A boy named Marick Cloete.
アキは緊張で硬くなっていた。少年はお見合い相手の美醜による偏見はないようではあるが、年上の女性を持て余している。それでも、歩み寄ろうとしてくれているのでアキもせめて会話だけはと逃げずに踏ん張った。予定されているあと一時間をどう乗り切ればいいのか。
背はアキがあごを上げて見なければならないほど高い。
わずかに緑の影が差す金髪は短く、整髪料もつけず櫛を通して下ろしたまま。
交際相手として選ばれた男のうちのひとり。見た目だけならだいぶ若いが、二十歳には届いているのだろうか。アキの精神的疲労も考慮されて五分くらいで終了した初対面で覚えているのは彼の名前がそこそこだ。やたら爽やかな顔立ちの青年で、平凡なアキに対する嫌味とすら感じている。今日は会う前から心痛がしていた。
マリック・クロエテに会うのは今回で二回目だ。
簡単に再会の挨拶を交わせば、ぎこちない空気が流れる。使用人によって淹れられたお茶はまだ湯気を立てていた。
「マリックさんは、おいくつでしたっけ?」
「十六です。もうすぐ十七になります」
歳下。しかも十個差。全身から血の気が引いた。
未成年、ダメ。援交、ダメ。絶対、ダメ。
お巡りさんがまぶたの裏で手錠をちらつかせている。幻想を振り切るためにカッと目を開いた。
「ダメでしょ、二十六の女とこんなことしてちゃ……!」
「へぇ、アキさまは二十六でしたか」
「ごめんなさい。私はあなたを選べない。選ぶわけにはいかない。大人として……!」
深いきらめきを秘める海色をした目を大きくした。フッと口を歪ませる。
「二回目会うって言われてどうなんだと思ってたけど、わりとまともな神経してそうで安心した」
少年の暴言もいまはどうでもよかった。
「なんで未成年が候補に混じってるの?!」
ぴくりと柳眉が痙攣した。
「成人して一年になるが?」
「学校通ってる年齢でしょ!ありえない」
十六といえば、一年前は中学生ではないか。
「いつ卒業してもいいって言われてるからな」
「いやぁぁ! 将来有望な若者の汚点になってしまう……!」
仮に仕事だったり、学校の教師と生徒なら二人きりで話すこともありえる。男女として時を過ごすのは背徳だ。頭を抱えた。五秒経って背筋を伸ばし、なんとか微笑みを作る。
「家に帰ってもっと有益なことしてください。お時間をいただきありがとう。ここでのことは忘れましょう。二度と会えませんが、お元気で。この先夢に向かって頑張って」
「最後にしようとすんなよ」
腕を掴まれ、顔を寄せられる。光の加減によって双眼の青は緑にも紫にも見えて、彼の心境の変化のように目まぐるしい。額に冷や汗が生まれた。
「な、」
「おい。オレがガキに見えるか?」
上背はじゅうぶんにあるが、青年になりかけのいまだ少年、に見えた。筋肉はなくとも、アキの自由を奪えるくらいには腕力もある。
「じゅうろくはこども……!!」
近づいてくれるな、と首がちぎれそうなほど左右に振る。
濃い茶髪はマリックの頬をそわそわと掠めていた。
「十六でもガキの作り方は知ってる。それを国がやれって言ってんだぜ?」
「それでも、マリックさんはわか……幼すぎます!」
拒絶を強めるために言い変えた。予測通り彼は眉根を寄せる。子ども扱いに反抗するのは、精神が成熟しきっていないから。
「夢に向かって頑張れっつってたな。オレの夢も知らねぇくせに。オレの夢があんたとやることだって言ったらどうなるんだ?」
「ないないない、ほんとない」
彼ならば口説かなくても女性の方から寄ってくるだろうに、わざわざアキを選ぶ意味がない。
「オレに別れを切り出してきた女はアキがはじめてだ」
「いやいやいや付き合ってもないし。不名誉な『はじめて』はお返しするんで、これっきり会うのやめましょう」
「体型的には問題ないし、オレとしてはアリ」
興奮できるかできないかで言えば、機能できそうだと宣言した。ものすごく失礼。
「私はナシなのー!!」
「面白そうだからこの話乗った。アキを落とす」
「お断りー!! おことわってー!!」
「言葉がおかしいぞ」
「マリックさんこそ敬語どこいったんですか」
「もっと深い仲になりたいからやめる」
歯を見せて笑う。
「腕、離してください」
「オレの名前を呼び捨てにしたら離すよ」
「……。マリック」
離れたと思った手であごを捉えられて、瞬いてる隙に頬側からちゅっと聞こえた。
顔がくっつきそうな近さに高い鼻先がある。というかいまくっつきはしなかったか。
「初心かよ。純真な女は好きだぜ」
「ひぃぃぃぃやぁぁぁぁ」
堪らずアキはその場から走り去った。
アキの逃げゆく様は毛を逆立てた子猫のようだった。
マリックが本気で走れば捕獲できるが、追い詰めるのはここまでにしておこう。
先代、先々代とこの世界、ソイルスには自己主張が激しい、いかんとも御しがたい聖女が続いた。異世界の女は特別だから丁重に扱うようにと王子直々に厳重に言い含められている。機嫌を損ねれば世界が滅びかねないと理解しているマリックも逆らえずにいたわけだが、一目で自分を気にいるであろうとのつまらない予想をまるっきり裏切ったアキを見て気が変わった。
「前の異世界人は毎月新しい男を用意させて全員食ったって話だったからビビってたけど、次にあんなのが来るか?」
マリックの周囲にいるどの女より気弱。こちらが年下と知ったうえでも敬語を使う。年齢を知れば頬へのキスで赤くなるでもなく青くなって逃げる。
びくびくしているのに、隙だらけで簡単に体を触らせる。気の強い女であれば、片腕を急に掴んだりすれば平手を食らわせるくらいはするだろうに。
半年のうちに聖女を陥落させられなければ、ソイルスの世界と人類は終わる。世界の浄化方法を失うからだ。何もなく六ヶ月経てば、依代に降ろした聖女の魂は元の世界へと帰ってしまうらしい。逆に聖女と交わり魂を定着させることができれば、長期に渡って聖女は世界を浄化する力を得る。
男には褒賞も出る。最初は褒賞が貰えればいいかとそれだけだった。王宮の使用人たちは美人揃いで目の保養だったし。アキはそれ以上に面白そうだ。
ここにきてマリックは本腰を入れることにした。
A boy named Marick Cloete.
(マリック・クロエテという男の子。)