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I kinda knew about this.

 通算三回目の友人の結婚式の帰りだった。


 結婚っていいなぁ。恋愛っていいなぁ。そう思わせてくれる、どこかしこと明るくてふわふわで笑顔をたくさん見れるお式。出遅れているアキもいつか恋をして結婚ができるのだろうか。二十六年間独身である身には遠い道のりであろうことを思って、はは……と乾いた笑いがもれてしまう。


 この日ドレスに合わせて慣れない高いヒールを履いたのがいけなかった。脚がきれいに見えるのがこれだったものだから。たまのお洒落が命取りになるなんて。


 徒歩で帰宅中に高架線の階段を踏み外し、ころんと意識を落とした。


 ーー死ぬ前に恋人のひとりくらい、ほしかったなぁ。


 未来ある結婚をまざまざと見せつけられたあとでの後悔らしい後悔といえばそれだった。他にものを考えようとはしていたものの、脳内は空白に染まった。

 救急車のサイレンが近づくまで生体反応はあったかどうか。






 目を開けると体には白い布が一枚かぶされていた。お風呂上がりに逆上せて寝かされたみたいに。布の下に服を着ている感じはない。


「気分はいかがか、聖女殿」


 濃いくっきりと(ディージョン・)した黄色(イエロー)の瞳は微笑みの形ではあるが、平坦な声に歓迎の色は不思議となかった。精神抑制を訓練された兵士にも見えて、警戒してしまう。


「なっなに、ここ……」


 明かりを抑えた部屋は息を殺した者たちが何人も同席していた。自分が横たわっていた台はベッドというよりも祭壇に見えた。


「我が国はダイハイ国。私は第一王子のアウベリー。貴殿の名前をお聞かせ願えるか」


 唖然としながらも、王子と言われて納得のいで立ちを認める。


「アキです。……谷前(たにまえ) (あき)


「ではアキ殿。前の世界でのことを覚えておいでか」


 知らない国名。毛根から染めたような金髪の王子。前の世界。これはもう異世界転移に間違いないだろう。


「……」


 医師でもない初対面の人物に死に際を語ることははばかられる。無言を貫いた。


「お辛いか。答えづらいことをお訊きしてしまった」


 言わずとも事情を知っている、といった態度だった。まさかアキの背景を知っていて狙って召喚したわけでもなし。


「こちらについて話そう。貴殿には考えていただきたいことがある。『ソイルス』、この世界を浄化してくだされば、寿命を伸ばして元の世界へ戻ることが可能だ」


 世界がどの程度穢れているのかにもよるが、寿命を伸ばしてもらえるのはかなりの好条件だ。徳を積んで還元できるタイプの異世界転移か。


「いまの貴殿の体は仮初のもの。世界の浄化のために神の力を一部行使できるが、依代(よりしろ)に魂は定着していない」


 依代、と言われて自分のさらけ出された腕を見るが、手首の太さや爪の形まで死ぬ前のものと何ら変わりない。誰か別人の体というわけではなさそうだ。


「力を申し分なく引き出すには、とある条件が必要となる。

 あとで説明するとして、なにより貴殿を救う道があることだけを提示させていただきたい。それがこの世界を助けることに繋がる」


 王子が振り向くと、女性がやってきてアキの背中を起こした。白い布はアキの体に巻きつけるのに十分な大きさがある。


「あなたの住居を用意している。世界の浄化をする以外、日中は自由に行動を許そう。では後ほど話の続きを」


「……はい」


 で、返事として正しかっただろうか。「御意」とか言っておいたほうがよかったりして。

 裸足で部屋の外へ出て、廊下を歩き、また別な部屋に案内された。空調は使われていない。寒くも暑くもないちょうどよい季節。





 服や靴を身につけたところで見計らったように王子は戻ってきた。移動したのは隣室で応接室のつくりをしている。上座も下座もわからないが、勧められるがまま座った。出されたお茶はハーブティーのようだった。


「服は貴殿の世界とかけ離れてはいないとよいが」


 笑顔は笑顔だが、義務で訊いている感じがする。

 前ボタンで締めつけすぎないドレスは裾や袖が長い。汚れの目立ちそうな色ではあるが、家事を割り当てられることはなさそうなので心配要らないだろう。


「私の世界ではいろんな形と素材の服がありますから。これははじめて着る服ですが、特別に変わっているとは思いません」


「それはよかった。お似合いだ」


 謙って賛辞を受け取っておく。

 王子がティーカップを置いて、すらりとした脚を組んだ。わりとこの場はくだけた席といっていいのだろう。


「ところで、この世界で私が力を使うための条件とはなんでしょうか?」


 説明はあとで、と引き伸ばしされていた。世間話に興じていて楽しい相手ではないし、早いうちに訊いてしまおう。


「ソイルスの世界の男性と親密になることだ」


「友人を作れと……? 女性とではだめですか」


 わざわざ性別を指定したことに嫌な予感がよぎる。


「男性と交わることが要点となる」


 目を伏して考えた。突拍子もないことを言われた気がする。王子の力強い黄色の目はアキに突き刺さった。


「私の認識が間違ってたら正してほしいんですけど……『肉体関係を持つ』とかじゃないですよね。精神的に強く結びつくって意味ですよね」


 うっすらと眉根を寄せて、王子は口を開こうとした。彼の表情から発せられるであろう言葉を察する。卑猥な言葉を言わせてはならない。王族のような貴きお方にはたぶん。


「あ、いいですすみません確認しようとした私が悪かったです。男女として、だと仮定しておきます」


「理解してもらえたか」


 早くこの話題から離れたい。もしくは別の提案がほしい。アキの眉間も渓谷もかくやとなる。


「その条件は私にはとても受け入れ難いものです」


「なにも今日あした、というわけではない。猶予は半年ほど。こちらからも候補を紹介するが、好きな相手を自由に選んでくれて構わぬ。ただし本日から半年を過ぎれば依代の体では活動できなくなり、アキ殿の魂は消滅するだろう」


 言い換えれば拒絶は二度目の死へと導く、ということ。


「ダイハイ国およびソイルスを救い、元の世界へ戻り生き直すか。

 ……絶好の機会を失って永遠の眠りにつくか」


 ぎり、とアキは布越しの膝に爪を立てる。

 精神的な死か肉体的な死か、どちらがましだろう。

 半年の間に性交渉相手を見繕えと。二十六年間も縁のなかった恋愛ごとに飛び込めと。いや、そこに情があるかどうかなんて王子には関心がない。



I kinda knew about this.

(なんかこれ知ってるやつ。)





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