2-8-7
何をするのだ、と言わんばかりの私の視線には気付くことなく、沖田さんは斎藤さんへと視線を向けた。
「斎藤くん。残念だけど、心臓もダメだったみたいだよ」
沖田さんから上がった、そんな声に私は彼を睨むことも忘れて目を瞬かせた──。
──どういうこと?
確か斎藤さんには天使が見えなかったはずだ。
だが、今の沖田さんの言葉では、まるで斎藤さんが、そこに居た天使に気付き、彼女についての情報を沖田さんへと伝えたかのようではないか──。
「……そうか。心の臓でも死なぬ、か。……それで、追わないと、とは?」
新しい酒を取りに行った原田さんへ、すぐ戻る、との伝言を近場の隊士に託した斎藤さんが、こちらへとやってくる。
そんな斎藤さんに、沖田さんが、天使が外で待っていることを伝えた。
──あれ? やっぱり斎藤さんには天使は見えていない?
一人で混乱を極めていると、斎藤さんは「外に出ながら話す」と私の背を押した──。
宴会場の喧騒から少しだけ離れた静かな廊下は、座敷に満ちていた、むっとした熱気もなく、さっぱりと乾燥した空気が溜まっている。
人の密集していた座敷と違って、廊下はとても寒いのだが、今は肌にその寒さが心地良くもあった──。
「ええと、つまり、先程たまたま私の肩を掴んだ際に天使が見えた、と」
「そうだ。ただ俺は警戒されている恐れがあったからな。徳利を倒して、狙い通り此方へ来てくれた沖田殿に奴の心臓を貫いてみてもらえるよう頼んだのだ」
はあ、と感心のあまり、それ以外の声が出ない。
──だから、沖田さんはずっと私の腕を掴んでいたのか。
全く気付かなかったが、あの時背後でそんな密談が行われていたとは──。
「しかし不気味な子だね。首を刎ねても心臓を貫いても死なない、か……」
沖田さんは渋い顔でそう呟く。
出口が近付いてきたので、一度立ち止まった私は、自身の髪を二本引き抜き、彼らの腕に巻き付けた。
「天使を視認するのに、私の一部であるものが触れていれば良いのか、私そのものが触れていなくてはならないのかの実験です。気持ち悪いかとは思いますが、少しだけ耐えてもらえたらと──」
私の言葉に、二人は腕に巻かれた髪を見つめる。
「いや、別に気持ち悪くはないけど……こんなので効果あるのかなあ」
胡乱げな沖田さんの呟きに、斎藤さんが同意するように頷く。
「どうせ、あの天使に限っては人智などとうに超えた存在なのです。こちらがいくら考えても理解の追いつかないような武器を持っていたり、人間には到底不可能な、他者の運を操ったりする能力まで持っているんですよ?」
──ならば。
「下手に小難しいことを考えても『常識』という枷が我々にある限りは、思考なんて無駄なのです。だから、ダメ元でこんな簡単な手から打っていって──もし、こんな手でまかり通ってくれるなら、儲け物じゃないですか」
思考を放棄しているとも取れるであろう私の言葉に、沖田さんと斎藤さんは顔を見合わせ──、
「「まあ、一理はあるか……」」
と、納得したように頷いたのだった──。
除夜の鐘が町に響く大晦日の夜。
雪を踏み締めながら、外へと出た私達に、建物の前で立っていた天使は、
「遅かったですね。何かお話でもされていたのですか」
と、注意深く、こちらの館内での行動を確認してくる。
勿論、正直に答えてやる必要もないので「別に」とぶっきらぼうに返しておいた。
「出てこようかどうしようか迷っていただけ」
天使は無愛想な顔でそうボヤく私の答えを信じたのか、信じていないのか。相変わらずよく分からない無表情で、そうですか、と呟く。と──。
「童。何故アキリアを呼び出した。さっさと答えろ──」
前置きも脈絡もなし。
単刀直入に切り出した斎藤さんの声に、天使は少しだけ鼻の頭に皺を寄せる。
「──ってことは」
……どうやら、斎藤さん達の腕に巻いた髪は、非常に単純な方法でありながら、本当に天使の姿を彼らに視認させるのに一役買っているらしい。
ダメ元でも一応やってみるものだ、と一人頷く。
「何故呼び出したか、ですか。……まずは祝福、です。前に宣告したとは思いますが、私の書いた筋書きでは、アキリアさん、あなたは池田屋の外であの日、死ぬはずだった」
斎藤さんの問いに、律儀に答える天使。
「……まあ天使には運命の決定権はないので、あくまでも筋書き、でしたが、それから逸れた道を歩むことはとても難しいこと。だから──」
おめでとうございます。と天使は無機質な声で私へと祝福を告げる。
そんな淡々と祝福されたところで、微塵も嬉しくはない。そんなことを仏頂面の下思っていると──ふいに斎藤さんが低い、地を這うような声を上げた。
「……アキリア、どういうことだ」
「ええっ!? ほ、ほら、そんな決められた未来に従う私じゃありませんし。まあ気にしなくても良いかなーと」
結果こうして、ちゃんと運命に打ち克ったのだ。許して──ほしい。
焦り散らかしながら、必死に弁明──もとい言い訳をする私であったが、斎藤さん、沖田さんからの視線はそれは冷たいもので。
「ごめんなさいぃぃ……」
結局、私は責めるような冷たい視線に耐えきれず、ずん、と項垂れた──。
「斎藤くん。説教は帰ってからだ。……ねえキミさ、質問なんだけど、首を刎ねても死なない、心臓を貫いても死なない。もしかして、不死ってやつなのかい?」
沖田さんに問われた天使は「そうでもないですよ」と平坦な声で答える。
「私にだってあなた達にとっての心臓、となる部位はあります。……ちなみに今日呼び出した本題は、その、私の心臓について、です」
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