2-8-6
その後──、除夜の鐘が鳴り始めたからだろう。お梅は近藤さん達に年末の挨拶へと向かった。
そして、彼女と入れ替わりに、私達の許にもまた、平隊士達が次々に年末の挨拶に訪れる。
三番隊副組長として、一人一人にきちんと挨拶を返し、対応はした──つもりだ。
最後の一人に挨拶を返し、一息吐いていると──、
「──ッッ!?」
ふいに大音量で周囲に響き渡った──濁った、怖気のする鐘の音に目を見開く。
決して除夜の鐘などではない、それは、己の敵となった天使が現れた時に響いたソレと、全く同じもので──。
ばっと周囲を見回すと──、
「……いた!!」
確かにあの日、斎藤さんが首を刎ねたはずの天使が、すぐ近く──。
沖田さんの隣で座っている平隊士から──数えて二人目の隊士が座っている辺りで、彼女は無機質な瞳でこちらを見つめながら立っていた。
「何でまだ…生きて……」
鼓動が早くなり、頬に気持ちの悪い汗が伝う。
彼女が人外の者であるとは理解している。
だが、首を完全に切り離したのに、そこに普通に現れたことに──、そして自身の居場所を常に把握されていることに嫌悪にも似たものを覚えた。
「アキリア、どうした?」
ふいに背後から斎藤さんに肩を掴まれ、「何でも」と返す私の声は、さぞかし掠れていたことだろう。
──斎藤さんに知られるワケにはいかない。
何故なら、彼は一度、天使の首を刎ねているから。
天使が彼を警戒しているかもしれない以上、彼が下手に動くのは愚策だろうし、彼が動くことによって、天使がどういった行動に出るのか、全く予想もつかないのだ。
全身に緊張を漲らせたまま、肩を掴む大きな手をそっと払う──と、その時、背後から固いものがぶつかり合うような音と、原田さんの驚いたような声が上がった。
「うお! 斎藤大丈夫か? 酔ったか!?」
チラリ、とそちらを見やると、斎藤さんが肩から手を引いた時に、徳利に肘でも当てたのだろう。机に酒を盛大に零している。
机に零れた酒の、透明の水溜まりが徐々に広がり、机の端から垂れて私の袴を汚すが、今はそれどころではなかった。
「ちょっと斎藤くーん? ホントに大丈夫なの?」
席を立った沖田さんが、斎藤さんの傍に膝をつき、懐から取り出した手拭いで机の上の酒を拭き取るのが、視界の端にチラつく。
と──。
「アキリア。袴、軽く濯いでおいた方がいいんじゃない?」
零れた酒を粗方拭き取った沖田さんがそんな提案をしてきた。
そんな悠長なことをやっている暇などない私は、彼の言葉に無視を決め込む。
天使が動く気配は──、まだない。
無言で佇む天使に声を掛けるべきか、何も言わずにもう一度殺しておくべきか迷い──私は眉間に皺を寄せた。
話し合ったところで彼女が私の死を運命付けている以上、結局最後は命の取り合いになるのだろうが、もう一度、殺してみたところで、また復活されては堪らない。
「でも、殺すことで得られる利もある、か……」
──何度か殺めることによって、彼女が復活する条件などが分かれば、それはそれで儲け物だった。
まあ、かなり此方を警戒しているのだろう天使が、そう簡単に私を自身の傍に近付けるとは思えないのだが──。
そんなことを思っていた時だった。
「ほら、袴濯ぎに行こ行こ」
立ち上がった沖田さんに右の二の腕を掴まれ、半ば強制的に沖田さんに立ち上がらされた私は、
「ちょっと!? それどころじゃないんですけど!?」
と、渾身の抗議の声を上げるも虚しく──。
「ボクも手拭い濯ぎたいしね〜」
私の言葉など聞く気もない沖田さんに引きずられる方向には、
「ッッ──」
佇む天使がいる。
沖田さんは天使が見えていないのを良いことに、呑気にも私を引きずりながら襖を目指して真っ直ぐ進み、天使の傍を通る──刹那。突如として抜刀した沖田さんの、飛燕の刺突が天使の左胸を貫いた──。
「え──!?」
器用に右手だけで繰り出されたその鮮やかな刺突に、私は目を瞠る。
周囲では、隊士達が急に抜刀した沖田さんに、疑問の目を向けていた。
「これで、死んだ──?」
ぐじり、と刀を捻った彼は、仰け反った天使の胸からソレを引き抜く。
──間違いない、彼には見えてる!
私はポカンとした顔で沖田さんを見上げた。と──。
「アレ? あちらのお兄さんは警戒していたのですが、まさかあなたも私を斬ることが出来るとは。どうやって私を視認しているのですか──?」
ふいに、仰け反った天使から放たれた声に、私は素早くそちらを見やる。
仰け反った状態からゆっくりと上体を起こした天使は、両目と口端から人のものではない、どす黒い血を流しながら、狂ったように鈴を振り鳴らすような、そんな声で──嗤った。
「何だ、死んでないじゃん」
煽るような言葉を口にする沖田さんへと、天使はニタリと口を歪ませながら、
「残念でしたね」
──と、短く返す。
「まさか二度も斬られるとは思いもしませんでしたが……まあ良いでしょう」
ひび割れた瞳で、淡々と紡ぐ彼女は「此処はどうやら私にとっては危険な所のようですね」と続ける。
「私はあなたにお伝えすることがあって来たのです。ですが、此処にいてはまた誰に斬られるか分かったものじゃありませんから……外へ出て下さい。別に来なくても、あなたにとって有益な情報が手に入らない。それだけなので、それはそれで構いません」
一方的にそう述べた天使は、背に生えた羽でふわりと浮き上がると──肘掛窓から外へと飛び出していった。
「追わないと──!!」
咄嗟に踵を返そうとする私を「落ち着きなよ」と、沖田さんが引き止める。
掴んだ腕を大きく引かれて、走り出そうとしていた私は思い切りたたらを踏んだ。
「あだあっ!?」
たたらを踏んだ拍子に、掴まれた腕が、一瞬危険な方向に曲がった気がする。
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