2-8-4
「他の芸妓達と一緒に近藤様にお呼ばれしてやって来たと思えば、安芸さん達、面白くないお話ばかりしてるんだもの」
「な、何を……面白い……じゃ、ないですか……」
興奮を抑えながら、私はお梅へと小さく反論するが、お梅は、ぷい、とそっぽを向いて、態度で「つまらない」と示してきた。
そんな彼女の姿に沖田さんは、尚も反論を続けようとする私を諌める──。
「アキリア、その話はまた今度ね。……せっかくお梅が来てくれているんだから、ね?」
「はぁい……」
確かに、滅多に会えない彼女を優先するのは当然といえば当然だった──。
お梅は、気を利かせて、少し横へと寄った沖田さんと私の間に「お邪魔しまーす」と身体を捩じ込んだ。
そして、彼女は手早く周囲の空いているお猪口へと酒を補充する。
「新撰組の皆様、またまた大活躍だったとか」
お梅は美しい笑顔で、私へとそう尋ねてきた。
「そうなんですよー。大捕物でしたー」
今は周囲に平隊士がいるため、敬語しか使えない私であるが、そこは頭の回る遊女、お梅。何を言うでもなく、それをすぐに受け入れてくれる。
「皆で浪士を逃がさないようにしましたからねー。私は室内戦に回ったので、沖田さんと藤堂さん、土方さんと近藤さんの活躍をまじまじと見たのですが、さすがって感じでしたー。明保野亭も永倉さんが大活躍だったようですしー」
と、ふいに私は周囲を見回した。
「そう言えば、永倉さんは?」
私の声に、沖田さんが「あそこ」と指で宴会場の一角を指差す。
「え──」
確かにそこに永倉さんはいた。
だけど──。
「何か……お隣の芸妓さん、やたらとベタベタしてないですかぁ?」
しかも──永倉さんも嫌がってはいなさそうだ。
「あら、安芸さん知らないの? 永倉様は島原遊郭 亀屋の芸妓、小常さんと良さげな感じなのよ?」
「え、ええっ──!?」
──これはこれは意外な発見だ。
あの死んだ目をした堅物にも女性の影があったとは。
そんなことを思っていると──、
「いーなぁ」
ふいに口を尖らせるお梅に、私は首を傾げる。
「え……お梅さん、アレ、いいの?」
「当たり前じゃないの! 私達遊女……まあ芸妓もだけど、私達の夢は身請けしてもらって、誰かただ一人の殿方のために尽くすことなの──」
安芸さんには分からないわよー、とお梅はボヤく。
「失礼ですねぇ。分かりますよその気持ちくらい……」
一体私をなんだと思っているのだ。
私は三白眼でお梅を少しだけ睨む。
「ええっ!? ホント!? だ、誰が気になる殿方でもい──」「──私だって皇帝様のために尽くす夢がありますからね!!」
と、私の答えに目に見えてお梅の肩ががっくりと下がった。
「そんなのお侍さんが殿のためー、とか言ってるのと一緒じゃない……」
「言われてみれば……全く同じですね……」
そういう尽くすじゃないわよ、この朴念仁。とお梅はぷちぷちと文句を言う。
「安芸さんと恋の話は難しいかー……」
ため息を吐いたかと思えば頬を膨らませる──と、ただひたすらにお梅の動作は可愛らしくて。
そんな彼女の横では沖田さんが苦笑していた。
背後でも何やら人を笑うような、そんな気配を感じる。
まあ、いつの間にやら、沈んでいた皆がすっかり元気になったようなので、一度だけはぐっと文句は堪えよう。
「あーあ、安芸さんってあーいうの見ても、ほら、こう甘酸っぱい気持ちにとかならないワケ?」
私は、憐れにも例題にされた、永倉さんと小常さんを見やり──。
「ええ。ならなくもないですね──」「──よねー、なるはずないよねー。って、ええ!?」
その瞬間、私はお梅に思いっきり掴み掛かられていた。
──何やら目が、輝いてる!?
「ホント!? ホントに!?」
「本当です。ほら、離した離した──」
羽織を掴んだお梅の手を解き、私は永倉さん達を見つめ、目を細める。
「私だって人の子ですからねー。……彼らに幸せになってほしいと、それは心底思うし、もし手伝えることがあるなら、一肌でも二肌でも脱いであげようとも、心から思いますよ?」
それは、紛れもない私の本心──。
「刹那を生きる新撰組の彼らだからこそ、……あの小常さんのように、彼らが消えてしまうかもしれないという恐怖に耐えながら、それでも傍で支えてくれる者と、永遠に幸せになって欲しいと私は願います」
──まあ、そこには一つだけ『但し』が付くのだけど。
それは別に今、彼女に告げる必要はなく──。
ポカン、と口を開けているお梅の口に、私は皿の上に載っていた砂糖菓子を一つつまむと、ぎゅっと押し込んだ。
「そんなに驚くことでもないでしょう。……彼らには眩い未来を。その未来の先で、彼女達には愛しき彼らを」
それを願うのはそんなに不思議なことなのだろうか。
口許を押さえてポリポリと砂糖菓子を咀嚼し、それを飲み込んだお梅は「驚いたー」と己の胸に手を当てた。
「ただのガッチガチの戦脳だとばかり思ってたら、急に安芸さんが、マトモなこと言うんだもん……! こっちがびっくりしちゃったじゃない!」
「え……お梅さん、それは酷くないですか……?」
──戦脳扱いは流石に酷い。
ジト目になる私に、こちらも驚いていたのだろう、沖田さんがぷっと吹き出す。
「うん。急に真っ当なことを言うアキリアが悪いね」
「「同意」」
背後から聞こえる、組長二人の一糸乱れぬ声に、私は両手を握り締め「解せない」と、拳を震わせた。
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