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2-6-3

「さ、得物捨てよか」


南雲の指示に、私は仕方なく、握っていたルディスを地に落とす。


「袖、懐。何も隠してない?」


用心深い南雲の声に、私は袖をはたはたと振り、懐もペシペシと叩いて、何も音が立たないことを動作で見せた。


「ん。宜しい。じゃあはい、(ひざまず)こか」


淡々と告げられる命令に従い、地に両膝をつく。


と、男の子を引きずりながら、南雲がゆっくりと歩み寄ってきた。


「最期、選ばせたろか? 滅多刺しと、脳の一突き、どっちがええ?」


感情の篭もらない瞳を見上げながら、私は一つ、彼へと質問する。


「あなた、性格悪いって、人から言われないですかぁ?」


「別に。タチが悪いなら言われるけどな。……で、俺は与太話する気はないんやけど、どっちにするん?」


それはもう賭けだった。


私は己の人間観察眼を信じ──、


「じゃあ、痛いの嫌なんで、一突きの方で──」

と、南雲へと笑顔を向ける──。


「はいよ──」





勢いよく振り下ろされた短刀に、私は己の賭けが上手くいったことを直感で感じ取った。


「──よし!」


額へと短刀が振り下ろされていたら逃げる間もなく、私は素直に死んでいただろう。


私は身体を素早く背後へと倒し、心臓を狙った一撃を躱し──、同時に、南雲へと足払いをかけた。


「なっ──!?」


驚愕の声を上げる南雲の短刀を腹で受けた私は、彼の手から男の子を素早く奪い返し──、


「刀は没収しますね」

と、南雲の腹を蹴り飛ばす。


(つば)のない短刀だったため、私の血でぬめる短刀の柄は、南雲の手から簡単にすっぽ抜けた。


──奴を逃がすワケにはいかない。


私は落としていたルディスを掴み、たたらを踏んだ南雲の額へとそれをぴたりと当てた。


「兄ちゃん……性格悪いなあ」


「それはどうも」


ニンマリと嗤う南雲へと、にこやかな作り物の笑みを返しておく。


「『額への一撃』を望みながら、『滅多刺し』にされることに対する対応を取った奴ぁ、初めて見たなあ」


「あなたが、自分で『タチが悪い』性格だと教えてくれましたので、ね」


まあ、分の悪い賭けではあったが、上手くいったなら問題ない。


「ああ、おもしろ。……俺が先に出会ったのが兄ちゃんなら、おもしろいから兄ちゃんの手伝いしてやっても良かったんやけどなあ」


心底残念そうな南雲の声に、私は作り物の笑みのまま、首を傾げた。


「へえ。先にもっと良い人、見つけちゃったんですかぁ?」


「ああ。兄ちゃんと似た、外の国の奴でね。面白い奴がいたから手ぇ貸すって話、しちまったな」


南雲の言葉に、脳裏に過ぎるのは──。


「まさか、アレス!?」


屯所から逃げ出し、尊王攘夷派の側についた、故郷での奴隷仲間。


「何だ、アンタら知り合いか。そりゃおもしろい。……外国の奴はみんな、ぶっ飛んだ思考でもしてやがるのかねえ」


くつくつと嗤う南雲へと、私は問い掛ける。


「アレスは今どこにいる!」


「あー、そりゃ教えらんねえわ。一応俺、あっち側なんで」


その余裕綽々といった態度に苛立ちを覚えながらも、そろそろ時間的にも、のんびりと話しているワケにはいかなくなってきたので、


「あなたを捕縛します。……動かないで下さい」

と、南雲へと声を掛けた。


「あー、俺ぁアンタと違って素直なんでね。別に暴れやしないさ」


そう口を開く南雲を信頼するはずもないが──彼は本当に暴れることはなく。


一応、後頭部に手刀を叩き込んでみたのだが、彼はそれで素直に意識を飛ばしてくれたのだった──。






「斎藤さんん……」


私は男の子を解放し、南雲を人目のつかない路傍の木へと括り付けると、升屋へと戻って表口から中をひょいと覗き込んだ。


「アキリア。在庫は数え終わったか?」


と、それはもう盛大に店の棚の奥までをひっくり返し、漁っていた斎藤さんがこちらを振り向く。


と──。


「頬を、どうした──!?」


既に乾いてはいるのだが、怪我をした私の頬に目を見開き、斎藤さんが駆けてくる。


「あ、あの……怒らないで下さいね?」


在庫を結局、数えていない後ろめたさもある私は、扉から顔だけを突き出したまま、斎藤さんを見上げた。


「在庫よりもその怪我だ! それは刀傷か──」


「あ、はい。あのぉ、ほっぺたもそうなのですが……」


私はそろり、と彼の前へと歩み出る。


「刺さっちゃいました──」


斎藤さんはへらり、と笑う私の腹部を見下ろし──、無表情で固まった。


「斎藤さーん?」


微動だにしない彼の前で手をヒラヒラと振ってみる。──と。


「誰にやられた……即、答えろ──」


瞳に物騒な光を宿しながら、斎藤さんは左手で腰に二本差している内の片方の愛刀──関孫六(せきのまごろく)の柄に手を伸ばす。


──あ。本気で斬り殺す気だ。


彼が己の魂としている鬼神丸国重でなく、どこまでも『(いくさ)』のためだけに、強度や性能を極限まで高めた関孫六に手を掛けていることに、彼の意志がひしひしと感じて取れる。


「ち、ちなみにですけど、私が誰がやったか答え──」「──殺す」


最後まで聞くことすらない、それは見事な即答であった。


──折角捕縛したのに、南雲を殺されるワケにはいかない。


全身から並々ならぬ殺気を立ち登らせる斎藤さんの手を掴み、それを引き寄せ──私は彼の耳許に口を寄せた。


狙いはただ一つ。彼の関心を怪我から逸らすことだ。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


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