Other two guys.
おまけです。
夫婦となってからしばらくして、集落の外に結婚を知らせたい人がいると妻が言いだした。
まともに手紙を書いたことがないからと、アキに代筆を頼まれたルアンはハンシー・ハルムゼに手紙を送った。連名にはしておいたから怪しんだとしても読んでくれるだろう。待っていたら返事の代わりに当人自らがやってきた。依代を失い存在を消されたとされる聖女を騙る手紙がきたのだ、差出人の真偽を確かめたかったはず。
ただ土地が余っていて広いだけのベジデンハウト家に高貴な人物を迎え入れるような準備はなかったが、貴族の彼に機嫌を損ねた様子はない。
かつて脱落した、アキの交配候補者だという男はルアンがいなくなってから混乱を収めるべく王宮に戻っていたらしく、ハルムゼ家宛だった手紙は転送されて手元に届くのが遅れたと謝罪された。
事前情報では「紳士だけど私にしたら気難しい人」とのことだった。彼がアキに男としての感情を向けていたかはわからない。
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます」
無事の再会を喜んではいる様子なのに、アキと握手するにも指だけ触れる控えめなものだった。ルアンとの握手のほうがしっかりと交わされていた。
夫と名乗ったルアンに遠慮しているのとも違う。気難しいどころかこちらを気遣っている。確かに、逆上させれば国のトップさえ手にかけてしまう男を前に気を遣うなというほうが無茶かもしれない。
「筆頭魔術師ルアン・カドレト殿として名前だけは存じてましたが、よもやベジデンハウト家の方でしたか」
「ルアンのお家って、有名だったんですか?」
ハルムゼの驚きを受けて、アキが肩をすくめる。
「いえ、こんな田舎の農家ですので」
アキを見つめた、青にも赤にも偏りすぎない紫の瞳は恋のかけらもなく、友人にするように微笑んだ。次いでルアンに向き合う。
「ナハル・ベジデンハウトさまはご血縁では?」
「はい、祖母です」
「彼女も魔術師として優秀でいらっしゃった」
まさかわざわざベジデンハウト家のことを調べてきたのだろうか。それはそうか、元とはいえ聖女を連れ去った男の出所くらい気にするだろう。本来なら刑罰も免れない。ルアンが王と王子を脅したから札付きにこそなっていないため、逃げも隠れもするつもりがないので、素直に答えていく。
「母君は王妃付きだったとか」
「そうですね、とても短い期間だったそうですが」
王家に仕えていた母の名は雇用名簿には残っているだろう。どういった経路でハルムゼが情報を得たのか。王家の傍系ともなれば調査は容易だったろう。
「ルアン殿は、アウベリー殿と……」
結局そこに行き着く。兄弟か、とみなまで言わせることなく、肯定した。
「ご推察の通りです。僕もあちらも家族とは思ってませんけど」
「王宮にいらっしゃるときに私がもし知っていたら、お力になれたやも」
兄にかけられていたルアンの服従の魔術をも把握しているらしい。
どうにかしてハルムゼに打ち明けていれば、あの凶悪な魔術から解放してくれただろうか。全てが終わったいま、考えるだけ無駄だ。
「おかげでアキに出会えたと思えば……まぁあの親子をこれからも許すつもりはありませんし。ハルムゼさまにはご迷惑をおかけします」
繋いだ手をぎゅっとされて、隣の愛しい人に微笑む。晴れない顔はしなくてもいいのに。ルアンは過去の暗い十二年間を忘れられるくらい、アキといられて幸せなのだから。
「迷惑など。あの方々が何をしてきたか、民の知るところではありませんが、……事情を知った者としては、体制を壊してくださってよかったとすら思います。新しい時代へ作り変える時期がいまこのときだったのでしょう」
王族の暗殺未遂をただの時代変容の皮切りにすぎなかった、と批評した。
「アキさまは、気がかりはございませんか。どうぞ些細なことでもおっしゃってください」
尋ねられてから彼女は長くはない間考え込み、すっと顔を上げた。
「すみません。ハンシーさんからいただいたもの、全て王宮に置いてきてしまいました」
王宮からルアンが運んできたものは、地球から召喚したアキの体だけだった。彼からの貰いものがあったとは。
目を瞠ったハルムゼは、こめかみに指を当てた。
「あのようなもの。貴女さまにはもう不要でしょう。お謝りにならないでください」
ふたりの間に起こったことは忘れましょう、との意味だ。王宮にいるとき、彼らはそれなりに男女として上手く進んでいたのだろうか。しかしアキはルアンを「初カレ」と呼んだこと、他の男とはキスすらしていない事実を思い出した。
「……贈呈した服はこちらで処分いたしますから」
