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3-1-3

「なんだ。やっぱり医学書で読むだけでなく、あんた自身、それを使う身だったんじゃないか。ちなみに、丁子の使い道は僕も同じだ。丁子には歯痛を和らげる効果がある」


私としてはつい口を滑らせてしまったことに、渋い顔をする他ないのだが──、山崎さんは丁子の効能をすぐに理解してもらえたことが嬉しかったのだろう。


少し口許を緩めた彼は、一度咳払いをすると──


「時に──あんた、最近コソコソ和蘭(オランダ)の商人と会ってるだろ?」

話の脈絡も何もない。急に告げられたその言葉に、私は盛大に噎せ込んだ。


「うぐっ!? 何故それを!」


「監察、ナメないでもらえるかな。あんたがその商人と何やら面白そうなものを取引をしているのも知っている。……別に咎めようってワケじゃない」


──咎めないなら、何だというのか。


そう口を開こうとした。次の瞬間──


「なあ、ちょっと僕も一度、付いて行っても良いか──?」

思わぬその言葉に、日頃迷惑を掛け倒している私は頷くしかなかった。


「べ…別に構いはしませんが……また何故……」


「どうせ、僕のまだ知らないような異国の薬を仕入れているのだろう?」


そう言われて、はい、と答えられるはずもない。


だって、彼が薬についてどこまで知っているのか、さっぱりなのだから。


「山崎さんが私の仕入れる薬を知っているかどうかはさておき……二十日、午後に丁度商人と会う約束をしています。その時に山崎さんも商品を見に来られてはいかがでしょうか──」


私の誘いに、山崎さんは予定を確認することもなく「絶対行く」と、間髪入れずに即答した。


「医者の鑑、か……」


彼の医学の知識や薬に対する熱量は常人とは掛け離れたもので。


私は内心でただ舌を巻いた──。







一八六四年 六月二十日──。



その日、休みを取っていた私は午後からオランダの商人に会うために町へと、藤堂さん、山崎さんと出掛ける予定だった。


午前中は、早めに……というより、午後には些か早すぎる時間からひょっこり現れた藤堂さんと資料庫を漁っていると、午前中に組まれていた、見せ稽古が終わったらしい斎藤さんと沖田さんが資料庫に姿を現す。


「アキリア、稽古を見に来なかったのか……む、藤堂殿? 二人で何をやっているのだ?」


「お。斎藤、沖田、お疲れ〜。見ての通り、安芸の手伝い」


目を瞬かせる斎藤さんに、藤堂さんが屈託のない笑みで、労いの言葉を掛ける。


「なあなあ、今日はどっちが勝ったんだ?」


「ん? 残念なことに勝負がつかなくて、見事に引き分けだねえ」


藤堂さんの問いに、甘ったるい猫のような声で答えた沖田さんは「それよりも」と、此方へとつまらなそうな顔を向けてくる。


「手伝い……ってことは、アキリア、キミまだ、ええと……ローマに帰ることを諦めてないんだ?」


最近ようやく『ローマ』を流暢に発音することができるようになった、沖田さんと斎藤さんへと──


「誰が諦めますか! それは絶ッッ対に諦めませんけど、今回は別の調べ物……というか勉強中です」

私は手にしていた書物をバサバサと振って見せた。


「へぇ。キミが……勉強、ねえ」


変なもの食べた? と首を傾げる沖田さん。


──どついていいだろうか。


私は大真面目に、かなり勉強してきた方だ。『道徳』なるものは書物がないので学べなかったし、興味もなかったが、地理や歴史、軍略、医学などなど、キリがないほどの分野を、ローマにいた頃は常に学んでいた。


教養ある奴隷は、己が主人が他所で他の貴族と知識比べとなった時に、恥をかくことがないように、暇さえあれば、新しい知識を取り入れることに余念が無かった。


「軍略はいつの世でも面白いですからねぇ。地形や季節、武器に天候。色々な要素が複雑に絡み合って生まれる奇策──。私はどんなものでも良いから、様々な戦を知りたいんですよ。あ、藤堂さん、コレなんですか?」


私が指差すのは、合戦の様子を描いた挿絵の、武将の横で砕けている丸いモノ。


藤堂さんは私の指先に息がかかるくらいに顔を寄せ──ようやく私が指しているソレに気付いたらしい。


「んー、どれどれ? ああ、そりゃ焙烙玉(ほうろくだま)だな。こう、投げ付けたり、火矢にして打ち込んだりして、爆発させるモノだ」


顔を上げて、得意気に知識を披露する藤堂さん。……の後ろ襟を、斎藤さんが不機嫌そうな顔で掴み「近い」と唸りながら引いた。


今日も相変わらず、番犬は健在だ。


引き離した藤堂さんと机の間にすっと割って入った番犬を視界の端に収めはするが、私は神経をそちらに傾けるつもりは一切ない。


「ふむふむ焙烙玉。……ん? こちらの頁は、へえ、長篠(ながしの)の戦いですかぁ。ふむふむ、時代の転換点になるべき戦だったのですね。武田軍無敵の騎馬隊を破る織田軍の三段撃ち。世の無常とはいえ、後世から見ると実に面白い戦です。ええと、陣形は……え、これ本当ですか?」


私は当時の記録として語り継がれている陣形を、机に置いていた紙に分かりやすく書き出し、頭を捻る。


「火縄銃の三段撃ち…は置いておいたとしても、コレは妙ですねぇ織田軍が連吾(れんご)川沿いに馬防柵を設置したのは分かるのですが、これは武田軍に攻めてもらわなければ意味が無い。……の割には織田軍は武田軍に動向を知られまいと地形を利用しているようですし……」


筆で描いた地形と軍にいくつかの曲線を引き──


「む! 読めましたよ! 織田の前哨部隊、コレが味噌ですね! 少数の前哨部隊で武田本隊を、自陣の本隊前へと引きずり出す。この心理戦に持ち込む辺りは、自身の得意とする戦場まで敵を誘き出すプラタイアの戦いの始まりに似ていなくもないですねぇ」


一人目を輝かせながら過去の戦をなぞっていると、つむじの辺りに沖田さんと藤堂さんの生暖かい視線が降ってくる。


斎藤さんからもずっと視線は送られてきてはいるのだが、生暖かいワケではなく……まあ、いつも通りの、全く何を考えているのか分からない、そんな視線だ。天才の考えていることなど想像するだけ時間の無駄だ。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


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