2-7-5
交戦中のため、あまり余所見はできないが、それでも周囲に一度、さっと目を走らせ──、
「は──!?」
私は目を大きく瞠る。
表へと出てきたのだろう近藤さんと、近くでこちらを見守る原田さん。二人の間に佇んでいたのは──、
「天使──!?」
あの、目に輝きのなくなった、天使の幼女だった。
「安芸、余所見するなッ!」
私が彼らの方を向いていることに気付いたのだろう。原田さんから怒声が飛んでくる。
「だって、後ろ! 原田さん、後ろッ!」
グラディウスを弾きながら、そう伝えると──、
「里哉、やはりお前はもう下がれ!」
と、近藤さんから鋭い声が上がった。
「ええっ!?」
──何故!
頭にはその一言しか思い浮かばなかった──のだが──。
「左之助、里哉を酷使しすぎた。アイツ、また錯乱状態に陥っている可能性があるから代わってやってくれ──」
と、原田さんへと駆け寄った近藤さんが、彼へとそんなことを告げていた。
──まさか、天使は私にしか見えていないのか。
もし天使が彼らに見えていないのならば、今、私が錯乱していると思われていることには、おかしなところもないだろう。
何せ、天使と面識のあるはずのアレスですらも、反応を見せないのだ。
──やはりあの天使は私にしか見えていない、か。
「すみません近藤さん、原田さん! 気のせいでし、たッ!」
思い切りグラディウスの側面を、ルディスで殴りつける。
──何をしに来た、あの天使!
忌々しい気持ちで、チラチラと頻回にそちらを見ている、と──。
「え──」
数回目にチラ見した時に、私は瞠目した。
どこに隠していたのか、天使は真っ赤な、身の丈よりも大きな鎌を持っていたのだ。
──何をする気だ!?
打ち込んでくるアレスと、行動の読めない天使と。
一人で厄介な者を二人を相手しているような気分で、小さく舌打ちする。
と──。
タン、と重い音がした。
幸いにも、音の発生源はしっかりと目視にて確認済みで、それは、天使が地で打ち鳴らした鎌の柄の音だった。
──何なの?
不審に思った次の瞬間──、
「ッ──!?」
足元が急にぐらついた。
咄嗟に足元を見やり──、雪に埋もれた草鞋の鼻緒が切れていることに気付く。
──こんな時に!?
「死ね、アキリア!!」
腹へと突き出されたグラディウスの軌跡を目で追いながら、私は世界の流れがゆっくりになったような、そんな感覚がした。
間に合わないだろうが、近藤さんと原田さんが駆け出すのが視界の端に映る。
そんな彼らの足よりも、当然早く、真っ直ぐ伸びてくるグラディウス。
だが──。
「来るなッ──!!」
私は目を見開き、グラディウスの刃を下から殴り上げて、その軌道を上へとずらしながら、尻もちをついた。
「な──!?」
私に躱されたことに、驚愕を隠せないでいるアレスを、私は低い位置で足払いをかけて転ばせる。
「あなたがあの時と、同じ軌道で殺しにくる馬鹿で助かった。……何度も、何度も夢に見た。あの時、ああすれば良かった、って」
私の怒号に再び足を止めた近藤さん達を一瞬だけ見やり、私はすぐにアレスの額にぴたりとルディスの先端を当てた。
──何度も、何度も夢に見て飛び起きた。自分が闘技場で命を落とした瞬間を。
あの時、ああ立ち回っていれば良かった、と何度も考えたが、それは結局は後の祭りでしかなく。
だけれど、その後悔は今、最期の瞬間を彼が再現してくれたおかげで、もう後悔ではなくなった──。
「所詮、あなたは運で私に勝っただけの剣闘士。……ルディスを賜るまで生き延びた私に簡単に勝てると勘違いしないでくれますかね?」
「ふ……ふざけるな! 僕は、アンタなんかに……!」
激昂するアレスを冷たく見下ろし、私はため息を吐く。
「せっかく訪れた二度目の幸運。もっと有効活用すべきだったんじゃない? ……じゃあ、さよならアレス。あなたが何処に行くか知らないけど、もし会えたらご主人様に、よろしく、ね」
情けをかけるワケにはいかなかった。
私は心を無にしてルディスを振り上げ、アレスのこめかみに叩きつける──刹那、再びタン、と鎌の柄の鳴る音がした。
「また──!?」
私の振り下ろしたルディスは、身を守るように大きく腕を振り払ったアレスの手に、うまく引っ掛かり、もう殆ど力の残っていない私の手からすっぽ抜けて、離れた場所に転がる。
──おかしい。
それはあまりにも幸運が続きすぎていた。
「もしかしなくても──」
私はキッと天使を睨む。
彼女が柄を鳴らした瞬間に、私は『運悪く』草鞋の鼻緒が切れ、そして『運悪く』アレスの手でルディスを弾かれた。
ふいに脳裏に蘇るのは、夢に出てきた彼女の言葉。
『その日は不運が、あなたを死に向かわせるでしょう』
そうだ、そんなことを言っていた。
『願いが上書きされた以上、あなたはその者にはどう足掻いても勝つことは出来ず、殺されることになるでしょう』
──とも。
「ッ──!!」
私は歯噛みした。
──ふざけるな。
これのどこが『運』なのだ。
ただ、あの天使とやらが人智を越えた力でアレスを守っているだけではないか。
「認めない……」
──そんなの、認めない。
私はアレスの挙動に細心の注意を払いながら、拳を振り上げる。
「さすがに百も殴れば、一は当たるでしょう!」
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