調教の始まりだぁっ!
――――お前は決して逆らってはいけないドラゴニアの勇者をまだ知らないんだったな。
「さぁて……楽しもうかァ」
バタリと床に打ち付けられて崩れるアーラに向けて歩を進める。
「う……ぐっ」
「お前は俺の地雷を踏み抜いた。ただじゃぁ帰さねえぞ」
「この……勇者がっ!ゆ、ユリーカは、ぼくのっ」
「あ゛?言っておくが俺はタイヨウほどお人好しじゃぁねぇぞ。ユリーカがファミリーと呼ぼうがお前がユリーカにどんな歪んだ感情を向けようが……俺の大事なもんに手ぇだすんなら……消すだけだ」
「ひ……っ、おま……っ、本当に勇者か……っ」
「あぁ。ドラゴニアの品性下劣勇者とは俺のことだ。一生忘れられない恐怖をお前に叩き込んでやるよ」
ニィと口角を吊り上げればアーラがふるふると震え出す。どうやら魔族の中でも高位だからこそ、その本能は備わっているのか。それとも呼び起こされたのか。
人間よりも魔族は上位種族。そして竜族は……魔族よりも上位種族である。
「い……いや……消えたく、な……っ」
「そうかそうか、お前は消されるのが恐いか」
恐怖耐性を持つ古代の勇者ですら魔王城に脚を踏み入れる際は武者震いを覚えたと言う。命を懸け、時には魔王と相討ち覚悟で臨んだ。それに比べてお前は……。
「命を奪われるのが恐いのか」
その覚悟もなしにあんな極大魔法を放つとは。ひとの命が危ぶまれるものだと言うことも知らないのか。或いは覚悟もなしに手を出したか。どちらにせよ……調教は必要だナァ?
「い……いや……ひぃ……っ」
「……ロイさん!」
その時、タイヨウが俺の腕を掴む。
「もう……充分です。ぼくは大丈夫ですから」
「……タイヨウ」
「彼も……やってはいけないことをやったんだって……もう分かったはずです」
お前はどこまでも……まっすぐで、正義感溢れる勇者だな。
そんな勇者をもうひとりだけ、知っている。一度剣を交えればもう友だちとか訳の分からんことを言う勇者だが。
しかし……そこで立ち止まれる勇者も……ある意味勇者だな。
「分かったよ」
アーラへの威圧を止めれば、タイヨウがホッと息を吐く。
「な……なんで……何で助けたっ」
アーラが俺を止めたタイヨウを憎らしげに見る。
「あなたがいなくなったら、きっとユリーカが悲しむ」
タイヨウの根底にあるのはその優しさだ。同時にアーラを許す強さも。俺は……最後までお前の叔父の命を奪ったアイツを許せなかったのに。
「く……っ、うっ、お前なんかが……寿命も、違うのに」
「それなら、ぼくはユリーカと一緒にいられる時間を大切にします」
キナも同じことを言っていた。そう……懐かしいな。キナが生きていたら、俺は怒られていたかもしれない。聖女とは時に勇者よりも強い心で勇者を糺すものだ。
「きれい……ごとをっ」
「きれいごとでも何でも……それがぼくの本心です」
迷いのないまっすぐな言葉。
「そう言うことだ、アーラ」
そして次の瞬間現れた男にアーラがしゅんとなる。男の周りには一瞬ひらひらとコウモリが舞いすうっと消えていった。全く……ここまでサービスがいいとは。城を壊されたくないのか、目覚めた瞬間働かされる魔王への憐憫か……?
「ロイ、アーラのことは俺に任せろ。お前はユリーカを」
「分かったよ、ヴィン」
ヴィンがそう言うってことは、魔王四天王では無理だと言うことだ。竜の力がいる。上位種の、竜の力が。
「あちらには……ドロシーもいる」
ヴィンはまだ同胞を……ドロシーを信じているんだな。
「任せろや。お前ら魔王四天王の調教は……俺の趣味だからなぁ」
アーラが再び『ひっ』となるが知ったことではない。
場所は分かる。座標も分かる。
「よし、行くぞタイヨウ!空間裂傷!」
「はい、ロイさん!」
俺たちは空間の裂け目の先へと飛び込んだ。




