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「斎藤〜。膝ぁ〜」
再び陽気な声で藤堂さんに膝枕をねだられた斎藤さんは、何も言わないものの、さっと宴会用の低い机の下に、自身の膝を隠してしまった。
──嫌だったんだ! 無表情だけど嫌だったんだ!
ごめんなさい斎藤さん──。
大変申し訳なく思っていると、原田さんの腕から抜け出した藤堂さんは、正座していた私の膝にころりと転がる。
「悪りぃ安芸!! すぐ退ける!」
慌てた原田さんに腕を掴まれた藤堂さんは全身を捩り、それを拒んだ。
「んだよ……良いだろ、ちょっとくらい……」
そう眠そうに呟く藤堂さんは、横向きに寝返りを打つと、幸せそうに人の袴に頬を擦り付け──、
「斎藤、柔らかくて良い匂いするな、お前〜」
と、何やら勘違いをしたまま眠ってしまったのだった──。
「いやあ、実にすまん……」
脱いだ羽織に藤堂さんを寝かせた原田さんが戻ってくる。
「い、いえいえ。とんでもない!」
自身の匂いが分からないため、複雑そうな表情の、沖田さんや斎藤さんの羽織に鼻を近付けて、くんくんと匂いを嗅いでいた私は、ばっと両手を振りながら、頭を下げかけた原田さんを止めた。
「可愛らしい……いや、微笑ましい? まあまあ、そんなものじゃないですか」
彼が二十歳だと知っていながらも、ついつい子供扱いしてしまう私である。
「でも、本当に彼の負傷が大したことなくて良かったですねえ」
池田屋で藤堂さんが不意討ちされたと聞いた時は、一応これでも心配していたのだが、負った腿の傷は縫われ、どこかで裂いたらしい額からの出血もしっかり止まったようで。
「戦闘中に油断するからそんなことになるんよ。……っと、そういや安芸お前、尊攘派の浪士の巨魁、桂小五郎に会ったってホントなん?」
「あ、はい。といってもほとんど剣を交えることはなかったんですけどね。……アレ、本当に打ち合う日が来たら、やたらめったら強いんでしょうねえ──」
芸妓達の奏でる華やかな音の中、打ち合いの話から徐々に話が逸れ、私達はいつの間にか酒の勢いで好きな名将について目を輝かせながら語り合っていた。
「あー、俺は名将ってワケじゃないけど胤栄っつー僧やね。俺が修めた宝蔵院流槍術の祖やけんねえ」
「あはは、原田くんらしいや」
酒をカパカパと胃に流し込みながら、意外としっかりとした名将……いや、名僧を語る原田さん。
そんな彼の発言に笑う沖田さんだったが、原田さんにムスッとした視線を向けられる。
「人を笑うけどよ、沖田。お前の方がよっぽど眉唾モノな奴が好きやん。えーと、前田利家だったっけ?」
「……それ、叔父の方だね。ボクが好きなのは前田利益の方だよ。残されている資料も少ないけど、あちこちで語り継がれている伝説はどれも凄まじいものばかりだからね。一体どれほどの傾奇者だったのか……気になるなあ〜」
非常に楽しそうに、かつ、滔々と語る沖田さんは「斎藤くんは?」と、お猪口を手に持っていた斎藤さんへと話を振った。
「む…気になる名将か? 特にはおらぬ……では駄目なのだろうな。ええと、じゃあアキリアで──」
「すみません! 私を胤栄さんや前田利益さんの横に並べないで下さいッッ!」
私が全力で嫌がったのが面白かったのだろう。
沖田さんと原田さんが思い切り吹き出した。
「そうか、嫌か……。では、お前の好きな将は誰なのだ?」
腹を抱える二人を三白眼で見据えていると、斎藤さんがこちらへと話を振ってくる。
「私ですかぁ!? ええとぉ──」「──あー、はいはい、皇帝様だよねー」
沖田さんに思考の邪魔をされた私は「ふん。ハズレですね」と得意気な顔をしてみた。
「皇帝様は敬愛すべき皇帝なのであって、将ではありませんー」
「ふーん? じゃ、誰なのさ?」
いざ、そう聞かれてしまうと──。
──困った。
「私、こちらの世界の名将について、勉強はしているのですが、まだそんなに詳しくなくて……」
仕方ないので、素直に、答え様がない旨を伝えることにした──のだが──。
「何も俺達の国の将に合わせる必要はあるまい。お前はお前の今まで見聞きしてきた中で、好きな将を言えば良い。……それは俺達にとって、初めて聞くものであり、勉強にもなるものなのだからな」
困っていた私に斎藤さんはそんなことを言ってくれた。
──え、語っていい? 語っていいの?
「ふくっ……ふくくっ……」
──あ。ダメだ。興奮で笑みが堪えられない。
抑えきれぬ興奮が笑いとなり、私の肩を震わせる。
「え……なんか、すごーく嫌な予感がするんだけど……」
沖田さんが鋭い直感で、何かを察したようだが、もう遅い──!!
私は空の徳利が大量に載った机をバン、と叩くと拳を握り締めた──。
「それはもうマケドニア王国のアレキサンダー大王とスパルタのレオニダス一世以外に、何があるというのです。まずアレキサンダー王ッ──その、王位継承後たった十年の間に行われた、かの有名な東方遠征。戦術、戦略においては右に出る者はおらず、また部下からの忠誠心も厚い全戦全勝の無敗の将。東の最果ての海を目指す覇道の道はローマで戦術を学ぶ上では決して欠かせず、また彼の王の──」「──だーっ! 安芸さん、うるさーいッッ!!」
熱弁していた私は、ふいに絹を裂くような女性の怒れる声に、つい口を噤んでしまった。
何やら周囲から、ほっとした様な気配が伝わってくるのは気の所為だろう、うん。
──それより、確かこの声は。
「一年が終わろうとしている最後の日まで、放っておいたらずーっと、戦、戦、戦! 今年最後の日くらいもっと穏やかに過ごしなさいよ!!」
「……何で最後の日にそんな荒れてるんですか、お梅さん」
そう。怒れる声の主は、いつの間に現れたのか──私の人生初めての友人お梅。
お梅は「荒れもするわよ」と半眼になりながら、両手を腰に当て、此方を覗き込んでくる。
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