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この世界のきちんとした医者である山崎さんより、私の方が医者として優れてなぞいたら、一五〇〇年間、人間よ何をやっていた、と真剣に問いたくなる。
ちなみにそこで『一度滅びました』以外の回答があれば、私は割かし真面目に人間の未来を見限るかもしれない。後退するだけの文明に輝かしい未来などあるものか。
本気でそんなことを思っていたのだが──
「意外に謙虚なのだな。驚いた。……だが、面倒だから隠してくれるな」
山崎さんには何を言っても無駄のようだった。
私は「違うのに……」とボヤきながら、ガックリ肩を落とす。
──とりあえず話…聞くだけ、聞いてみるか。嫌だけど。嫌だけど!
「私が医者なら、何だって言うんですか……」
できるだけ事務的に。声に不快の感情を込めないよう気を付けつつ尋ねる。
三白眼でジトリと山崎さんの顔を見上げているのは、声に含めない分の、せめてもの抗議だ。
だが、そんな私の表情には一切触れることなく、山崎さんはさっさと本題を切り出した。
「山南殿のことなのだが……」
「山南さん、ですか?」
山南さんは新撰組の総長の座に就いている、中肉中背の青年だ。
私は山南さんとはあまり接点はないものの、彼の温和で行き過ぎなまでに慎重な性格は、隊内でもよく知られていることのため、私もそこに関してだけ──ではあるが、彼という人物を知っている。
「そうだ。山南殿は岩城升屋事件の折に左腕を負傷し、以降患うことが多くなっている。その病についてなのだが……あんたはどう見る?」
──と言われましても。
「あの、私、山南さんはよく診ていませんし、分からな──」「──良いから答えてくれ」
山崎さんに遮るようにそう言われ、私は「そんな無茶苦茶な」とボヤきつつ、むう、と斜め上を見やった。
──診てもいない山南さんの病、かぁ。
「本当にチラッと見た感じ、と、皆から聞く感じで、ですが……気鬱のような症状が出る、感情の病に似てはいます。まあ、何度も言いますが、山南さんの症状にずっと向かい合っているワケでもないので、遠巻きに見ての、ただの憶測ですけど」
そう呟きながら、正面の山崎さんの目を「これで良いか」と言わんばかりに覗き込む。──と、私の回答に、山崎さんの鋭い目がほんの少しだけ見開かれた。
「へえ。あんた、想像以上に凄い医者じゃないか。その病については、日本の医者の間でもあまり知られていないからな」
そんな、驚愕を隠せていない彼の声に、私はしまった、と顔を引き攣らせた。
──過去の知識が当たってしまった!
胸を張って答えた結果が頓珍漢な回答だった。これが一番良い筋書きだったのだが、まさかまさかで正解してしまったのだからどうしようもない。
「僕は医者の中でも一握りしかなれない、御典医の松本良順先生から医学を学んだから、まだ全然世間に知れ渡っていないその病について知っているんだけど……あんたはどこでそれを学んだんだ?」
どこで、と言われて「一五〇〇年前のローマ帝国です」と答えてよいものか悩んだ私は──
「昔読んだ医学書です」
と、当たり障りのない回答をしておく。嘘は言ってない。ちょっとばかし昔すぎるだけで。
「へえ。どの医学書だろう。気になるけど……ま、それは追々。ちなみに僕はそれに罹患した者は治す術がないと学んだ。外傷もなければ発熱や咳などの症状もない。だから病と診断することは非常に難しく、また周囲の理解も得られないワケだけど──」
山崎さんは淡白な声で言葉を続ける。
「あんたの読んだ医学書には、何か良い治療法は書かれていなかった?」
「治療法ですか? そうですねえ……」
医学書に書かれていたことではないけれど、そんな患者に対してローマでやっていたことならある。
「嫌がっても仕事に叩き出すのみ、ですね」
「……鬼かな?」
山崎さんから鬼扱いされた私は、仏頂面で腕を組み、唇を尖らせた。
「引き篭るのはロクなことがないんですよ。独りで負の思考の連鎖に陥りますからね。だからこそ、軽い仕事などで周囲との接点を持たせていまし──じゃなかった、持たせると良いと書かれていましたねえ」
私の言葉に、山崎さんは何度か「なるほどな」と頷く。
「実に参考になった。……あんたとは近いうちにまた、酒でも酌み交わしながら、医学について一晩語り明かしたいものだな」
──一晩も語れるような、そんな立派な医学の知識はございません……。
困ったものだ、と眉根を寄せていると、山崎さんは「忘れていた」と、懐から小さな小袋を取り出し、それを突き出してきた。
「コレをあんたにもやろうと思って少し持ってきた」
反射的にそれを受け取る──と、鼻にピリつく匂いが届く。
「ん? この香辛料のような匂い……あ。やっぱりクローブじゃないですか!」
小袋を開けると、中には錆びた釘のような、乾燥させたクローブの蕾が入っていた。
「クローブ? それは丁子、だが……」
「ああ、此方では丁子と言うのですか。良いですよねコレ。私はかつて虫歯になった者の痛み止めとして使っていました」
有難く、小袋の口を縛り、懐へとしまい込む。
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