煩悩まみれ勇者の弱点
「ロイ……逃げんなよ……?」
身体つきは華奢なくせに、一歩一歩歩いてくるたびにずしりずしりという重々しい幻聴が聞こえやがる……っ!
「げぇ……坊……何でいる……っ!」
俺の元にまっすぐに歩いて来たのは……腕を胸の前で組む藍色の髪に金色の竜の角と瞳を持つ青年。30代にしては童顔だが、それを本人に言うと怒る……いーや、今そんな無駄知識はいいか。
「え?あちらが例の……?でも……何かどっかで見た顔な気が……?気のせいですかね」
ダニエルが首を傾げる。
「いや、ダニエル。お前聞いてないのか?」
と、ダリル。
「そうねぇ……でも、陛下の肖像画はあまり出回らないから……」
「は……?メイコさん……今なんて……?」
メイコさんの言葉にダニエルがキョトンとしている。
だが……っ、今はダニエルよりも目の前の坊だよ坊……っ!
キィ――――――っ!昔はよく懐いてくるただのちび助だったのにぃ~~~~っ!!!
……いや、人間よりになったとはいえ、竜族の血を引く先祖返りなのだから、ただのちびではない。
今はもうちびじゃねぇし……。
「お前……。フローライト王国の聖女に勇者……それからあちらの勇者ロドリゲスとの戦闘に、あとはアートルム帝国だったか……。しかも強制的に国境を跨ぎ転移するたぁ……、本当に随分と勝手してくれたな……!少しはこちらの後処理も考えたらどうなんだ……!!」
「いや――――、その、それはいろいろと不可抗力……と、言うかぁ……?」
「あの、ロイさんがしどろもどろなの珍しすぎませんか?奇跡ですかこれ」
うっさいわダニエルうぅっ!
「うふふふふ。いつも強くてエロカッコいいダーリンも好きだけど、ダーリンのそう言うかわいいトコも好きよっ!」
うわあぁんっ!!クルルたんは相変わらず天使だな……っ!いや、女神いいぃぃっ!
そして俺も好きいぃぃっ!どんなクルルたんだって愛してるうぅぅ~~っ!しかし……坊の手前クルルたんとラブホにインポートもできまい。
「とにかく……いろいろと連れ帰ってしまった以上は仕方がない。だがお前はここで居残りだ。話はゆっくりと聞かせてもらおうか。あ、俺と来い」
「え――――……、何で俺だけぇ?」
「当たり前だろ。お前はすぐ逃げる……っ!」
「あー、それ分かります、分かります」
「あぁ。何なら転移魔法や空間ぶち抜いて逃げやがる」
後ろからダニエルとダリルからの失礼な物言いが飛ぶ。
「ナァ……、ロイ?逃がさねぇぞ……?俺から逃げられると思わんことだな……?」
「……くぅ……っ」
逃げても逃げても坊がどう言うわけか追ってくるの。何でだろうな……!?ふぐぅ……っ、一体どこでどう教育を間違えたぁっ!!そんな魔法俺教えてなぁいっ!!
「そうそう。お前のために2人っきりでとことんまで説教できる、花街の王族御用達のお座敷用意しておいたから……な?」
「いや゛――――――っ!?俺はクルルたんとのラブホの方がい~~ぃっ!!」
お座敷よりもクルルたんとのベッドイン~~っ!
「させるかぁっ!このラブホ通い勇者がぁ――――っ!」
「ラブホに通い倒して何が悪い――――――――っー!!金ならあるぅっっ!!!何ならVIPカードも持ってますうぅぅっ!」
「最っ低な言い訳だぞオラぁ――――っ!!!とっとと来い……っ!」
「ギェ――――――ッ」
ヒィッ!!?坊に首根っこ掴まれたぁ~~っ!!
――――と、その時だった。
「坊、魔法端末鳴ってやがる」
「ん?何だこんな時に。キャバクラからの営業コールだったら許さん」
「いや……!?俺はクルルたん一筋だもんキャバクラは行きません~~っ!!行くのはクルルたんとのラブホデートだけですけどぉっ!!」
それに……!クルルたん同伴で行ったら嬢たちに俺のクルルたん取られるうううぅっ!俺そっちのけで嬢たちまでも虜にするクルルたんさすがだけどぉっ!クルルたんは俺が独占しておきたいのぉっ!
