舌鼓
――――夕飯の時間になり、俺たちはエスト王やアヤメとの会食に招かれた。
こちらの夜着・浴衣に身を包んでっと……。
「ロイさんうまいですね」
と、ダニエル。ダニエルはタイヨウに手伝ってもらったようだ。タイヨウは普通に着ているものの、それほどいつも着るものでもないらしい。まぁ坊も『筋肉痛になるからいつもは着ない』とか言ってたなぁ。
「まぁ初めてじゃないからなぁ」
「よくこちらに来るんですね」
と、タイヨウ。タイヨウの帯が曲がっていたので直しつつ。
「まぁな。ここはほとんどが布団だから……夫婦の運動会がマンネリ化した時にもおすすめだ」
「え?運動会ってこちらにもあるんですか?」
「ちょっとロイさん!子どもに何て話してるんですかーっ!!」
ダニエルが叫ぶ。
「ちょっとどうしたの?騒がしいわね」
そこにシェリーたち女子組がやって来た。
「なに……タイヨウくらいの年齢の男子が好きな話だ」
「違いますっ!」
ダニエルが再びツッコミを入れてくる。
「えぇ~~?」
へらへらと笑っていれば。
「んもぅダーリンっ!お行儀よくねっ!」
あーん、クルルたんはいつも通りかわいい~~!さらに久々の浴衣姿もいいじゃねぇか。……今すぐベッドイン……いや布団インしたいな。
「取り敢えずロイさん、夕飯前ですんで」
だから何で分かんだよダニエル!
「それにしても……楽しみね!何が出てくるのかしら!」
ユリーカはすっかり満喫しているようだ。魔王国のことで悩みとか不安とか……ま、ないわけではないだろうが。しかしながらユリーカの元気がなければ目覚めた魔王も悲しかろう。だからせめて子どもたちで楽しんでいれば……そう思うんだよな。
俺たちも席につき、そこにアヤメとエスト王も来てくれて、俺たちの前にお膳が並べられていく。
「この赤いのは?」
ユリーカが早速興味深々だ。
「鮪……魚の刺身だ。山葵醤油につけて食べるのだ。生だが平気か?焼き物に変えることもできるが……魔王国でも刺身は食べると聞いたことがある」
と、アヤメ。
「えぇ。魚と言うかウニとか、帆立とかなら生でも食べるわ。魚は焼く方が多いけど、これはこれで美味しそうね!」
「それなら良かった。だが山葵は……」
アヤメが言い終わる前にユリーカが刺身を口に入れる。何か山葵めっちゃ乗せてなかったか?タイヨウの真似をしていたようだが。
「ん、山葵のツンと抜ける感じ、久々」
タイヨウは平気……と言うかむしろ懐かしみを覚えているんだが。
「――――――っ!!!」
ユリーカが目に涙を浮かべて悶絶する。
「だ、大丈夫か!?ほら、水を!」
アヤメにもらった水をぐいっと飲んでユリーカがゼェハァする。魔王国はあまり生魚を食べないからか……山葵には親しみがないのだろうか。同じ海に面した国でも違いがあるなぁ。
「ユリーカ姫、大変失礼を」
エスト王が慌てているが、ユリーカはふるふると首を横に振る。
「その……現地のものを食べる、大事」
方向音痴で各地でお世話になってきたからか、サバイバー王女は食には強かった。
「そ、それなら」
エスト王がホッとする。
なお、この国の寿司を山葵入りでパクパク食べた坊はエスト王からとても気に入られた。
「ユリーカちゃん、シェリーちゃん。山葵は醤油に溶かしてお刺身に浸すのがいいのよ」
クルルたんがそうレクチャーしてくれる。確かそれは……あぁ、メイコさんが教えてくれたんだった。
「へぇ、こうするわけね」
シェリーもクルルたんの真似をして刺身を口に含む。普通ドラゴニアやアートルムなど、生魚を食わない国のものは刺身を恐がるものだが……シェリーは平気そうだな。俺とクルルたんはそれなりに長生きだから経験則だが。ま、アイツ食い意地張ってるから何でも食うか。
「んっ、ツンと抜ける……けど、これはこれで美味しいわ!米とも合うわね」
わ、確かにな。タイヨウのリクエストの米もお代わりまで用意されている。
あ、ところでダニエルは……。
「お前も刺身は平気か?」
「ヒーラーをナメないでください。食べられるものは食べられる時に食べる。これもヒーラーとして大事な心得ですよ」
こっちはこっちで肝が座りすぎていたか。
その日の晩餐はエスト王国の食事にした舌鼓を打ち、エスト王めアヤメも俺たちが夕食を楽しめたことに嬉しそうだった。
――――夕食後
部屋には既に3組の布団が敷いてある。
タイヨウは食後はユリーカとシェリーと一緒にアヤメに城の中を案内してもらっていたらしく、休憩がてら布団で横になっている間に寝入ってしまったようだ。ダニエルが掛け布団を掛けてやっている。
「ロイさん、どこか行くんですか?」
「うん?エストに来たからにはもうひとつ……欠かせないもんがあるんだ」
「それは……?」
「月見酒」
「……全くあなたは。酒も好きだしすぐ下ネタ出してくる品性下劣なダメ勇者ですね」
「そんなに褒めるなよ、ダニエル」
「褒めたように聞こえました?ほんとあなたは。まぁいいですよ、タイヨウくんはぼくが見ていますから」
「……ふぅん、なら俺ァ行ってくるわ」
ひらひらとダニエルに手を振り部屋を後にする。廊下の先にはアヤメが待っていた。
「タイヨウくんたちは平気か?」
「あぁ、タイヨウは城の見物ではしゃぎすぎたのか寝てるよ。ダニエルが見てくれてるし、女子部屋にはクルルたんもいる。だから行こうか」
何だかお見通しされているような気もするのだが。
「ふむ……お前は相変わらず心配性だな」
そうアヤメが呟き、まぁいいと月見酒に向かったのだった。




