帰還
「それにしてもこの、フローライト王国城の地下……何なんですかね……?」
「元々は秘密裏に王族が脱出するための通路か何かだろ。表沙汰にはならねぇ場所だから、別の目的で使ったようだが……普通、こんな通路に牢屋なんてねぇよな?」
少なくともドラゴニアにはこんな趣味の悪い牢獄はなかった。……いたのは迷子になってわんわん泣くちびすけだけだったか。
「わっ、何ですかあそこ!」
「ロイ……!中に誰かいるわ!」
「今壊してくる」
ランスでもいいが……普通の金属なら聖剣でいけんだろ。
「ほらよっとっ」
ガラガラと崩れ落ちる鉄格子は……。
「随分とボロボロだな」
そしてそんな鉄格子すらどうにもならないほどに弱っている……いや、聖剣でもなきゃこんな子どもには無理か。
アリシアとはそんなに年齢差もねぇし……。鎖を乱暴に破壊すれば、随分と軽い身体を抱き上げる。
「……坊の方がまだ重かったがなぁ……」
泣きもしないでぐったりとしてやがる。
ロドリゲスのやつ……自分の成功談をガキにまで押し付けてたのかよ。
しかもはた迷惑な嫉妬と羨望まで押し付けやがる。アイツは……何も成功してないだろ。
「おい、いたぞ。お前の兄ちゃんで合ってるか?」
「お兄ちゃん……!」
床に下ろしてやればアリシアが真っ先にこちらに駆けてくる。
「はぁ……ようやっと任務終了か~~。ダニエル――――、治療よろー」
「それは……っ、もちろんです!」
ダニエルが治療魔法を使えば、アリシアの兄……リーンハルトがうっすらと目を開ける。
「ハルトお兄ちゃん……!」
「……しあ……?」
リーンハルトがアリシアの姿を目に入れ、驚いたように目を見開き、そして破顔する。
それにしてもハルト……ね。これは偶然なのか……必然なのか。
しかしダニエルも……聖女でもないのに勇者付きになるだけのバイタリティーと治癒魔法の技術はあんだよな。これも……教皇の孫ゆえか……本人に言ったら怒りそうだが。
うちの大神官長もいい人材送って来やがる……。
「ふぁ~~、ほんと疲れた……つーかさ、一睡もしてないんですけどー」
「何でスイッチが切れるとそうなるんですかー!いや、まぁ一番の功労者アンタですけど!!」
「分かってんじゃん。そだ、アリシア。MPくんない?」
「ちょっとぉっ!?この期に及んで子どもにMPもらうって……いや、聖女なのでできると思いますけどね!?」
うんうん、シェリーも確かできるはず。実戦経験は……まだ早ぇけど。
まさかアリシアの方が先だなんて……知ったらアイツ、怒りそうだが。
「あの……ロイさま……!私やります……!しゅ、出世払いです!」
アリシアが俺に両手をかざしてくる。
「そうそう、よく分かってらぁ」
「アンタね、がめつすぎますよ。こんな時まで……」
「ダニエル、そっちどうだ?」
「こちらは何とか。帰ってからちゃんとした治療は受けた方がいいと思いますが」
「んー、じゃ、帰るか」
「そうですね……緊張の糸がほぐれたのか、ちょっと眠くなってきましたし。どこか休める場所を……って、フローライト王国城の地下を暴いて……大丈夫なんですかこれ!?逗留できますか!?許されますか!!?」
「んもぅ、今さらじゃない。大丈夫ではないと思うわ」
「さらっと言わないでくださいクルルさん!!」
「外に出ても囲まれるだけだし……転移すっか」
「あぁ……国境までですか?アリシアちゃんにMP回復してもらったから……いけるかもですね」
「はい……っ!」
「……あ、いや……?ドラゴニア王都まで、帰る」
「……え?それ怒られるんじゃ……」
ダニエルの声が聞こえた気がするが……しかし、次の瞬間にはみんな纏めて転移していた。
――――冷たい地面ではない、フローリングの床に。
「あのー、ここ、どこですか?」
「ラブホ」
「殴りますよ!?」
「……悪い。家」
「は?」
「いいからいいから。ロイは寝てていいわよ。食堂は隣なの。メイコちゃんたち呼んでくるから、ダニエルちゃんは子どもたちをお願いね~~」
「んー」
さっすがクルルたん……竜族の女性ってな……ほんとバイタリティー違うわけ。そんなところもめちゃ逞しくてまぶいんだ。うちのクルルたんが尊すぎてめっちゃ萌える。
「えぇ~と、その、ロイさん?」
「そこら辺のもんは適当に引っ張り出しといて。ベッドは2階」
のろのろと歩いてぼふんとソファーに横になれば……睡魔が襲ってくる。冒険者に徹夜なんてよくあるし、転移用のMPはもらったが……久々にやり過ぎたぁ――――……。
