしよぉかぁ?」
「すみません、調子にのりましたぁっ!!」
「分かりゃぁいいんだよ」
「それじゃぁ隣の村だけど、この距離、方向よ」
ダニエルの端末は壊したので、うちのクルルたんがフローライトの冒険者ギルドからギルドアプリでマップをダウンロードしてくれたのだ。
来るときは元フローライト国民のダニエルに任せたが、ハッキングされてたかんな。やはりギルド提供のマップの方が便利だ。ダウンロードに時間……かかるけど。
「んじゃぁ、行くか!」
空間裂傷で空間に穴を開ければ、楽々隣の村へ移る。
「敵襲か!?」
「ひいぃ、竜……!?」
「何ものだ貴様らぁっ!!」
生命体に害はないとはいえ……住民も起きてくる時間だかんなぁ……。
……たまに騒ぎになる。
「つーか、竜と竜族の区別つかないなんてどんだけ僻地なんだよ。始まりの村の隣村ぁっ!あと、うちのクルルたんは最っ高にまぶいだろうが、キュート&セクシーだろうがぁっ!全員禿げにしてやろうかぁっ!!」
「あら、嬉しいっ!ロイも最っ高にカッコよくて……夜もお、じょ、う、ずっ!」
「えぇーと、ロイさんの夜の情報はいらない……と言うかアリシアちゃんもいるんですから、そう言う話題は……っ。あとロイさん!村人一同禿げ化はやめましょうね!?それに竜族はフローライト王国の一般国民にとっては伝説みたいな存在なんですから!」
確かに……ドラゴニアから出る竜族はあまりいねぇな。自治領から出て、国内各地に行ったとしても、国を出ることは滅多にないのである。
まぁ俺はクルルたんとフローライト王国の王都には行ったことがあるが。
「まぁ、ここは冒険者カードでも提示しておくか……」
端末をいじろうとすれば、村人たちが騒然としている……?
「アリシア……?」
「今、アリシアと……」
「だが、面影があるぞ」
「まさか……聖女アリシア……?」
「……アリシアのことを知っているのか?」
「あの……私、隣のBLTサンドの出身で……!アリシアです!」
え?始まりの村ってそう呼ぶの?サンドなのか?サンドでいいのか……っ!?
「BLTサン……?は分からないが……始まりの村BLTはずいぶんと前に滅びたよ……アリシアちゃんが王都で聖女さまになって……3年後くらいだったかねぇ」
「……っ、どう、して……」
アリシアは覚悟はしていたとはいえ……俯きながら声を絞り出す。
「魔物の強襲さ。こっちに来なかったのが奇跡だったけど……村人ひとり残らず死んじまった」
つまりは、今回と同じようなことをしたわけか。
「勇者さまが生まれためでたい村だってーんのに……なんてこったい」
……いや、どう考えたって呪いの村だろ。人為的に引き起こされたこととはいえ……始まりの村は確実に神殿によって……夜遊び教皇によって呪われている……っ!
「た、助かったひとは……?お父さんや、お母さんは……お兄ちゃんは……!?」
「いないね……逃げることもできないほど、無惨な状態だったって」
「でも教皇さまが、勇者さまの生まれためでたい村だからって、直々に聖騎士と神官を派遣してくれてね」
「ちゃんと遺体も埋葬されたし、村人たちも勇者の生まれたことは村に入っての誇りになる。胸を張って逝けただろう」
いや完全に神殿の……教皇の自作自演なんだが。呪われた村に生まれたことを誇りとは……やっぱり分からん、この国は……。王都でさらっとクエストこなして帰るだけじゃ……こんな末端のBLTサンドのことまでは分かるまい。
「そんな……っ。お父さん……お母さん……お兄ちゃん……」
「アリシアちゃん……」
真実を知ったダニエルも、ある意味複雑だろうが。
「いや、でも……勇者さまは王都にいるはずだ」
「そうよねぇ」
「え……アリシアちゃんのお兄さん、生きてるんですか!?」
「お兄ちゃんが……王都に……?」
「そうさ。確か村が滅ぶ少し前に、王都から迎えが来て、王都へ向かってね。勇者ロドリゲスさまの教えを受けているはずだ」
つまり、勇者だけは保険のために連れ出して、滅ぼしたと言うことか。しかし何のために……?
