アートルム帝国の忘れ形見
――――フローライト王国がアートルム帝国に降伏した。それは国内最強の勇者であったロドリゲスが勇者の加護を失ったことが挙げられるであろう。そして聖女を抱え、強大な武力を誇る帝国に普通にかなわない上にハリカからも見放されてドラゴニア王国が不干渉を貫いたが故。
そして見事にフローライト王国を己の領土としたアートルム帝国皇帝はロドリゲスの犯した大罪を理由に公開処刑したらしい。
フローライト王国の旧王族は、国王以外は処刑は免れたものの、生涯塔で幽閉されるらしい。もちろんハリカは既にドラゴニア王国民だから関係ない。
そしてフローライト王国の領土を手に入れたアートルム帝国は……竜神信仰の強い帝国で竜王も竜族も大好きなので、国土が隣り合ったことに歓喜していた。
ははは……まぁ坊も色々と便利になったからいいと笑ってたが。
しかし、その後始まりの村システムは廃止になったらしい。今後勇者が生まれやすいかどうかは不明だが、皇后が兄を喪う原因になった地産の勇者と召喚勇者に軋轢が生まれるやり方を好むはずもない。
「聖剣の件、どんなに感謝してもしきれません」
当の皇后はそう告げて優雅に微笑む。流れるような黒髪に黒目の美女だ。異国情緒漂う顔立ちだが……実際は国ではなく世界が違う。
「別にたいしたことじゃない。単にたまたま気乗りがしただけだ」
「まぁ……またそんな風に言って……でもあなたはいつでも、本当に助けが必要な時に、私たち兄妹を助けてくれました。勇者ロイさま」
「……ハルトのことは……間に合わなかった」
知ったのは、アートルム帝国から届いた皇后からの……いや、当時はまだ召喚聖女とだけ呼ばれていた……セイカからの手紙でだ。
――――ハルトがフローライト王国で魔物に襲われて死んだ。そして傷や損傷がひどく、遺体も残らなかったという。
その後ハルトの聖剣を持ってドラゴニア王国に現れたロドリゲスのせいで全てを悟ったが。
こんな右も左も分かんねぇ世界に召喚されて、聖女と呼ばれるにはまだ幼かった妹を連れて、わざわざフローライト王国を越えてドラゴニア王国にやってきた。アートルム帝国は竜族を神聖視していたと言うのもある。指南するなら是非にと言ったところだった。
ハルトがドラゴニアを訪ねてきたのは今のシェリーのような年齢だったくせにな。
「でも、ロイさまがいたから……遺骨は戻ってきました。聖剣は……奪われたままでしたが。でも還ってきました」
遺骨は……何十年か前にフローライトに行った時に取り戻してきたものだな。誰も訪れない寂れた墓地ではあったが、万が一のことを考えて偽装した。それ故にフローライト王国は最後まで、もう既にフローライト王国にはハルトの遺骨はないと気が付いていなかったことだろう。
「それに……兄の仇も、討てました」
セイカが涙をぐっと押し込みながら、強い眼差しを向けてくる。
もう彼女は、泣き虫なただの召喚聖女ではない。
あの頃は泣いてばかりだったと聞く。そして神の加護を持つ勇者を殺すことは、神への翻意だ。そして竜神への信仰の強いアートルム帝国にはできなかった。
それでも神がロドリゲスから加護を取り上げなかったのは、己が犯した罪を贖わせるため。
俺も神龍の血筋であるがゆえ、竜神の意思を無理矢理壊すこともできない。
ヒト族にとっては酷な時間。だが長命種にとってはほんの2、3年の感覚なのだ。
――――しかし竜神の慈悲もかなわず、遂にアイツは聖剣を折られ、加護をも失った。
だからこそアートルム帝国は容赦なくフローライト王国を叩き、滅ぼし自らの領土とした。
それと同時にロドリゲスの罪は世界中に広まった。だからアートルム帝国の一方的な侵略を各国ぎ責めることもなく、ドラゴニア王国が沈黙を貫いたがことで加勢することもなかった。
