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2-8-5

「……ねえ、安芸さんは、その、自分はどうなの……? いつかは幸せになりたい、とかないの?」


おずおずと、お梅にそう問われた私は、賑やかな音楽を聞きながら、一度小さく目を伏せる。


そして自身の中に、答えを探し──それはすぐに見つかった。


「私はもういい……かな……」


そんなぁ、と目に見えてしょげ込むお梅に、私は咄嗟に両手を胸の前で振りながら、弁明する。


「あ、悪い意味じゃないんですよ。……とある方に、私はもう充分もらったというだけです。有り余る衣装も、宝石も心も。……宴も毎日開いてもらったし、年に何度も旅行へ連れて行ってももらえました。望むものも何でも下さいましたし、最後は莫大な財も頂いた──」


──まあ、その財は屋敷の奴隷を全て解放するため、そして主を手厚く葬るために使い果たした、というのは夢がない話なので黙っておこう。うん。


案の定、私の言葉に、お梅は目を輝かせた。


「何その話、すごーい! どこの殿方!? 外の国!? ねえねえ、もっと聞かせて!」


「えー、仕方ないですねぇ──」「──やめとこうね、妲己」


ふいに飛んできた沖田さんの声に、私は咄嗟に口を噤む。


──というか、アレ? 今、ダッキって言わなかった?


沖田さんに止められた以上、お梅もそれ以上聞くことは出来なかったのだろう。


だが、夢見る彼女は「宝石に宴会に旅行かぁ」と、頬を染めながら、何やら妄想しているようで。


「ふふふ、豪華絢爛で、良いと思いますか?」


私は苦笑しながら、うっとりしているお梅を見やる。


お梅は──意外にも首を横に振った。


「ううん、今の話と、あの小常さんなら、私は小常さんの方がいいなー」


思わぬ言葉に、私は「え」と目を丸くする。


「だって安芸さん、その話をする時、全然幸せそうじゃなかった。……たくさんの贈り物や思い出を貰っても、その人のこと、好きじゃ……なかったんでしょ?」


「えー、何を言うんですかー。大好きでしたよー? ええ」


ひょい、と肩を竦めながらそう答えると、お梅はむすっとした表情を向けてきた。


そして「嘘つき」と、人を嘘つき呼ばわりすると、彼女は小常さんを眩しそうに見つめる。


「貧しくてもいーの。そんな、相手からの立派な贈り物なんてなくても……私は小常さんのように相思相愛がいーのー」


──何ともまあ、夢見る乙女はややこしい。


財で頬を染めていたかと思えば、貧しくても良いなどと言い出すのだから──、老人には難しい。うん。


「相思相愛、ですか……。じゃあ、この人って、決めた人がいたら教えて下さいよ。お手伝いしますから──」


「じゃあその時はお願いしちゃ──」「──相談先はよく考えた方がいいよ?」


お梅の声を遮る沖田さんの意地悪な言葉に、私は苦虫をプチリと噛み潰した顔をする。


「うむ。その手のことに関しては玉藻(たまも)の前は大人しくしていた方が良い」


「斎藤。玉藻の前じゃなくて妲己やけん」


背後の声に、口の中に苦虫が更に追加される──そんな気がした。


「安芸さん、そんなむすくれないの。……私、決めたわ。幕府のお偉い様とか、そんなお客様の中で素敵な殿方がいたら、安芸さんにも紹介してあげる!」


「えぇ……?」


咄嗟に顔に「めんどくさい」と出かかったのを何とか顔の奥に引き戻す。


彼女が厚意で言ってくれているのは分かるのだが、紹介されることは、ただただ面倒でしかない。


「前々からお藤さんと話してたのよ。安芸さんの顔なら遊女の花形──太夫も夢じゃないのに、勿体ないなーって。……安芸さん壊滅的な戦脳だけど、その顔さえあれば、安芸さんの戦脳くらい耐えて結婚してくれる殿方は絶対五万といると思うわ!」


──何か、ひどくない?


褒められているのか、貶されているのか。


複雑な気持ちで小さく唸る。


「そんな五万の中にも、きっと一人くらいは、戦脳の安芸さんにも『この人なら』って思ってもらえる殿方はいると…思うのよねぇ……」


頑張って厳選するわ、と一人気合いを入れているお梅。


「やれやれ、惚れた腫れたは若人だけでやってほしいものなんですけどねえ……」


私は聞こえよがしにため息を吐くと、お梅に「条件」と指を突きつける。


「一つ。私よりも強いこと」


私の条件に、お梅は「分かったわ」と真剣に頷きながら、周囲の組長達に視線を向け、


「あのぅ、私は先の事件で一度だけ戦っている安芸さんを見ただけで、強い、ということしか分からないんですが……実際安芸さんって、どのくらい強いんでしょうか?」

と、確認をし始めた。


「うん。ボク達組長格に一言言わせるなら、『狂獣』。つまり、アホほど強いね──」


「え……」


沖田さんの答えに、お梅の顔が一瞬引き攣る。


──お。これは畳み掛ける良い機会だ。


「お梅さん、二つ目。そも、皇帝様と同じ秤には載りませんので悪しからず」


「えーと?」


疑問符満載で首を傾げるお梅に、再び沖田さんがそっと説明を挟む。


「旦那は二の次ってこと。……まあ、皇帝云々の説明は面倒だから、浮気は覚悟しとけ、ってコトだとでも思っておいてよ」


「ええええッッ!?」


絹を裂くような声を上げるお梅を見ながら、私は一言、


──忠義と浮気を一緒にしないでほしい。

と、思ったり思ったり──。


「そんな物件ほぼいないじゃないのよぅ……。アホほど強い奴より強くって、浮気覚悟で……って、どんな阿修羅菩薩よおおおお!」


お梅──叫ぶ。


「お梅さん、何言ってるんですかぁ。まだ最後の条件がありますよ〜? 最後──私より後に死んでくれる人であること──」


「未来なんて分からないわよ!? うう……もうそんな条件を全部満たすような人、生きている内にすれ違うかすら怪しいわ……」


──であろうであろう。


「これで分かりましたかお梅さん。諦めろ、ってコトですよ」


意地悪くニンマリとした笑みを顔に貼り付けながら、お梅を見やる──と、意外にも彼女は困るでもしょぼくれるでもなく、眦を吊り上げて見返してきた。


「諦めないわよ! 長生きしそうで、やたらめったら強くて、浮気も容認してくれる、そんな人を私がホントに見つけて来た時に泣き言言わないことね!」


「それはそれは、見つかるといいですねぇ〜。応援するフリだけはしときますよ──」


面白い、続きが気になる!


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