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There there, now now.

こちらまでいらしてくださりありがとうございます。


完結までの間に予告なく暴力、流血、残酷、性愛描写が出てきます(R15程度)。

男女間の恋愛がメインですが、うっすら同性愛表現もありますのでご承知ください。


 ちくちく足を刺す緑草に座る。両腕は前で固定されていた。背中から抱き込まれて、ゆったりとした優しい声がかけられる。すんなり体のすみずみまで馴染むアルト。


「 “There there, now now.” 」


 ーーよーしよし、もう大丈夫だよ。


 呪文のように何度もなんども耳元で囁かれる。

 思考力を失った頭と暴れていた体は繰り返されるフレーズによってだんだん落ち着いてきた。心地よい響きがじんわり沁みる。ずっとこの音の響きに浸っていたい。温もりに包まれていたいけれど、これが名前も知らない男性のものだという事実に整いかけた心臓のリズムが崩れる。


「……あの、もう大丈夫です。すみませんでした」


 そうっと振り返る。目は白っぽい(シーフォーム・)青緑(グリーン)。彼がかけていた眼鏡は自分が暴れたときにぶつけて飛ばしてしまった。手の甲がひりひりとしているから、男性もそれなりに痛みを受けたと思われる。


 想像よりもしっかり男の人だった。にこりとして細身の腕が離れていく。真っ黒だと思えた髪の毛は艶に注目すると下地に緑がある。


 正常な思考になってから入ってくる視界情報の中で、地面には中身のこぼれた籠が横になっていた。赤紫の花びらに埋もれて光を反射するものがある。眼鏡だ。(つる)をつまんで、汚れがないか確かめた。男性に返すと、「ありがとうございます」とすぐに着用する。


「ほんとうに申し訳ありませんでした……」


「いえ、落ち着かれてよかったです」


「眼鏡、曲がったりしてませんか? どこか怪我してたり」


「ご心配なく。それはそうと、ここから出たほうがいいですよ」


「ここ……」


 きょろりと見渡した。はじめて足を踏み入れた緑地には、怪しげな兆候はない。時間は日も高い昼間だ。


狩場番人(ゲイムキーパー)もいますし、森を無作為に荒らすと撃たれかねません」


 とてもじゃないが、自分は許可をもらって森に入ってきた様子には見られないだろう。錯乱状態で番人にかち合っていたら攻撃されて身動きできないようにされる、くらいの事態にはなっていたのではないか。


「えっ……撃たれるって、……銃で?」


 男性は「魔法銃で」と口を動かした。


「ですから危険ですよ。お住まいはどちらですか? よければ送ります」


 銃のことがなくとも、服の乱れからして先刻までよくない無頼に絡まれていたのだと怪しまれても仕方ない。そしてその推測は合っている。頬にも涙の乾いた跡が残っているのだから。


「や、そ、そう……ですね」


 送ってもらえるのならありがたい。


「そこで何をしているのです」


 硬い声に振り向くと、銃口をこちらに定めた人間がいた。構えた猟銃と帽子で顔はわからない。


「ルアンさん? ……その女性、の格好は」


 体の左側に縦真っ直ぐに襟から裾まで並んだボタンたち。上部は引き裂かれ、裾はボタンが弾け飛んで丸い膝小僧を晒している。

 こちらを見てよからぬ想像をした狩場番人は、青年の素性を知っていた。しかし銃口を男側に寄せつつある。標的となったルアンは両手を広げて空に掲げた。


「違いますからね、キャリリーさん。この方が森に入りそうだったところを止めてこれからお帰しするところだったんです」


 言い分に頷いて銃を下ろした。信じるぶんの(よしみ)は結んでいるのだろう。


「見たことのないお方ですね」


 かける声の響きがやわらかくなっている。


「申し訳ありません。王宮には来たばかりなもので。ご迷惑をおかけしました」


 俯きがちに体の前で手を重ねる。


「森に入るには事前に許可が必要です。他の狩場番人に見つからないうちに立ち去りなさいませ」


「はい、すぐに」


 番人は瞬き以外に動きのない顔をルアンに向けた。


「彼女に羽織るものぐらい貸してやったらいかがですか」


 淡々と告げて、背を見せて歩いていってしまう。

 ずいぶんと細身だと思ったが、ゆとりの少ないズボンの腰つきはふっくらとしている。うなじに揺れる黄と橙の混じった(ファイヤー・)金髪(イエロー)は穏やかな炎のよう。

 強そうな人だ。かっこいい。少し羨ましかった。キャリリー、という名前か。


「気が回らなくてすみません」


 彼が着ていたローブを肩からかぶせられた。裾は男のふくらはぎまであったのに、かかとまで届く。これなら破れた部分も含め全身を覆い隠せる。


「ごめんなさい。ありがとう、ございます。部屋までお借りします」


 ぺこりと頭を下げる。


「もしやこの敷地内に住居がおありですか?」


「離宮の、ジュダスというお部屋にお邪魔してます」


「……あなたは、ランソムさま?」


「私はアキ、という名前です」


 呼び名に首を傾げたアキの仕草に彼はハッとした。


「失礼しました。アキさま。僕はルアンといいます」


 森を出るとすぐ整えられた道に出る。目指すは王宮の方角だった。離宮の裏口が見えてくる。


「あっちはいやっ!」


 鬼気迫った声で拒否した。驚愕しているルアンを見て気がしぼみ、声も弱々しくなる。


「……ごめんなさい、あそこは通りたくないです」


 彼が視界を邪魔して、くるりと回れ右をさせられた。


「わかりました。裏口のほうが近かったものですから。正面からならいいですか?」


 はい、と項垂れるようにして着いていく。すみません、とアキは謝罪を続けた。




 部屋に入ると、使用人が掃除をしてくれている最中だった。いつも不在中に済ませていてくれるところを、今日は予定より早く帰宅してしまった。

 ルアンは役目は終わったと礼も満足に聞かず引き返してしまう。


「そちら、お預かりしましょうか」 


 使用人に言われて、自分の手がなにを握っているのか気づいた。


「ローブ! ローブ返さないと……!」


 とんぼ返りした廊下のどこにも人の影も形もない。


「洗ってからで、いいかな?」


 名前がわかっているし、誰かに訊けば調べてもらえるだろう。掃除を終えた使用人には帰る前にいくつかお願いごとをした。

 ローブを洗濯してほしいこと。加えてその持ち主の居場所を教えてもらえないか。

 あとは、専属の侍女をつけてほしいこと。


There there, now now.

(よしよし、だいじょうぶ。)

第一話読んでくださりありがとうございます!


お話の中ではっきり誰視点、ということは書いてませんが、長い(15行ほどの)改行のあとは視点変わってます。場面切り替えにも改行使ってます。


とにかく最後までお付き合いくださると嬉しいです!


初日ですので4話一気に投稿しています。

以降は毎日13時(文字数によって1〜2話)投稿する予定です。

よろしくお願いします!


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