「んもぅ、しょうがないですね……!アリシアちゃん、2階までのぼれそうですか?」
「私はまだ大丈夫です……!」
「えらいえらい。お兄ちゃんは私が運びますので……!」
あとは任しときゃぁ……いいか。
※※※
――――夕陽が射し込んでる……。
「あぁ……!目が覚めました?眩しいでしょ?カーテン閉めますよ」
「……ダニエル?」
「えぇ。メイコさんと一緒にダリルさんも来てくださったので、ロイさんも運ぼうと思ったんですが、クルルさんが……起きるからと」
「んまぁ……それはな」
これでもいっぱしの冒険者だし……。側に誰かくりゃぁ……クルルたん以外は起きる。
「お前は休んだのか?」
「えぇ……まぁ。尤も、神殿から神官を呼んでハルトくんの問診が終わってからですが。その後はメイコさんに任せて2階のベッドお借りして、仮眠をとりましたよ。アリシアちゃんとハルトくんは2階で寝かせてます。クルルさんはもう起きていてお隣の食堂にいますから。愛妻料理作ってくれるそうです」
「そらぁいい……!クルルたんの愛妻料理はイチオシなんだよ~~!あげねぇけど」
「それは別に構いませんよ。私は普通に食堂のご飯食べるので。……でも、そのー……王都に邸宅お持ちだったんですね……」
「あぁ……こかぁ……昔坊に無理矢理押し付けられたんだよ。隣の食堂も元々はその一部……だったが今はダリルに任せてる。俺もここに帰らねぇことあるし……無駄に広いし……」
「……あの、その【坊】ってどなたの……」
「あれ、話してなかったか……?坊っつーのは……」
その時、2階からドタドタと足音が響いてきた。
「ロイさま……!」
「んぁ?何かあったのか――――?アリシア」
「何かって……これ……!」
アリシアが見せて来たものは……。
「ちょ……っ、あのペンダント、ロイさんが報酬として受け取ったものでは……?ハルトくんのは……まだ石が曇っていたような……?どうして、アリシアちゃんの手に……」
「何でって……あん時出世払い分までもらったから……返却しただけだ」
「……アリシアちゃんから報酬せしめた時はどうしようもないクズだと思ってましたが……最初からそのつもりだったんですか……?」
「さぁ、どうだか」
「またはぐらかすんですから……。でも、良かったですね。アリシアちゃん。また、ハルトくんとお揃いです」
「……うん!」
そうアリシアが頷けば、とたとたとこちらに近付いてくる。
「あの……ロイさま」
「……何だ?」
「ありがとう……ございました……っ」
ぺこりと頭を下げるアリシア。
「あの……お礼は、何でも……っ」
「報酬ならもうもらってんだから……軽々しく何でもなんて言うな」
「そうですよ、アリシアちゃん。本性はクズ!女を平気で泣かす!品性下劣勇者ですからね……!」
「おいこら、てめぇも言うようになったじゃねぇか!俺はクルルたんを泣かしたこたぁねぇっ!!ベッドの上で可愛く鳴いてくれたことはあるけど……!」
「……それは夫婦仲よろしくて何よりですが……そこじゃないです!あと、後半はいりませんよ!あと、子どもの前でやめなさいっ!!」
「あの……ベッドの、上?」
「いや、アリシアちゃんはいいんです。深い意味はないので忘れてくださ……あ、そう言えばハルトくん……!もうすぐ夕飯ですし……」
「……何だ、来たのか」
ソファーから身を起こせば。
「あの」
「ハルトくんじゃないですか。ほら、こちらへ」
ダニエルが手招きをすれば、とたとたとこちらに近付いてきて、アリシアとぎゅっと手を握る。
……アイツらにそっくりだな……。
「あの……ロイさん」
「……何だ?」
俺の名前はアリシアあたりから聞いたんだろうか。
「助けていただき、ありがとうございました」
「……別に。依頼をこなすのが冒険者だろ」
ハルトの頭にポンと手を乗っければ……やっぱり被んな……。アイツはドラゴニアにきた頃……もっと成長していたが。
「ロイさんったら……今回の件も勇者としてじゃなくて冒険者として、なんですね」
「んだよダニエル。慈善事業じゃ割に合わんわ」
「ははは……確かに……それは言えてます」
「ふん」
コイツもやぁっと分かったか。
「あら、みんな起きてたのね。ほら!夕飯、できたわよ!ダリルが美味しいお酒も入れてくれてるから。早くいらっしゃい!」
「おーし、クルルたーん!行く行く――――!酒もクルルたんの愛妻料理も楽しむ~~!」
「ほんっとアンタ相変わらずなんですから……」




