ドラゴニアの勇者
黒い鎧の翼はその丈夫さに比例するように、軽々と空中を駆け抜ける摩訶不思議な鱗だ。
不意をつくように上空に覆い被さる赤い巨体に素早くランスを突き立てれば、火花が舞い巨体を弾き飛ばす。
すかさず黒い尾を叩きつければ、バランスを崩した巨大な竜が全貌を現しながら、魔物たちの残骸に向かって突っ込んでいく。
「え……ロイさん……あなた……まさか……っ」
「おめぇ、驚愕しすぎだ、ダニエル。調書には書いてなかったのかよ」
「いや、ロイさんが竜族だなんて書いてませんでしたし、今まで角も、翼も尾もなかったじゃないですか……!」
「俺は竜族と人族のミックスだから、どっちの姿でもイケんだよ。普段はヒト族の姿だからヒト族で登録してるしー」
「えええぇぇっ!?」
「でもこの姿の時は竜の血が滾るからとっておきの場面でしか見れねぇよ。おめぇら運がいいな……!」
「いや、竜の血が滾るって……」
「さぁて……こんくれぇでへばるたぁ、言わせねぇぞ。この俺に牙を向けた以上は……もう少し楽しませろ……っ!」
魔物の竜と神龍の子孫である竜族は似て非なるものだが、魔物の竜も神格化されるから、それはヒト側にいるか、魔物側にいるかの違いかもしれない。
だが……。
互いの力量差は、竜同士だからこそ分かると言うもの。
しかし自治領を離れた……或いは追い出されたはぐれ竜たちは、時に興味深い行動をとる。
こういう風に……、再び俺めがけ、赤い鎧を
必死の形相でこちらに向かってくる。
後には退けないのだろう。逃げれば狩られる。敗けても上位の竜に逆らった報復は計り知れない。
あれは勝つしか逃げ道はないのだ。
獣よりだからこそ……その本能に呑まれる。
この金色の角の前では……。
『ゴオォォォォオォォォ――――――――ッ!!!』
竜が咆哮を上げ、大きく開け放たれた喉から、ブレスを解き放たんと光を溜め込む。
「ブレスには……やっぱりブレスだろう?」
竜鋼製のランスが神龍の力を帯びながら、その先端に粒子を纏わせて、竜のブレスと共に放たれる……っ!
「貫けやあぁぁぁぁ――――――っ!!!」
その肉体ごと、鱗ごと……。
「破鱗裂傷……!!」
その瞬間、普段は軽々しく身体を宙に浮かせる鎧の翼がガクンと重みを増して衝撃を受け止める。ほんと、これで落ちないのも竜の神秘だわな……。
そして全てを切り裂くようなブレスが、竜のブレスごと竜を包み込めば……
悔しげに、しかしどこか哀愁を帯びた断末魔の叫びが響き渡り、地面に巨体の残骸がパラパラと落ちてくる……。うーん……やっぱブレスのぶつけ合いすると素材にはなんねぇんだよなぁ……。
しかも聖剣でやると聖剣も折れやがる。コスパが悪すぎるから、やっぱ竜鋼ランス一択だな。うん。
しかし……このはぐれ竜は、やはり昔神龍の元を追い出されでもしたのだろうか。いや……だからこそこんな場所ではぐれ竜となったのだろう。
そこに戻れなかった……悲しみか。いや、関係ねぇか。
「前金、もらってるんでな」
しゅたっと地面に着地し、ヒト族の姿に戻れば、パタパタとダニエルとアリシアが駆けてくる。
「ちょおぉぉぉっ!?ロイさん今の何ですかアレ――――――――っ!」
「その……本当に、何が何だか……竜に勝って……あ、勝ったロイさまも……」
「まぁ、魔物は片付いたしいいんじゃねぇの?報酬分は俺も働いてやる」
「……ちょっと感動しかけた私の気持ちを返してください」
「でも……良かった……」
アリシアが気が抜けたようふらっとバランスを崩し、すかさずダニエルが受け止める。
「あ、そう言えばクルルさんは……」
「おっまたせぇ~~!さっきのすごいブレスだったわね!カッコよかったわよ!ダーリンッ!」
クルルは手に持っていたものを地面に投げ捨てると、空から勢いよく飛び付いてくる。
「ったりめぇよ、クルルたんにカッコいいとこ見せないと~~!俺張り切っちゃったもんねー」
「んんっ!さすがはダーリンねっ」
そしてご褒美のちゅーくれるクルルたんマジでかわいい、愛してる。
「あの、夫婦ラブラブなのは結構なんですけど……クルルさんがさっき投げ捨てたの……神官じゃないですか――――――っ!」
