2-6-4
「斎藤さん。実はココの店主は──」「──古高俊太郎。だろう」
──さすが組長。
南雲と古高のやり取りを聞いていたワケでもないのに、その答えに辿り着けたことに、私は素直に驚いた。
「途中でその答えには辿り着いた。その上で今、全てを調べ直していたのだ」
「はあ……」
斎藤さんは私の腹を見下ろしながら、
「すぐに引き上げるぞ……」
と、ボヤく。
「古高俊太郎は先に屯所へと連行した。此処の屋探しは後からまた来る」
彼はどうやら、私がケロリとしていることに、幾分か落ち着いたようだ──。
剣闘士は、観客を盛り上げるために敢えて敵の刃を肉体で受けることも多く、致命傷にならないように怪我をするのが、言い方は悪いのだが、皆、得意である。
今回の怪我も、決して致命傷にならないよう受けたものであるため「ものすごく痛い!」で済むものではあるのだ。
「そこで動かず待っていろ。隊士を集めてくる──」
引き上げの準備をするべく、踵を返す斎藤さんへと私は、
「あ、大丈夫ですよ。いくら高齢とはいえ、これでも一人で帰れないほど耄碌してはいませんからねえ」
と、咄嗟に手を伸ばし──、その手は振り向いた斎藤さんの表情にぴたりと止まる。
──あ。不機嫌だ。
「手負いと分かれば襲ってくる阿呆もいるだろう。……いいか。絶対、動くな」
眉間に皺を寄せながら、正論を正面からぶつけられてしまうと、何一つ反論はできなかった。
今私が唯一言えることは──
「じゃあじゃあ、帰りにあの男、拾って行きたいんですけど……折角捕縛したので、絶対に殺さないでくださいね」
「……あの男?」
店へと戻ろうとしていた斎藤さんが再びこちらを振り返る。
「南雲平馬。何やら危険な臭いがぷんぷんする、尊王攘夷派の浪士をとっ捕まえたのですよ!」
大手柄である自信はあったので、えへん、と胸を張ってみた。
だが、斎藤さんからは冷たい「褒めんぞ」の一言で──。
──頑張って捕まえたのに。
私は一人、ぷちぷちと文句を垂れながら唇を尖らせた。
その後、目を回している南雲を回収した私は、斎藤さんと隊士の肩を借りながら、屯所へと戻った。
そして、そのままの足で屯所に常駐している医者の許へと向かう──途中で、通りすがる隊士達に、ぎょっとした顔で短刀の刺さった腹を二度見される。
まあ腹に短刀を刺した者が普通にケロリとしていたら、目を疑うのも仕方ない──。
手当を終えた私は、先に医者が追い返した斎藤さんを尋ねて、三番隊の執務室へと訪れた。
「ううっ……こってり絞られました……」
「ふん。それだけ頻繁に大怪我ばかりされていては、山崎も本来の仕事に手が回らんだろう」
──返す言葉もございません。
新撰組の隊士の治療は、諸士調役兼監察も兼務している多忙な医者──山崎烝が一人で担当していた。
歳の頃は三十ほどの、非常に寡黙な仕事人──なのだが、今日ついにそんな彼に小言を言われてしまった私である。
「斎藤さん、連れ帰った南雲と古高は?」
「古高なら今、土方殿が情報を吐かせている」
さらりと告げられたその言葉に、私は背筋に薄ら寒いものを覚えた。
「ひ、土方さんが情報を……って、やっぱり、拷問、ですかね……」
「取り調べで吐かなければそうなるな」
「ひいっ……!」
鬼の副長の拷問。きっと笑顔で生き生きと拷問しているんだろうな。と勝手に想像する。
「問題は、お前が捕まえた方の南雲という男だな……。永倉殿が見た瞬間に言っていた。奴には拷問は無意味だ、と」
「ああ、私もそんな気がします」
南雲は痛みなどで簡単に情報を吐くような男には見えなかった。
「まあ、あの男については、また処遇を考える。俺は引き続き、升屋を調べる。お前は傷が塞がるまでは待機だ」
「……はぁい。──ま、それなら時間を有効活用して、私が駄目元で南雲を吐かせてみせますよ」
これくらいの怪我でじっとしているのは時間の無駄だ。
ならば尋問の一つでもして、南雲が情報をうっかり吐いてくれることを期待したい。
「吐かせる? お前がか?」
目を瞬かせる斎藤さんへと私は肩を竦めて見せる。
「はいはい。尋問拷問、緩急自在。南雲のことは私にお任せを」
「……無理だと思うが、まあ期待せずに待っていよう」
升屋へと再び向かう斎藤さん──と三番隊を門扉まで見送り、私は京の六角獄舎に送られるまで屯所の牢座敷に勾留している、南雲の許へと向かったのだった──。
「よう兄ちゃん。吐かせにでも来たのかい?」
私は牢座敷の中で胡座をかく南雲を見やり、ふん、と鼻を鳴らした。
「今、古高が土方さんから拷問を受けているところですよ。痛いのが嫌でしたら、さっさと吐いた方が良いと思いますが」
斜に構えて南雲を見下ろしそう告げる。
「おーおー、泣く子も黙る鬼の副長の拷問ねえ。ぞっとしないなあ」
くつくつと笑う南雲は、やはり拷問で自白をする類の生き物ではなさそうだ。
「まあ、どんなに酷な拷問か知らないが、アンタのお知り合いよりかはマシな手法だろうねえ」
そう語る南雲に、私は目を瞬かせる。
「アレスが誰かに拷問を……?」
「ああ。逃走者を出さない為に、そして、ちんたらしている志士達のケツに火ぃ点けるために、仲間内に、な。見せしめなのだろうが、中々にえげつないことを考えるぞ、あの坊っちゃんは」
まあ、そのお陰で計画はかなりの早さで進んでいくがな、と、南雲はその顔に山猫のような笑みを浮かべた。
私は見せしめという言葉に、渋い顔をする。
「アレスの考えつく拷問ということは、鼠ですか、台ですか、人形、杭……それとも皮とかですかね。……まさかまだ日が浅いので牛なんてことはないとは思いますが……」
そんな私の言葉に、南雲は声を上げて笑った。
「ははは、さすがはお知り合い。アンタも俺なんかにゃ思いも付かないことを平然と言うねえ。……ま、答えは台と皮、だな。しかし、その鼠と牛というのは気になるな」
まるで他人事のようなその姿に、苛立ちを覚え、
「じゃあ私がやってあげましょうか」
と、冷たく問い掛けてみる。
「おうおう。別に構わんなあ。どんなものでも好きにすればいい」
鼻歌すら歌い出しそうなほどには自然体の南雲をしばらく見つめ、私はため息を吐いた。
「今回はやめときます」
「……へえ、そこは坊っちゃんとは違うみたいだな」
意外だったのか、南雲は澱んだ目をほんの少しだけ見開く。
私は「だけれど」と、南雲を檻の外から指差した。
「吐かせはしますよ。何としてでも──」
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