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今の私に重要なのは、彼へと己の攻撃が当たるか。それだけだった。
攻撃が一撃でも、当たりさえするのなら、命を狙い続けてさえいれば、いずれ致命傷が相手に入るはずなのだから。
だが──。
脳が、今まで聞いたこともないような、大きな警鐘を鳴らした。
咄嗟に大きく飛び退る──と、私の今までいた場所を大きく薙いだのは、赤い鎌の鋭い一閃。
「しつこいですね」
無機質な幼女の声に、私は吠えた。
「そっちこそ、しつこい──!」
今まで遠くから陰湿な嫌がらせをしてくるだけだったのだが、まさか、アレスに危険が迫れば直接手を下しにくるとは──。
落ちているルディスを拾い上げ、私は距離を詰めてくる幼女の振るう鎌を全て弾いてゆく。
「安芸、何をしている!?」
原田さんが走ってくるのが見え、私は咄嗟に怒鳴った。
「近付かないでください!」
──見えていなくても、確かにココに敵がいるのだから。
彼らにしてみれば、私は錯乱して木刀をやたらめったら振り回している、危険な人なのだろう。
「──ッ!」
首を狙った鎌の閃きを身体を反らせて回避する──と、視界の隅に、こちらへとグラディウスを振り上げて駆けて来るアレスが映った。
「こ、の──ッ!」
グラディウスを崩した態勢のまま、何とか弾く。
だが、さすがに筆頭剣闘士と、得体の知れない、間違いなく人並み外れた強さを誇る天使、その二人を一気に相手取るのは至難の業で。
「死ねッ!」
力任せに叩きつけられたグラディウスの一撃に、手からルディスが叩き落とされた。
──今、武器を失うのはマズい!
咄嗟にルディスへと手を伸ばし──かけた左手を、すぐに引っ込める。と、その場を赤い一閃が駆け抜けた。
紙一重で腕が落ちることだけは避けたものの──、
「っう──!!」
鎌は間違いなく私の薬指の中程を切り裂いた。
今まで感じたことのない、指に走る焼けつくような痛みに私は顔を顰める。
──打開、しないと。
痛みに気を取られている暇などなかった。
ルディスを足で横に蹴り飛ばし、すぐさまそれを追って、拾い上げる。
そして私はルディスを構えようとし──、目を瞠った。
「嘘……」
私の確かに斬られたはずの左手の薬指には、全く傷がなかったのだ。
だが──。
──指先が、動かない。
薬指は第一関節が曲がらなくなっていた。
「信じたくないけど……なるほど、ね」
──あの鎌に致命傷を負わされたら、私は『謎の死』を遂げることになるのだろう。
皮を斬らず、その内側だけ斬ることのできる、到底この世のものとは思えない武器を忌々しい気持ちで眺め──
再びその迫り来る一閃をルディスで受け止めた私は、お返しとばかりに鎌を握る、天使の右腕を叩き折る。
その時だった──。ぼん、と湿った音を立てて、地に天使の首が落ちたのは。
「え──」
予想だにしない出来事に、私は口をポカンと開ける。
残され、大きくよろめく胴体側の首から吹き上がる、人間のものではない真っ黒な血の向こう側に見えたのは──、
「斎…藤、さん……?」
己の隊の組長だった──。
「む。何やら手応えがあったな?」
乏しい表情で呟く声に、私は目を剥いた。
「え……まさか、見えてないのに……斬ったんですかぁ!?」
「応援に向かった明保野亭のゴタゴタが片付いて……こちらへと来てみたら、ずっとお前が同じような位置に木刀を走らせていたのが見えたからな。もし俺の目に映らぬ何者かがいるのだとすれば、大体この辺りに首があるのでは、と思っただけだ」
──本当に、天才だこの人!?
見えないものを『ない』と決めつけない。それは中々できることではないだろう。
天使は鎌と飛んだ首も含めた全身が徐々に黒ずみ──地に溶けて消えていった。
「ありがとうございます、斎藤さん!」
こうなれば、形勢は逆転だ。
私は逃げの一手をやめ、調子に乗ったように飛び掛ってくるアレスの一撃を余裕をもって躱し、その脇腹にルディスの一閃を叩き込んだ。
「なっ──!?」
己の肋を砕くその一撃に、アレスの目が見開かれる。
「う、嘘だろ……!? 確かアンタの攻撃は僕には届かない! そういう契約だったのに!」
ちゃんと働け! と虚空へと叫ぶアレス。
「なるほど、ね。私の攻撃が届かないと知っていた。……だからそんなに調子に乗って掛かって来ていた、と」
私に殺されることはない、と分かっていれば、それは心強いことだろう。
尚も飛び掛かってくるアレスの剣を冷静に見切り、全て弾いた上で、私は彼の腹へと体重をかけた蹴りをお見舞いする。
二撃目が簡単に被弾したことに、彼は己に天使の加護がない、ということに気づいたのだろう。目に見えてその顔が青ざめた。
「死になさい。己の命も掛けられないような鼠に、くれてやる命はない──」
つまらぬ闘いには死を。彼とて一応筆頭剣闘士まで上り詰めた者なのだ。
それくらいは理解しているだろう。
だが──。
「ひいッッ──」
アレスは見苦しくも、私達に背を向けて逃げ出した。
私はその姿に怒りすら覚える。
「敵に背を向けて逃げるなど──するなッッ!」
それは、同じ立場であった筆頭剣闘士の私の顔にも泥を塗る行為で。
これ以上の恥を晒さないよう、私は彼の息の根を止めるために、大きく彼へと跳躍した──。
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