フローライト王国には世界の神殿の中心が置かれて、特別な教皇と言う存在もいるが、ドラゴニア王国は神殿や教皇以前に神の末裔が暮らす特別な国だ。ドラゴニアが沈黙を貫くと言うことは……そう言うことだ。アートルム帝国はアートルム帝国で別に聖地を持っているからフローライト王国の旧大神殿のことを構うこともない。取り潰しになり、教皇は引退して……夜遊び厳禁の修道院で生涯にわたり贖罪を問うことになったらしい。
「セイカ」
「……ロイさま……?」
「そういや……ハルトの姓は何だったか……?」
「隼瀬ですよ」
アートルムの聖女であり、皇后でもあるセイカが紙に異界の文字を書き記していく。
続いて書いたのは……。
「兄さんの名は、陽大」
「あぁ……そうだったな。そんな感じの字だった」
「えぇ。懐かしいです。そう思えるのも、ハルト兄さんを取り戻してくれた、ロイさまのお陰です。……そう言えば。ロイさまがドラゴニアで引き取ったと言う新たな勇者さまも……ハルトさまと仰るのですね」
「まぁ、本名はリーンハルトで、愛称がハルトだ」
「ですが何だか、不思議な縁です」
「そうだな。……そういやついでにこれ持ってきた」
「何でしょう……?」
マジックボックスの中から取り出したものをセイカが差し出してきた掌に添える。
「これは……」
「こないだ……リーンハルトがマジックボックスの中を見たら、入っていることに気が付いたんだと。元々の持ち主を知ってるっつったら、返してあげたいっつってたから、ついでに持ってきたんだよ」
「これ……どうして分かったのですか……?私の……髪飾り。ひとりでフローライトに行く兄さんに預けたものです」
勇者として経験を積んだハルトは、フローライト王国の要請で当時子どもだったロドリゲスの剣の指南を引き受けた。
そん時セイカは現地の熱風邪にかかって国で静養していたのだ。聖女と言っても、この世界の病気に耐性がないのでどうしても病気はする。
仕方がないことだとセイカはひとりで赴く兄に預けたんだろう。
――――そしてハルトは殺された。
だが……。
「ドラゴニアでつけてただろ」
「覚えていらしたのですか?」
「こちらではそんなに見ねぇもんだ」
坊が言ってた……遠方の国に咲く花だ。異界のセイカたちの国ではよく知られているものらしいが。
「確かに……」
セイカは何十年ぶりに還ってきたそれを、優しく指でなぞる。
「あと、これは土産」
ドラゴニアから持ってきた包みを渡す。
「お土産……ですか?」
「行きたがってたろ?皇帝が過保護すぎて、なかなか来られないっつってたじゃん。今年はちょうど……竜王子祭の年だから」
「ロイさまの……!そうですね……異国の地でそのお祭りのことを知って……とても興味を持ちました。陛下は……相変わらず過保護で……フローライト王国がなくなったからといって心配だと」
「ははは……もう過保護通りすぎて別のもんなんじゃねぇの?」
「どうかしら……?あ……っ」
セイカは中身を取り出し、不思議そうに眺める。
「竜王子祭限定の御守り。剣と盾。お前らが好きそうだからな」
「……えぇ、とても。兄の分まで、大切にいたします」
「あぁ。そんじゃ。皇帝に嫉妬されると面倒だし、俺ぁクルルたんとラブホ行く時間だから帰るわ」
「あら……陛下もロイさまのファンなのですけど……。そうだ。この剣、見たらむしろ羨ましがるかしら」
「なら、直接来いよ、お忍びで。今回逃すと次は10年後だぞ」
「それは……陛下にも是非とおすすめしなくてはですね」
セイカが手を振る中、今回は両国間の許可を取っているのでそのままドラゴニア王国に帰還する。
――――その後アートルム帝国皇帝夫妻の電撃ドラゴニア王国お忍び訪問について……坊から訴えるような眼差しを向けられたのは……余談だが。




