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2-6

脳震盪(のうしんとう)を起こしたのだろう、白目を剥きながらぐらりと傾ぎ、床へと仰向けに倒れた谷殿へと──正確にはそれを観ている観衆へと、私は笑顔で礼をする。


「今回は私に軍配が上がりましたが……さすがの強さでした。また、機会があれば是非──」


観衆の前では、勝っても(おご)らず、負けた者には称賛を。

これが、剣闘士として人気を得る秘訣なのだ。


思わぬ大番狂わせに、大いに沸き起こる周囲の歓声に、私は遠い地を思う──。


こんな、数十の観客ではない。幾千、幾万の観客から上がる熱狂、歓声。


それこそが私の原点の地。


鳴り止まぬ喝采(かっさい)と、血の赤で成り立つ麗しき都──。


「すげえ! 谷さんからまぐれでも本当に一本取っちまった!」


「とんでもねえ奴が入ってきたぞ、オイ!」


私はお祭り騒ぎな観衆から目を逸らし、この仕合いを設けてくれた開催者を振り仰ぐ──。


と、私はそこで世にも奇妙なものを見た。


主催者である近藤殿や土方殿、よくよく見れば、周囲に他にも沖田殿を始め、数人、僅かも沸き立っていない者達がいたのだ。


近藤殿は興奮冷めやらぬ隊士達を、他の道場で稽古するよう数人の組長とともに道場から追い出す。


谷殿も手当てのために担ぎ出され、後には、熱気の余韻(よいん)の中、静かにこちらを見つめている近藤殿を始めとする、昨日の夜に会った三人の幹部格だけが残された。


そして──。


「ちっともめでたくないけど、おめでとうって言ってあげようか?」


そんな微塵も祝福の(こも)っていない声に振り返ると、沖田殿が私を感情の篭らない目で見つめていた。


「……それは、私があなた方のお仲間を倒したからでしょうか?」


さぞや強い仲間意識を持っているのだろう。


ただそう思っていたのだが──。


「ボクはね、これほどつまらない仕合いを見たことはなかったよ──」


沖田殿は冷ややかな声でそう呟くと、私へと歩み寄り、感情の篭らないままの瞳で、私の二の腕の傷を確認し、そう深くも広くもないと判断したのだろう、懐から取り出した(たすき)を巻き付けて傷口を保護した。


「つまらないって……」


──もしや、一五〇〇年先の人々は、新しい盛り上がりのツボを持っている者達が一定数いるのだろうか。本気でそう思う。


「あ、もしかして…最後まで殺さなかったから……?」


私ははっと気付いた。


ローマは確か、皇帝の代が進めば進むほどに、剣闘士の助命率が下がっていったのだ。


それから一五〇〇年も経っていれば、それはそうだろう。


あの時の正解は──。


「す、すみません! ちょっと私、あの方殺してきますので!」


ばっと(きびす)を返す──と、私は背後に強い殺気を感じ、振り向きざまにルディスを構える。


「よっと」


ガッ、と堅い木に鋭い刃が食い込む音が響く。


私は今の一瞬で、抜刀した沖田殿に背後から斬り掛かられていた。


「殺気が隠せていませんよ?」


私はつい楽しくなって笑ってしまう。


刃の食い込んだルディスを滑らせるようにして、その刃から逃げた私は、ルディスを構えながら、満面の笑みを沖田殿へと向けた。


「いいですよ。仕合いましょうか。次こそきっちりと殺してみせます。そうですよね、そうでなくては、観衆が満足するワケがありませんよね──」


昨日の知り合いは、今日の敵。


剣闘士に馴れ合いなど許されるはずもなかった。


故に、私は躊躇(ためら)うこともなく、沖田殿へとルディスを向けたのだが──。


「そこまで! そこまでだ!」


私達の仕合いは、近藤殿によって止められてしまった。


「今回ワシが用意したのは三十郎との仕合いだけだ。それ以外の私情を持ち込んだ戦闘は許さん」


近藤殿の言葉に、沖田殿は渋々ではあるが、剣を収める。


まあ私も、気に入らないやら楽しいやらの感情で戦ってもよい、自由市民という立場でもないため、大人しく指示通りに引くこととした。


「……局長」


土方殿の声に、近藤殿は深いため息を吐きながら「分かってる」と彼へと返す。


「安芸君……いや、これからは里哉、と呼ぶべきかな? 里哉、今日をもって、ワシは君を壬生浪士組へと正式に入隊させようと思う」


眉間(みけん)に皺を寄せた近藤殿からの思わぬ言葉に、私はルディスを握り締め、目を輝かせた。


仕合いが終われば去るつもりであったのだが、まさか、本入隊をさせてもらえるとは。


「……嬉しそうだね」


沖田殿の冷ややかな声に、私は彼の感情など特に気にする必要もないため、思ったままを答える。


「嬉しいに決まっているじゃないですか。これで常に強者と仕合える可能性には事欠かなくなったんです。これ以上のことって、そうそうないですよ?」


私の声に、沖田殿は何も返してこなかった。


私は近藤殿から「幹部だけで話があるから」と道場を追い出され──。


それはただの好奇心だった。


私は道場の壁にへばりつき、中の会話に耳を澄ます。


『近藤さん、ホントいいの? 女、入隊させちゃって』


『仕方あるまい。職もなく、外で尊王(そんのう)攘夷(じょうい)派の浪士やら、辻斬りやらになられたら、それこそ大惨事だぞ。あの強さで野放しにしておくワケにはいくまいよ……』


──なるほど。


そういう理由で入隊させてもらえたのか。


私は誰も見ていないのだが、納得したように一人頷く。


『とりあえず、奴には徹底的に男として、隊士達に気付かれないように振舞ってもらうぞ。当面の教育係は──』


土方殿の、そんな声を聞きながら、私はそっと壁から耳を離し、その場を後にしたのだった──。







私は幹部達のいる道場から離れるように庭を歩き、一本の色鮮やかな緑の低木の前で足を止める。


「ローレル……」


それは、私のいたローマにもあった植物だった。


懐かしさと、沈んだ気持ちを紛らわすように、私は庭石に掛けてローレルの葉と小枝を千切ると、それを丸く編んでいく。


「勝利者──ウィンキトの中でも、卓越した者には月桂冠──コローナを」


独り、遠い異国の──遙かな未来で、かつての故郷を思い出しながら、私は自分で自分に与えるためのコローナを編む。


自分を慰めるためのものなのだ。


少しくらい葉を多めにしたって構わないだろう。


「何でさ……殺さなかったから、そりゃあ百点満点じゃないのでしょうけど……勝って驕らず、負けた者には称賛を。立ち振る舞いは間違ってなんかいなかったもん……」


ボヤいているうちに完成したそれを、私は陽に翳す。


「皇帝──カエサル・マルクス・アウレリウス・コンモドゥス・アントニヌス・アウグストゥスより、アキリアへ、ローレルを──」


それはただの虚しい一人芝居。


遠い昔、コロッセウムを去る際に、約束とともに皇帝様から頭へと載せられた、私の人生最大の宝の模造品。


葉の隙間から零れる木漏れ日に目を細める──と、私の大切なローレルが消えた。


──え? 消えた?


「あ、あれれ!? 私のローレルどこいった!?」


ばっと足元を見やるが、落としたワケではなさそうだ。──と、次の瞬間。


「わっ!?」


それは私の頭に降ってきた。


がばっと背後を振り返り──、

「え──」

私は目を丸くする。


「いやあ、殺意を持っていないだけで、こうもバレずに近付けるとはねえ」


私の頭にローレルを落としたのは沖田殿だった。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!


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