わかるようにルアンの顔色を窺ってから、ハルムゼは詳しく教えてくれた。
かつてのジュダスの中庭で、アキがズボンを履いて座っていたことがある。貴族からいただいた服だと言っていた。そういうことか。
「お手数をおかけします」
他に質問もなさそうなのを感じとると、ハルムゼは王宮で何が起こっているかを簡潔にまとめてくれた。
「王家存続は不可能です。時代は王政を廃止する風向きでしょう。ハルムゼ家が舵をとりますが、いずれは有力者が政党を発足して連立政権となるかと」
「私が言うのも変ですが……どうか、よろしくお願いします」
頭を下げるアキに彼は恐縮していた。救いを求めるようにルアンへ手を差し向ける。
「我々は又従兄弟でもあります。何かありましたら遠慮なく連絡を」
「そういえば……ハルムゼさまと血縁というのは、悪い気がしないです」
たとえあの王家と血を分けていたとしても。
すっきり握手で締めくくることができた。情報操作に惑わされず政治中枢の正確な情報が手に入る縁は重宝すべきだろう。
****
マリックは、各国をまわって植樹運動しているらしい。移動の隙間時間にこっそり会いに来てくれた。見聞を広めて大人になるつもりだと告白し、悪いけどルアンは怖いからできたら会いたくないと苦笑いして「ごめん」と言った。
ちょうどルアンも仕事で出ているときだった。
「結婚おめでとう、アキ」
これには素直にありがとうを返せた。
「まぁ、ハルムゼさまもあの顔にゃ勝てねぇわ」
と言うのは、彼も眼鏡をかけていないルアンを見ていたわけか。
「か、顔で選んだわけでは……」
問題のハンシー・ハルムゼに至っては性格の不一致およびアキにはどうしようもない彼の性的指向があったのであって、彼と夫の外見を比べたことはない。
「ちょっとぶっ飛んでても、あの顔で欠点すべてとり返して盛り返すくらいあるよな」
知らないところで、ルアンはマリックに何を見せたのだか。並外れて人道に悖るはずがないのに。
「ぶっ飛んでません、優しいです」
「あー……。アキは愛されてるからな。でもオレだって優しかっただろ?」
「……え……?」
「うそだろ、おい」
模擬デートで階段を下りるときに手を貸してくれたりしたが、あれは演技寄りだったはずだ。
「マリックは、どちらかといえば強引じゃないですか」
「優しいけどちょっと強引なほうがいいだろ?」
「人によるかと……私はそうでもないので」
「もういい。顔は抜きにして、ルアンさんのどこが好きなんだ?」
夫の気に入っているところ。優しさ以外では、すっぽり入り込める胸元。大きな手もかっこいいし、低すぎない声は耳に馴染む。ふふ、という笑い声。これについては、ルアンの祖父が「ありゃあ婆さんの癖覚えちまったんだな」とぽろりと遠い目をしていた。
任された作業でアキが不器用さを発揮して失敗しても、怒らないし急かさないところ。それからそれから。
「そばにいて安心するところ、とか。私のこと……、か、『かわいい』って言ってくれますし」
これが世にいう惚気というものか。とても慣れない。
アキと過ごした時間を振り返って思い当たることがあるのか、マリックは眉間にしわを作った。ハンシーにもマリックにも、お世辞で服が似合うとは褒められたことがある。惜しいところで「清楚」と評されても、「かわいい」をくれるのはルアンだけだった。しかも本心から。
「かわいいって言われたかったのか。マズったな」
「マリックとかハンシーさんに言われても、信じられませんからね」
「はぁ? なんで」
「上辺だけだなってわかるからです」
「ちったぁ信じてくれよ……」
「私のことを『かわいい』と思うことはない、という点では信じてますよ」
「ひっでぇの。ちなみに一番最近『かわいい』って言われたときはどんなときだった?」
「最近だと……『肘までピンク色でかわいい』、と言われました」
できるだけ真顔で答える。嘘ではないから。
「……。え」
訊いてきたのはそちらだろうに、油断の隙に一撃くらったたみたいな反応はしないでほしい。
「悪いな、肘まで愛するっていう発想はオレにはなかった。完敗だ。お幸せに!」
敗北宣言とともに立ち上がり、ルアンが仕事から帰る前にマリックは去った。
Other two guys.
(残りの男たち)
王妃はルアンが王宮に来る前に亡くなっています。
書く余裕がなかったのでここに記しておきます。
キャリリーの実家とか幼少期とか面白そうですが書くかわかりません。
小話はとくに事件もなくのんびり書いてしまいました。
検索分け目的でもいいですし、読んだよ、のしるしに⭐︎ひとつでも評価いただけるととても嬉しいです。
小話まで読んでくださった方、ありがとうございます!