反省会
「ほら、見っけた」
ぽすんと藍色の頭に手のひらを乗せてやれば、暗い地下で泣きじゃくっていたちび助が金色の瞳で見上げてくる。
「……ろい?」
「そうだよ、ロイだ」
竜族と言うのは長命種だ。長く生き、発情期なんてのもあるが、そもそも子ができにくい。
竜王の血筋を受け継ぎながらも、ヒト族や他種族の血を入れてきたドラゴニアの王家は、寿命こそヒト族よりになったものの、その代わり子孫をより多く残せるようになった。
そして竜王の一族たちはそんなヒト族側に降りた同胞やその同胞たちが治めるこのドラゴニアを見守ってきた。
しかしその歴史の中でも……。
この子だけは特別だった。
こんなに小さいのに、竜族の先祖返りと言わんばかりの、俺たちにそっくりな瞳。
時に魔法を暴発させて城壁を壊すわ、竜の血のせいで熱を出すわ……。幸い成長はヒト族と変わらないようだが……竜族は子どもの時期よりも青年期が取り分け長いのだ。だから成長すれば……寿命は少しばかり長くなるかもしれないな。
そもそも先祖返りの血のせいで小さな翼と尾まである。
普通のドラゴニアのヒト族側の王族は角が生えるだけなんだが……この子はヒトの子にしては……角の伸び方も他と違う。
俺みたいに自由自在に出し入れできるようになるかは分からんが……。
「ロイ」
「ん?」
「ロイはずっと……姿が変わらない」
「……ん、あぁ……俺は竜族の血が濃いんだよ」
同じヒト族の血を引くとは言え、竜族の血はだいぶ薄れたとは言え、角だけを受け継ぐドラゴニア王族とは違い……俺は竜王の息子だ。
その血はヒト族側のものを呑み込むかのごとく……深く……濃い。
身体の成長だってほぼ竜族と同じなのだ。しかし半分が竜族の身体であるがゆえ……ちび助のようにその血に苛まれることはない。
「ロイは先に逝かない?」
「……はぁ?」
「その……メイドが言ってたんだ……ぼくは……みんなと違うって……もしかしたら、みんなの方が……先に逝っちゃって、ぼくはひとりになるんだ」
「そんなこと気にしてたのか?そんなの……長命種の俺らにとっちゃぁ日常茶飯事だよ」
それでもこのドラゴニアが多種族国家を維持できたのは、この国の民の竜神信仰と、竜族の親心があってこそだろう。
エルフは同じ長命種でも違うが……短命種の血を引くエルフやその親族を中心にこのドラゴニアに入ってくることが多い。
中にはエルフたちが好んで暮らす森のある自治区もあるほどだ。竜族の影響で長命種への偏見も少なく、長命種と短命種の狭間の存在だって他の土地よりは暮らしやすい。
「心配すんな。お前よりも確実に、俺やクルルたん……それからアシェも寿命が長ぇ。だからずっと……お前のこと見守ってやるよ。必要な時ゃぁ側にいてやる」
「じゃぁロイは……?ロイは……いずれひとりになっちゃう?」
「ん?それはねぇよ。竜ってのは番う生き物だ。短命種と結ばれれば寿命を異にするが」
だから俺のヒト族だった母さんはもう既に亡き人だ。
「竜同士ならば寿命も同じくなるものだ。俺は竜の血が濃いから……クルルたんとは死ぬ時までずっと一緒だ」
親父は番った母さんを亡くして悲しみ、生誕祭も無視してだいぶ沈んだが……俺とクルルたんが番ったことで、今は初孫を楽しみにだいぶ持ち直した。それに……久々に竜の血の濃いちび助も孫みたいに愛でてやがるし……あのジジイめ。
「だから、ちびが気にするこたぁねぇよ。お前はとにかく、すくすくと元気に育て」
「ちびじゃないもん」
いや……十二分にまだまだちびだが……?
