2-7-4
「沖田さん、モタクサしないでください! もう面倒くさい、とっとと切り抜けますよ!」
私は力任せに目の前の浪士を木刀で弾き飛ばすと、残る浪士達に忠告する。
「忠告しておきます。これ以上抵抗するなら……私もそろそろ色々と抑えが利かなくなりかけてますので、手加減なんて生温い真似、できなくなりますから──」
疲労と興奮と──。
そんな心身の状態で敵と切り結べば、頭に薄い霧が掛かったようになり──その霧は、敵と刃を交えれば交えるほどに、濃く深くなってゆく。
その濃霧のせいで私は、敵を捕縛しなくてはならない、という己の意志を無視した行動を己の手が取ろうとするのを止められなくなってきていた。
ニコリ、と笑みを浮かべたつもりなのだが、何故か浪士達が私の笑顔にたじろいだ。
「い、一斉に掛かれええええ!」
だが、それでもそこは、襖や肘掛窓から逃げることのなかった浪士達。
一人の声を皮切りに、彼らは一斉に襲い掛かってきたのだった──。
何がどうなったかは、よく覚えていない。
分かることは、忠告通り、自制が利かなくなってしまった。ただそれだけ。
沖田さんにやたらと名を呼ばれた気がして、はっと我に返ったら、何故か文字通り屍山血河の真ん中にルディスを握り締め、突っ立っていた。
周囲に積み上がった屍は頭が陥没していたり、目玉が飛び出ていたり、首の肉が丸く抉られていたり、と明らかに刀傷が死因ではなさそうで。
何がこの場で起きたのか。記憶の断片を一生懸命かき集めると──。
──何だろう、屍の山の上で、やたらと楽しそうに狂笑する女の声を聞いた気がする。
その声をもっとよく思い出そうとすると、何やら高揚したような気分になり──、同時に二日酔いのように頭が鈍く痛んだ。
「うぅ……」
額を押さえた時、ふと口の中が気持ち悪いことに気付く。
──これは、血と、脂の味……だろう。
「ということは……やっぱりアレか……?」
──戦いの最中に理性が吹き飛んだか?
口の中に残る味をモゴモゴと分析しながら、そんなことを思っていると、背後から沖田さんの声が聞こえてきた。
「お疲れ様……。大丈夫、アキリア……?」
「あ。沖田さんこそー……」
くるりと彼の方を振り向き、私達は、互いに労いの言葉を掛ける。
どうやら、彼には目立った負傷もなさそうで。
──さすが、猛者の剣。
我に返る前も、だいぶ疲れてはいたのだが、我に返った後はもう、何故か全身が急に疲労の塊のようになってしまっており、私は屍と負傷者の折り重なる空間で大きく息を吐き出した。
本当は片膝の一つ突いて息を整えたいところだが、私は沖田さん達に情けない姿を晒したくない、その一心で、何食わぬ顔で木刀を腰に差し直し──、辺りを見回す。
いつの間に、そんなに距離が開いていたのか、近藤さん達は私達のいるところより、かなり遠くにいた。
どちらからともなく、私達は互いの方へと向かい、座敷の真ん中で再会する。
「沖田……安芸、よくやった……」
あちこちに傷を負った土方さんの労いに、沖田さんが「みんな情けないねえ」と肩を竦めたので、私は──、
「持病持ちが何か強がってますねー」
──と、嫌味ったらしい顔で煽っておいた。
「ははは、本当にお前達は……頼もしい限りだ」
こちらを見て、何故か安心したように微笑む近藤さん。
土方さんも何やら渋い顔をしてこちらを見ていた。
と──、近藤さんが「そういえば」と、何かを思い出したように口を開く。
「残念だったな里哉。せっかく、アレスがいたのにな」
──え。アレスが、いた?
近藤さんの思わぬ言葉に、私は目を瞬かせる。
「あれ? 知らなかったのか!? アレスはいたんだが、すぐにどこかへと姿を眩ませたぞ? 多分逃げ出したのだとは思うが……」
外の連中が捕まえていると良いのだけどなあ、とボヤく近藤さんに、私はくるりと背を向け──走り出す。
「あ、コラ里哉!?」
「あの傍迷惑、それでも筆頭剣闘士ですので! まだ外で交戦している可能性は大いにあります!」
振り向きざまにそう告げ、私は座敷を飛び出し、階段を駆け降りた。
疲労など感じている暇はない。
どうしても、アレスにだけは、大切な人達を殺させたくなかったのだ──。
──いた!
アレスは外で原田さんと交戦していた。
互いに身体のあちこちに傷を負った二人は、それでも剣と槍をぶつけ合う。
私は交戦する原田さんへと外から声を掛けた。
「すみません、原田さん! ソレ、私に殺らせてもらえますか──!!」
「安芸……!?」
私は原田さんの前に出ると、アレスへと木刀を向ける。
アレスの前に私が立つ理由。
それは二つある。
理由一つ目は──。
「アレを討つのはかつての同胞であった……、私の仕事──」
そして、二つ目は──。
「あの日、よくも殺してくれたな?」
──それは、ただの私怨です。
私は作り物の笑みを浮かべながら、アレスへとそう告げる。
「再戦できて、本当に嬉しい限り、ね。……今度は、容赦なく、その首と胴を泣き別れされてあげるから覚悟しなさい」
「へえ、何、アンタが直接来てくれるんだ? その方が僕は有難いけど──ね!」
刹那、私達はルディスとグラディウスを交錯させた。
「もう一度ぶっ殺してあげるよ」
「ふん。まぐれで勝ったくせに、大口叩かないでくれる──?」
互いに得物を振りかざし、何度か打ち合った──その時──。
篭った、というよりは濁ったと表現すべきだろうか、怖気のする鐘の音が周囲に響き渡った。
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