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──確か、さっき南雲が……。
「あ、あの、南雲が言っていました! あの傍迷惑が……アレスが、浪士達を恐怖で纏め上げ、当初の予定よりも早く計画を進めている、と」
「マジかよ……」
そう、ポツリと呟いたのは瞳に困惑の色を映していた藤堂さんだ。
「アレスなら、やりかねません……。それと、もう一つ──」
私はもう一つの、大切なことを告げる。
「南雲が……一つだけ、何でも自白してくれる、とのことです」
と、私の言葉に場が小さくどよめいた。
「アキリア、キミあの絶対吐きそうにない男とそんな話付けたの!?」
驚きの表情を、沖田さんは素直にその顔に貼り付け──。
「まさか本当に自白に漕ぎ着けるとは──」
斎藤さんもまた、袖に手を入れたままであるが、驚いたようにこちらへと視線を向けてくる。
しかし、どうやら一番驚愕していたのは土方さんだったようで。
「安芸、何をどうやった! ──アレは、俺達のうち、誰が見ても、死ぬまで絶対口を割らないと言い切ることができる男だ。そんな男だったからこそ、俺達は時間の無駄だと思って放置していたのだ──」
冷たい煌めきを湛える鋭い瞳に、食い入るように見つめられ──私は、すっと視線を逸らし……た先で尾形さんと目が合った。
目が合った尾形さんは艶やかに微笑みながら、
「是非とも私も、どのような拷問で自白させたのか、今後のためにご教授願いたいのですが」
と、こちらもまた、私へと南雲の口を割らせた手段を尋ねてくる。
──悲しいかな、憐れみです。
真実はそうなのだが、そんなこと、情けなくて口が裂けても言えない。
「わ、私の故郷には色んな人道的とは程遠い拷問があるのですよ!」
──まあ、それは本当なのだが、それを使ったとは言っていないのです。
「それは今後のために、後からきっちりと教えてもらうが……奴は喋れる状態なんだよな?」
土方さんにそう言われ、私はそれについてだけは堂々と胸を張ることができた。
「喋れるも何も、無傷ですから!」
何やら遠くから努力の人、井上さんの「すごいなあ……。凡才の僕には無理だよ……」というボヤきが聞こえてくる。
「あ、土方さん。悪いのですが、拷問内容については秘密です」
「ほぉ、良い度胸だな安芸?」
土方さんはこめかみに青筋を浮かべると、腰を上げ──かけたのを、隣の近藤さんが宥めて押し止めた。
「まあまあ、歳三、落ち着け。安芸なりに理由があるんだろうし、な?」
そんな近藤さんの声に、眉間に皺を寄せながらも、土方さんは再び座布団に座り込む──刹那、チッ、と舌打ちが彼から聞こえたのは空耳ではなさそうだ。
「まあまあ、真にその拷問が必要であると判断した時は私がやります。……あの非人道的な技術を今の世の人に教える気は毛頭ありませんからね──」
──まあ、アレスは惜しげも無く使っているようだが。
私の言葉に、土方さんは意外なことにも素直に──私を白状させることを諦めた。
そして──。
「そうだ、近藤さん。南雲に『例の件』について吐かせるのはどうだ?」
ふいに、何事かを思い付いたような土方さんの声に、近藤さんは「おお!」と手槌を打った。
「確かにそうだな! それは良い考えだ」
しきりに頷く近藤さんの隣で、土方さんが組長達を順繰りに見やりながら、その内容を語り始める。
「あくまでも噂だが、最近、京の町に尊王攘夷派の浪士の巨魁が訪れているらしい」
何やら不穏な言葉に、私は唾を飲み込む。
──京は大丈夫なのだろうか。
「もしそれが本当なら、その首魁の名と人数次第では、場合によっては戦争にもなり得るからな。松平容保公に報告し、諸藩より援軍を求めなければ、うちと見廻組、京都所司代だけでは到底抑えきれないだろう」
──戦争。
それはどこの世界でも往々にしてあること。
だけど、この美しい京の町並が戦火に包まれるのは何としてでも避けたかった。
「では、私は南雲に、今京を訪れている尊攘派の者達を纏めている首魁の名を、全て自白させれば良いのですね」
戦争になどならないことを祈るが、それは南雲の答え次第だろう。
「ああ。それで頼む。……斎藤、南雲を此処へ連れてきてもらえるか?」
「あ、斎藤さん、私も行きます!」
斎藤さんへと声を掛けた土方さんに、私は同行を申し出、斎藤さんと二人で南雲を勾留している牢座敷へと向かった──。
屯所の敷地内をしばらく歩き、牢座敷へと辿り着いた私達は、番をしていた隊士から鍵を預かり、提灯を片手に木製の格子の中を照らす──と──。
南雲は昼寝をしていたからだろうか。
深夜だというのに、暗闇の中起きていたのだろう彼は、
「決まったか? 何を訊くか──」
と、光のない目で、灯りのつくる陰影の中、山猫のような笑みを浮かべた。
「決まりましたけど、お話は楽しい局長室までのお散歩の後で──」
ニッコリと微笑んで返すと、彼は呼び立てられたことに何かを察したのだろう。
「あー、なるほどねえ。……でも、悪いが、寄って集って袋叩きにしたところで、自白は一つまでだ。増えることなんざ、ないんだがねえ」
「はい。それでもお散歩行きましょう」
断るわ、と手を振る南雲に、私は怯むことなく畳み掛ける。
「お散歩行きましょう」
もう、相手の言葉は聞かないことにした。
「嫌やって、さっきから言っ──」「──お散歩」
「アンタ坊っちゃんより難儀な性格し──」「──行きましょう!」
南雲は、これ以上は私に何を言っても無駄だと判断したのだろう。
彼は一度大きくため息を吐き──、
「ああ、めんど……」
と、ボヤきながら、重い腰を上げたのだった──。
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