「勇者さまがいらっしゃれば、村も助かっただろうに」
「勇者さまが王都へ向かった後に、襲われるだなんてっ」
いや……勇者っつったって……神の加護を持ち、ステータスが将来優秀に育つだけの……ただの子どもだろう。
いたところで、村ひとつ滅ぼす魔物に襲われりゃぁ……簡単に死ぬ。
それがこの世界で生まれた勇者なんだから。
何のために、勇者を……。いや……この国は、定期的に勇者の生まれた村が滅びている。しかし、勇者だけは生き残っているとしたら……。
「馬鹿馬鹿しいな」
村人たちの前から踵を返せば、ダニエルたちも追ってくる。
「ロイさん?」
「とっとと王都に行くか。何も残ってないのなら、ここにいる意味はもうねぇ。とっととその勇者とやらのところに行くぞ」
「それも……そうですが……。その、いいんですか?勇者さまのところまで送ってくれるだなんて……」
「アリシアの依頼は、家族に会うまでだろ?勇者が王都にいんなら行くに決まってるだろうが。俺はもらった報酬分は働くんでね」
「相変わらずですけど……まぁ、そう言うところは嫌いじゃないです」
「ロイさまは……本当は優しいんです!」
「あら、モテモテじゃないの」
「ちゃかすなよ、でもかわいく首を傾げるクルルたんはマジかわいい」
「分かってるじゃないの。それじゃ、もう少しだけ、頑張りましょっ」
「う――――……さすがに疲れたんだが……転移するか」
「……え、また突然!?」
「王都……っ」
アリシアが不安げな表情を見せる。まぁ、王都に行けば神殿に連れ戻されるかもしんねぇしな……。
「心配すんなよ。神殿になんて渡したら、出世払いが見込めなくなるだろうが……っ!」
「ロイさま……」
「ほんとがめつい……ですけどアリシアちゃんの無事が保障されるのなら何のそのです」
「あら、ダニエルちゃんも分かってきたじゃない」
クスクスとクルルたんが微笑む。何のことかは分からんが、クルルたんがかわいいのでやる気は出るよな……!
ほんと、俺の嫁クルルたん最高……っ!!
――――フローライト王国王都・ギルド本部前。
つまり先ほど神官たちを任せたギルド前である。やっぱり冒険者だもの、異国であれどギルドっつー響きだけで安心するもんだ。世界各地にある冒険者ギルドはそれだけの信頼がある。しかし……。
「マジひっさびさ。変わってんのかどうなのか分からん」
街の賑わいや往来の多さはドラゴニアの王都に通ずるところはある。冒険者ギルド前だから冒険者たちがわいわいしているし、王都やら大きい街のギルドもこんなもんだ。それでも異国。空気も雰囲気も違う。
「名所はそんなに変わらないかと。向こうのあの大きな建物が城、その隣の建物が大神殿です。さすがに冒険者ギルドは初めて来ましたが、たしか城下町の冒険者街と呼ばれるところでは?」
「ほう……?さすがは現地民。多分ここは冒険者街だろうな。そして何かあったかもしんない、ああいうの」
「もう国籍変わってるので元ですけどね。王都は区画で分かれているとはいえ……裏道などが何気に複雑なので、迷子にはならないよう気を付けませんと」
「じゃぁ迷子にならないように、お手手繋ごうか。アリシアちゃん」
「はい、クルルさん!」
クルルたんは相変わらずかわいいなぁ。
「でもここからどこへ向かえば……?勇者さまなら、ロイさんのようにギルドに登録してるでしょうか?」
「どうだかな……」
ドラゴニアなら、国がそんなに厳重に囲ってる訳じゃない。ギルドに登録して冒険者やろうが、ラブホ行こうが自由だが。
どうにもこの国の勇者は……。
「おっと……ちょうどいいところに現れたか。それとも俺に何かようか?」
まるで狙いを定めたかのように俺たちの前で止まったその男にニヤリと笑いかける。
「まさか……お前が絡んでいたとはな。ドラゴニアの勇者・ロイ。……だが、アリシアさまは我がフローライト王国の聖女。聖女さまを引き渡していただこうか……!」