「わぁったよ。ほら、バシレオス。来い」
すっくと立ち上がり、手を差し伸べれば、バシレオスがゆっくりと手を乗せて、立ち上がる。
「抱っこしてやろうか?」
「いいもん」
「ふふ、疲れたら言えよ?俺にタダで抱っこしてもらえるなんて、なかなかねぇ特権なんだからな?」
「大丈夫だもん」
「はは……っ、そうかそうか」
――――とは言え、地下でさ迷い続けていたバシレオスは、結局疲れて最後は抱っこしてやったんだが……。
※※※
「あぁ――――……あの頃のちび助ぇ……めっちゃかわいかったのにさぁ……抱っこ嫌がるくせに、してやったらきゅぅって腕抱き付けてしっぽふりふりして来るんだぜ?」
「誰がちび助だ。それと、何十年前の話だ、ロイ!」
目の前のすっかり成長しちまったちび助……じゃねぇ。バシレオスが叫ぶ。
「いや、まぁしかし。陛下をそう呼べるのもロイさまくらいかと」
はははと笑うエルフ……大神官長・アシェ。アシェも長生きだが……外見上は若々しい美青年だ。
「てか、何でおめぇまでいんだよ。孫娘はいいのか、食堂帰ったぞ」
「あちらはメイコ殿やクルルさまがいらっしゃいますからね。まずはこちらが本題かと」
うぐ……っ。
「そうねぇ。色々あって色々とチャラにはなりそうだけど……城も大変だったのよ?あなた……ラブホ行ったでしょ……?」
「何で知ってんだハリカ」
続いて告げてきたハリカはバシレオスの妻……つまりドラゴニアの王妃である。
「クルルちゃんに聞いたの……!」
「情報源はクルルたん……!それは俺も責められない……!!」
――――そういやクルルたんと仲良かったな……。
「一応、報告書では聞いているが……フローライト王国の聖女と勇者を連れてきた件だ」
「報告聞いてんならどーせ知ってんだろ?あの2人があの国でどんな扱いを受けたか」
「……まぁな」
「だが、聖女と勇者だからと言ってあんな扱いを受けるいわれはねぇし、あいつらにだって国を選ぶ権利はある」
「お前がいたら、みんなここを選ぶだろ」
「……あ?」
「自覚がないのか……これだからロイは」
「いやいや、何。坊ったら」
「何でもない。まぁ、国境ぶち抜いて転移したり、元勇者ロドリゲスをぶっ飛ばしてやつの聖剣を破壊してりしたことは……恐らくアートルム帝国が本気を出せば無に期するだろう。フローライト王国の国王が何を選択するかは分からんが」
「そうね。早速私に泣きついて来られたけど……知らないわ。アリシアちゃん兄妹たちのことや、シェリーちゃんのことも聞いたわ。はっきりいって……兄上を助けてやる義理はないわ。私はもうドラゴニアの王妃なの。竜神さまの加護を得る彼らを苦しめた兄上を助けるだなんて、竜王さまに顔向けできないもの。ロドリゲスが加護を失ったことが、何よりもの答えだわ」
ふぅん。政略とは言え坊の嫁になっただけのことたぁあんな。
「じゃ、ドラゴニアは静観ってことな」
「そうなる。だが……」
「ん?」
「騒ぎを起こして城や国を混乱させたことは確かだから……シェリーを助けた報酬は、半分にカットな……?」
「……」
坊の笑顔が迫力満点なんだが……。
「わぁったよ」
「あら、今回は随分とおとなしいのね」
「何か隠していませんか?」
「……ふぅん?なかなか気が利いてんじゃん。アシェ。言っとくけど、アリシアとハルトはうちに置くから、よそにはやらねぇ」
「んなことだろうと思いました。まぁ、メイコ殿の例もありますからね」
「シェリーはどうでもいいが、冒険者ギルドには圧力かけといた」
「いえ、さすがに依頼は受けさせませんよ。あの子は聖女とはいえまだまだ危なっかしい」
「ようやっと分かったのか」
「私は反対したかったんですけどねぇ。孫娘だけ特別扱いともいかない。案外ロイさまの側ならば育つかもと思ったんですが」
「何が?胸か?」
「さすがに殴りますよ、ロイさま」
こっちのジジイも案外……孫バカなのな。アシェはさすがに夜遊びはしていないがな。




