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A foe guy named Pieter Reid.

 召喚されてからというもの、いろいろな出会いを経て、アキは聖女として寂しくやっていた。ルアンに森で捕まる前は。

 それ以降は専属の侍女を連れて彼の研究室に入り浸り、話をするのが常になってしまった。もっぱらアキの愚痴こぼしになってしまっているが、ルアンと侍女は真剣に聞いてくれる。これまでに三人とお見合いをさせられたことも全て話していた。


 ひとりは軟派すぎる子ども。

 ひとりは年齢は釣り合えども、性格が合わない。

 両者ともども、価値観が合わないとつくづく身に染みる。


「二人のうちどちらも選べません……」


 弱音を吐くアキに、ルアンは首を傾げる。


「候補者は三人でしたよね?」


 それは……、と言い淀む。


「あの人はもう、何があっても無理です。

 ルアンさんとはじめて会った日のことなんですけど……」


「わたくしがいれば撃ち抜いてやったのに」


 事情を知る侍女は真顔で暴行宣言をした。短銃を撫でながらも体のどの部分を、とは明確にしない。過去に戻れるのならアキもきっと発砲を頼んだことだろう。

 苦笑してアキは話を続ける。









 森に駆け込む前、聖女は赤銅色の男と会っていた。髪も目も暗い赤をしたピーテル・レイドは探検家だと名乗った。ずっしり硬い体を窮屈そうな服に押し込めて、「剣がないと落ち着かない」と腰に手を当てる癖がある。そこには飾りのないベルトが巻かれるのみ。王宮に上がる際に武器の類は取り上げられたらしい。宮中で武器の携帯を許されるのは王族とその親衛隊、加えて各所にいる門番くらいだ。


 服は整えられているものの無精髭のせいか、どうにも若干くたびれている。アキよりも九つ年上で、人生経験のぶん、王子が同席する挨拶という普通なら萎縮しそうな場面にも堂々としていた。


「よぉ」


 などという声掛けは、人によっては雄々しい性格で好ましいのだろうが、粗野な態度はアキには乱暴に映った。できることなら離れていたいくらい。


 単純にタイプじゃないから邪険にするのは失礼だと自分に言い聞かせて、丁重にアキのことも話すうちにご理解いただこうとしていた。


 二回目に会って詳しく話すと、打って変わってピーテルの旅の逸話は定住していれば体験しえないことだったから聞くぶんには楽しい。アキが王宮の庭より先からは出たこともないと言うと、案内役を買って出てくれた。


「町を見てみねぇか? 俺なら腕っぷしも立つし、護衛もいらねぇだろ」


 これまで必ず毎日こなすべき業務を抱えていたため、遠出をするきっかけがなかった。散歩程度なら王宮は広すぎるほどで事足りていたし。申し出には純粋に興味を惹かれた。目と鼻の先の城下町なら半日あればじゅうぶんだろう。


「いいですね。行きましょう」


 部屋外に控えていた使用人に外に出ることを報告しても、止められることはなく送り出された。




 離宮を裏口から出たところで、ピーテルはアキに振り返る。


「今日は帰らなくてもいいだろ? 長く楽しもうぜ」


 理解が遅れて立ち止まった。行き先は泊まりがけになるほどの距離ではない。


「あまり遅くならないうちに帰りたいのですが」


「宿なら適当にとれる。事前に覚悟も必要かと思ってよ」


 そこでやっと、男女として夜を過ごそう、という意味だと読み取れた。


「……そういうお誘いなら行きません」


 ピーテルにも伝わるように嫌悪を滲ませる。


「場数踏んでるから怖がらなくていいぜ」


 彼は男として実績があるからアキのことも難しくない、と立候補したとか。

 女慣れしている、というのは女性に優しく淑女扱いできる、という意味ではなく好き勝手に食い散らかしてきた、ということなのだと悟った。三十五歳は男盛りだろうが、これはない。遊ぶならよそでやってくれ。


「抱いてもらえなきゃお前も困るんだろ?」


 足を払われて尻餅をつく。肩を押されて背中を土につけてしまった。


 なぜこの状況で興奮できるのか謎だ。

 上半身でも抵抗したが軽く抱き込まれてしまう。太ももの間に膝で割り込まれ、全身の産毛が逆立つ。脚をバタつかせていると、運良く鍛えようもない男性特有の急所に膝頭が命中した。ピーテルは地面に横倒しになる。スカート部分のボタンはちぎれて脚があらわになったが、こんな男相手に貞操を失うよりは服が破れるほうがマシだ。苦しげに低く獣のごとくうなるピーテルを置いて、とにかく逃げた。


 そうして逃げた先に森があって、ルアンに出会い平常心を取り戻すことができた。


 ルアンに送ってもらってから、使用人へ事の顛末を話せば珍しく王子の訪問があり、謝罪を受けた。実はあの直後、股間をおさえて地面を転がっているのを見回りの兵に怪しまれて捕まっていたとか。聖女の話と事実を照らし合わせて、ピーテル・レイドは厳罰を持って本籍のある国へ返される予定とのこと。


 直談判して、王子に日中に護身もできる侍女をつける、という約束を結ばせ、ついでにアキは狩場番人(ゲイムキーパー)だったキャリリーを指名した。







 一連の出来事を話し終えると、アキは頭を下げた。


「改めて、あのときはありがとうございました」


 送っていく最中に通ろうとしたジュダスの宮の裏口での、アキが示した拒絶反応の原因を知ったルアンは目を開きっぱなしだった。


「なら、僕のこと怖かったんじゃないですか? 謝っても遅いですけど、申し訳ないです……」


 抱きこんで拘束したのは男の力だった。襲われた後では恐怖もあったが、すぐにこの人は違うと気づけた。


「ルアンさんがいてくれたから、私は自分の心を取り戻せました」


 当時アキは錯乱していた。ルアンに捕まっていなければ、狩場番人(ゲイムキーパー)に撃たれて終わっていたことは想像に難くない。なによりルアンはピーテルとは全く異なる力の使い方をしていた。痛めつけるのではなく、包みこむ優しさでアキが落ち着くのを根気強く待っていてくれて、怖くなくなるまで声をかけ続けた。


「そして、キャリリーさんも味方になってくれました」


 存在を知ってから侍女とは短時間で仲良くなった。


A foe guy named Pieter Reid.

(ピーテル・レイドという敵野郎。)

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