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2-6-7

「はあ。今京都に来ている大物の尊攘派の志士ねえ」


局長室に連れてきた、後ろ手を縄で縛った南雲は、求められている自白の内容を私から聞き──無表情で「へぇ」と呟く。


「貴重な一度の自白。ホントにそれでええんやな?」


「当然だ。名前と人数次第では、戦争にすらなりかねん。そうなれば、こちらも対策を練る必要があるからな」


表情の読めない声で内容を確認してくる南雲に、私に代わって土方さんがそう答えるも──、


「黙っといてや、鬼の副長さん。俺はアンタじゃなくて、この兄ちゃんと約束してるんでね──」

と、南雲は余裕の表情で土方さんの問いに答えることを拒んだ。


無言で腰を浮かせた土方さんが、腰に差した愛刀──和泉守兼定(いずみのもりかねさだ)の鯉口を親指でチキ、と切るのを視界に収め、私は慌てる。


「間違いないです! 自白、それでお願いしますッッ!」


──こんなところで今までの、私の努力を無に帰されちゃ適わない。


殺すなら自白の後で殺してくれ、と本気で思う。


「あ、そ。……アンタらが警戒していそうな奴で、今京に来ているのは桂小五郎(かつらこごろう)、一人やね──」


私は桂小五郎については、屯所で見た名簿で『一級危険人物』と書かれていたことしか知らないのだが、組長達の間には緊張のような空気が走る。


──そんなに危険な者なのだろうか。


そんなことを思っていると、近藤さんが苦々しそうにポツリと呟いた。


「恐ろしい以上、だ。ワシは二回ほど、奴と斬り結んだことがあるが……見事に、手も足も出なかったのが桂小五郎だ」


──近藤さんが、手も足も出ない?


そんな強者相手に二度も敗北し、彼がこうして生きていることにも驚きはあるが、それよりも──


「どんな化け物ですか、その桂小五郎というのは……」


ローマの闘技場で何度も戦ったことのある、虎や獅子、象や水牛を全て足したような、雑な化け物が『桂小五郎』として、脳裏に思い浮かぶ。


近藤さんは、沖田さんや斎藤さん、永倉さんほど剣が強くはないだろう。だが、決して並程度の腕前などではなく、新撰組でも上位には位置する剣の使い手のはずだ。


その彼が手も足も出ないなど、考えられなかった──。けど──。


──もしそれが、本当なら。


「お、何や兄ちゃん、嬉しそうやなあ」


南雲の言葉に、ふいに私は口許に笑みを貼り付けていたことに気付く。


「え……だって、近藤さんが手も足も出ないということは、沖田さん達と同等、と言っても過言じゃない腕前なのでしょうから。是非とも、他の誰でもない、私が相見えたい。この騒ぐ血の、望むままに──」


そんな相手と戦うことができるなど、剣闘士冥利に尽きるというものではないか。


私は人差し指で腰に差した木刀ルディスの柄をついと撫でた。


「アンタさ……、自分が負けるとか思ってないん?」


南雲は相変わらずの無表情ではあるのだが、抑揚のない声に若干の呆れが混ざっている。


「え。ないですよー。私、強いですし」


剣闘士の中でも一握りしかなれない、筆頭剣闘士。


私はうっかり死ぬまで、ローマ帝国の五千万を超える人口の中で、自身に正面切って勝負を挑み、勝利した者に出会ったことがなかった。


己の腕に対する自負はある。


「ははッ! アンタ、自重しないのな! ──卑屈な坊っちゃんとは何から何まで正反対だ」


前髪を掻き上げながら、深夜だというにも関わらず、急に大声で「いやあ、おもしろい」笑う南雲は、しばらく笑い続けていたのだが、徐々にその笑みを顔の奥に引っ込め──、


「坊っちゃんが、アンタだけは自分が殺す、と息巻いているんだがなあ……。今ならその気持ちが解らんでもないな。……なあ兄ちゃん、桂に遭ったら逃げてくれんかなあ? アンタは俺が殺してみたい──」

と、彼は濁った目をこちらへと向け、そんな願いを口にした。


「は……?」


──何だろう、最近、殺害予告ばかりされている気がする。


それも、何やら精神的に危険な臭いのする方々から。


「俺が得意とするのは狙撃でね。……なあなあ、そのキレーな顔、俺に銃で撃ち抜かせてくれないか?」


無機質なのに、どこか粘つく声に、迷わず「お断りします」と返しておく。


「ちぇ。しゃあないなあ……。じゃあ桂に殺される兄ちゃんに餞別でもう二つくれてやろう。アンタ、まだ俺の短刀持ってんだろ、一つはアレと、もう一つは古高も知らなかった情報だ。……その日、会合が行われるのは池田屋だけじゃない。明保野(あけぼの)亭にも向かうことだな──」


「明保野亭──だと」


南雲からの思わぬ自供に、土方さんがポツリと店の名を呟いた。


組長達は思わぬ収穫に、半信半疑といった体ではあるが、それぞれが周囲の組長達と顔を見合わせている。


「さあさあ、もう良いだろう。牢に戻してくれないか。このままいたら、またこの兄ちゃんに乗せられて、余計なことを口走りそうだ」


言葉ではそんなことを言いつつも、南雲は完全に黙秘の『無』を顔に貼り付けた。


──これ以上の自白は無理、か。


情報を深追いしすぎて、虚偽の情報を混ぜ込まれては堪らない。


近藤さんの指示で、谷さんに連れられて牢座敷へと戻ってゆく南雲の背を見送り──、


「お前達も一旦解散で良い。明保野亭まで目標が加わる可能性が出てきたたからな……明保野亭に偵察を送り込んで、それから山南の意見も取り入れて、後日また伝達しよう」


そんな土方さんの声に、私達は自室へと引き上げたのだった──。


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