2-7-3
従業員の保護が終わったのだろう。参戦していた一人の平隊士が視界の端に映り──、徐々に彼は浪士との打ち合いに負け、壁際に追い詰められていた。
──殺させない。
私は立ち塞がろうとする辺りの浪士達をルディスで牽制しながら、追い詰められた隊士へと近付き、その前に立つ浪士を木刀で殴り倒す。
次いで踊り掛かってくる浪士を一気に二人、叩きのめした時──、
「奥沢、おい、しっかりしろ!!」
と、近藤さんの張り上げる悲痛な声を、剣戟と怒声の中、耳が拾った──。
──ああ、ついに出たか。
戦場での心の乱れは、死に直結する。
意図しているワケではないが、妙に平淡な心が、隊から出た怪我人や死人に対して何かを思うことを止めさせた。
護れる命には、限りがある。私がどうこうできるのは、この両の手が届く、ちっぽけな範囲だけなのだ。
「仕方ないことだ……けど……」
──問題は。
私はダッと近藤さんへと駆け寄る。と、彼は、首筋に明らかに致命傷であろう、大きな傷を負った平隊士を抱え起こしていた。
──やっぱり!
彼の両手が塞がる、その絶好の機会を浪士達が逃すはずもなく。
「何やってんの! このあほんだらッッ!」
私はうっかり素の口調で、遙か立場が上である近藤さんを怒鳴りながら、ここぞとばかりに彼へと飛び掛る浪士達を、容赦なく背後から打ち伏せる。──と、近藤さんを庇いに向かっていたのは私だけではなかったようで。
私が二人の浪士を仕留める間に、他の場所から襲い掛かってきていた浪士達は、私と同じように駆けつけた土方さんと沖田さんが斬り捨てていた。
「お前達……!」
「のんびり奥沢抱えてる場合か! アンタは頭なんだ、とっとと戦え!」
土方さんの怒声に、近藤さんはそれでも傷付いた隊士を離そうとはせず。
どうやら、近藤さんは腕よりも何よりも、戦場ではその優しさが一番の問題なのかもしれなかった。
「奥沢──」
沖田さんの澄んだ声に、斬られた隊士──奥沢さんは、近藤さんの腕の中で薄らと目を開き、彼へと無言で小さく頷く。
「うん……。ありがと、ね──」
奥沢さんへと寂しそうな笑みでそう告げた沖田さんは、近藤さんが制止の声を上げるよりも早く、飛燕の一閃で部下の首を刎ねたのだった──。
「さ、立ちなよ近藤さん。それはもうただの屍だ──」
冷たいとも取れる沖田さんの声に、近藤さんは歯を食いしばりながら立ち上がる。
私は沖田さんが酷いとは思わなかった。
それが助かる傷ならともかく、致命傷を負ったのであれば、その苦しみから解放してやることもまた、優しさだと──そう思うのだ。
戦局は芳しくなかった。
乗り込んでから間違いなく二時間は優に越えている。
私達は多勢に無勢、とでも言うのだろうか。
最初こそ景気よく斬り結んでいたのだが、途中から、怪我をした隊士達が撤退する、その背を護り抜くために、剣を振るう羽目になっていたのだ。
「ちょっと、何か危険な臭いがするんですけどぉ……」
浪士にぐるりと囲まれた私は肩で息をしながら、そうボヤく。
別に独り言を言っているワケではない。
なぜなら、背後に巻き添えがいるから──。
「うん。そだねぇ……」
纏う浅葱色を返り血の赤に染め、刃こぼれしたのだろう、握る刀も二本差している内のもう一振──加州清光に持ち替えた、沖田さんの幾分か疲労の混じる声を背に聞きながら、私は苦々しい顔をする。
「こちら、残ってるの誰ですかぁ……?」
まだ剣戟の音は聞こえる。だが、それは最初に比べて明らかに少なくて──。
「把握している限りだと、死亡が三名。残った一般隊士は負傷で撤退。藤堂くんも負傷して撤退。あそこで近藤さんと土方さんがまだ頑張ってる。それくらい、かな?」
その瞬間、私は大量の苦虫を噛み潰した顔をしていただろう。
何故なら──。
「知っている限り……というか、それが全てじゃないですか──!!」
斬り込んできた浪士と打ち合いながら、私は文句を盛大に叫ぶ。
ここへと乗り込んだ隊士達の全ての現状がそこにはきっちり詰まっていた。
「何やってるんですか藤堂さん──!!」
「死角から不意討ちされたらしいよー?」
背後でもまた、浪士達と打ち合う音が響いてくる。
「あーそうですか! そりゃあ不覚ですねぇ!」
「死角だけに? ……やめてよね」
心底、嫌そうな声の沖田さん。
「遊郭に出没する小肥りの、商家のオヤジみたいなこと、言わないでくれるアキリア?」
「良いじゃないですか、商家のオヤジ! 言葉の趣味も身体も悪いけど、金回りだけは相当良い、絶好の金ヅルだってお梅さん言ってましたよ!」
「あーあー、これだから女は……怖い怖い」
背後の沖田さんはまだまだ余裕なのだろうか。
いつもと変わらぬ、飄々とした声に、そんなことを思う。
まあ、痩せ我慢の可能性も大いにあるけど。
「そんなことより、殴っても、殴っても! まだまだいるんですけど!?」
私は戦闘による刀傷は、素晴らしいことにゼロである──のだが、木刀を握る手の皮が摩擦で裂けて血が滲んでおり、また、力任せに殴りつけ続けている腕の力が限界に近かった。
ともすれば、震えそうになる腕を叱咤し、それでも何事もないように木刀を振るい、敵を打ち倒していく。
「多いね……さすがに室内でコレは多い。けど、ほら……もう向こうは見えてる」
沖田さんの言葉に、視線を走らせると、確かに浪士達の間に隙間が見え始めていた。
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