「どうでもいい。ほら、さっさと出ろ」
ぐぅ。
「言い出したの坊なのに……あぁ……昔はもっと素直でかわいかったのになぁ……?」
「もうガキじゃねぇんだよ」
「ち……っ」
渋々魔法端末を確認すれば。
「シェリーからか……?」
「シェリーちゃんからですか?」
ダニエルたちも気になるのか覗いてくる。
その内容は。
【品性の欠片もないクズ勇者
結婚記念日おめでとう。
ギフト贈っておいたから。
親愛なるドラゴニア竜王子レックス・ドラゴニアの恩恵があらんことを。
シェリー】
「宛名がとんでもないことになってますけど……アンタ結婚記念日だったんですか?」
「んなわけないだろうが、ダニエル」
「え……?」
「まさかこんな手に打ってくるとは……正気か?」
「狂気だろ」
「まぁ、いい。どうせ連れ戻すつもりだったんだ。行ってこい。話はそれからだ」
「転移は?」
「俺が許可する。フローライトの方は嫁さんが何とかするから」
「……そ。んならいいんだよ」
「あのー……、ロイさん?何が何だか……」
「ん?どうせだしお前も来るか?ダニエル。フローライト王国に行く」
「ええぇっ!?その、シェリーちゃんを迎えに行くんですか……?」
「違ぇよ、そんな生易しいもんじゃねぇ……!ギフトも何もありゃしねぇ……全っ然足りねぇから……取り立てに行くんだよ……っ!!」
「さらに最低じゃないですか――――っ!?」
「まぁまぁ。シェリーちゃんが大変なことになってるようだし。私も行くわ。子どもたちはメイコちゃんとダリルにお願いするわ」
さっすがクルルた~~んっ!
メイコさんとダリルも任せてと言っているし……。
「坊の許可はとれてる……!転移すっか……!」
クルルたんの腰を華麗に抱き寄せれば……ついでにダニエルの首根っこを掴み……。
「転移……!」
――――そして次の瞬間には青空の中に転移していた。
「よし」
「よし……じゃないです、落ちるうぅぅ――――――っ!しかも下!下ぁ……っ!あれ大神殿~~っ!!」
さすがは元フローライト王国民。よく知ってらぁ。
「その方が手っ取り早ぇじゃん」
バサリと漆黒の翼を展開して宙に浮かべば、ダニエルを脇に抱える。
因みにクルルたんももちろん竜の翼を広げている。
「び、ビックリした~~~~っ!」
「何?落ちると思ったの?お前」
「そ……そりゃぁそうですよ……!?」
「心配すんなよ」
「ロイさん……っ」
「今から、降りるかんなっ!」
「はい!?」
「あと、ダニエル、式場とかの聖堂どこ?」
「えーと……一番大きなところなら……あのステンドグラスのあるところのはずですよ」
「じゃぁ、あそこな」
「はぁ~~い、ダーリンっ!」
クルルたんと息を合わせ、次の瞬間、急転直下で大神殿に向かって空気のアクセルを切る。
「ギャアァァァァ――――――――っ!?ちょっとおおぉぉぉっ!?ぶつかる!ぶつかるううぅぅ!」
「いや、壊すし」
すかさず漆黒のランスをマジックボックスから取り出せば、クルルたんも同じようにランスを構えて大神殿の建物へと叩き付ける。
「おっしゃぇあぁっ!」
「ギャ――――――――っ!?一応国の……世界の重要文化財って分かってます――――――――っ!?」
ん~~?そら知らんけど。
――――だが。
大神殿の聖堂のステンドグラスを堂々と割り破れば、キラキラと欠片を降らしながらその聖堂の中へと降下する……!
「よっしゃぁっ!ピンポイント!」
「やったわね!」
「な、何事だ……!?」
そう叫ぶ老人は……。なるほど。親父がダニエルと血縁があるとすぐ分かるのも納得できるな。
そして今まさに花嫁衣装を着せられ誓いの儀式に臨まんとしていた小さな影を掴む。
ベールをはらいのけたその下からは見事な金色の髪とエメラルドグリーンの瞳と、エルフの血を受け継いだ特徴である、尖った耳が姿を現した。
「おう、まだ無事みたいだな……!じゃじゃ馬聖女ぉっ!」
「うっさい、シェリーよ!それから……遅いわよ、守銭奴クズ勇者ぁっ!」
ほんっとコイツ……生意気な。