ダニエルの言う通り、そこには哀れにも竜の狩女に捕まった神官2人が伸びていた。
「んぁー、コイツらが魔物けしかけたんだよ。魔物を呼び寄せるとか、禁術なはずなのになぁ……?たとえ他国だからとはいえ、冒険者ギルドは世界中にある。ギルドを敵に回す行為に他ならねぇよ」
「そうよねぇ。森の中に潜んでいろいろやってたから、捕まえて来たってわけ。禁術に使う魔物を呼び寄せる音……と言うのかしら?竜族にはバレバレですもの。すぐに分かったわよ」
「えぇ……竜族のスキルにも驚きですが……魔物を……っ!?先ほどの魔物は彼らが呼び寄せたんですか!?しかも竜まで来るなんて……っ。ですが一体何のために……!」
「狙われたんだろうなぁ?」
「一体何を狙って……」
「普通に考えるなら、神殿を抜け出した聖女・アリシアだ」
「そんな、どうしてアリシアちゃんを!?聖女は世界の宝ですよ!」
「コイツらは……フローライトの神官だろう?」
「えぇ……まぁ。神官は国ごとに、エンブレムに所属が刻まれていますから」
「フローライトには今、シェリーがいる」
「いや、確かにそうですけど、シェリーちゃんはドラゴニア国民。フローライトが好き勝手できないはずです」
「そのはずなんだが……そうまでしてアリシアを狙うのならば、この村が滅びた理由と関連してるんだろう?まず隣村に行って、その理由を確かめる」
「それも……そうですね」
「だがその前にひとつ。お前魔法端末見せてみ?」
「え?あぁ、はい。どうぞ」
「クルルた~ん、頼むわ」
「は~~い」
クルルたんはダニエルから魔法端末を受け取るとさくさくと操作し始める。
「やっぱり。これ、遠隔操作でハッキングされているわね。アプリもカメラなんかも……起動されていたみたいだわ」
「えぇぇっ!?どうして、そんな」
「ダニエル、これ、神殿から支給されたもんだろ」
「えぇ……まぁ」
「それも、最初に神官になったフローライト王国で」
「……っ。そう言えば……お気付きだったのですね」
「まぁな。ドラゴニアのこと、あんま知らねぇようだったし。ドラゴニアの神官たちが持ってる端末は一応見慣れてんの。シェリーや女性神官たちも持ってたし。やけにフローライト国内のこと知ってただろ?だからこっちの出身じゃねぇのかと思った」
「そ……それはそうですが……それだけで特定できるなんて……でも……すみません……っ!隠していて……っ」
「スパイじゃねぇんなら構わねぇよ」
「それは断じてありません!私は……この国が嫌で出たので。国籍ももうドラゴニア国民です。ビギナーですけど」
「そうだな、お前はただの熟女好きビギナー国民だ!」
「そうね!ハッキングされてたけど……!」
「それはそのぅ……すみません。あと熟女好きは余計です。……ですけどどうして……私がアリシアちゃんと一緒にいることを、こちらの神官が掴んだのでしょう?普通は分からないのでは……?アタリをつけるにしても……何故私に……」
「元々監視してたとしたらどうだ?」
「……え、誰が……何のために」
「ねぇ、逆ハッキングしてみたんだけど」
「逆は……っ、そんなことまでできるんですか……!?クルルさん!!」
「まぁねぇ。普段はやらないのだけど。……見てこれ」
クルルたんがアリシアの女を塞ぎながら俺たちに画面を見せてくる。
「あぁー……これ。そうか、例の……。オトナのアソビバだな」
「……すみません……その、これ、祖父ですね」
つまりダニエルは、教皇の孫。ただの孫バカなのか、それとも監視なのか。
「オトナの?」
「アリシアちゃんはオトナになったらね~~」
「は……はい……!」
アリシアは素直でよろしいな。目隠しを放してもらったアリシアが首を傾げる。
「んで、お前この端末どうする?」
「ハッキング対策することもできるけど……」
「その……私はもうドラゴニア国民ですので。ドラゴニアの神官が支給する端末を新たに受け取ります!それは……破壊してくれませんか……?」
「しゃぁねぇな。あのジジイの弱み握った対価に特別サービスだ」
ガツンッ!!
竜鋼ランスの前で端末は、いとも簡単に藻屑と消え果てた。
「さて、隣の村向かうかー」
「そ……そうですね……!」
――――まだまだ謎は……残っているしな。