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2-6-2

何食わぬ顔で、店の前に立ち、横目で路地を見つめていると、一人の男がのんびりとそこから出てくる。


どこからどう見てもただの町人、でしかない男なのだが──。


──臭い。


その目つきといい、振る舞いといい、どうしても自然と滲み出してしまう、町人とは程遠い、人斬りの臭いが彼からはした。


男は店の前に佇む私へとチラリと視線を向けてくる──寸前に、私はさっと視線を前へと戻す。


頬に視線を感じながら、私はボサッと突っ立っているのも不自然なので、両手を擦り合わせながら「寒い〜」とボヤき、足踏みをした。


男はすぐに私から視線を逸らし、往来を歩き始める。


──誤魔化せた、か。


私はこっそりとその後をつけることにした。


路地や建物の陰に隠れながら、のんびりと歩く男の後ろ姿を追う。


一つ、二つと道を跨ぐごとに、段々と道行く人は少なくなっていった。


あまり近付いて怪しまれるのを避けるため、男から付かず離れずの距離を保ちながら追っている──と、男がふいにくるりと横を向き、路地へと入っていく。


──見失うワケにはいかない!


私はだっと駆け出し、男の消えた路地を覗き込もうとし──、


「──ッッ!?」


目の前に伸びてきた鋭い鋒に、咄嗟に身を引いた。


刹那──裂けた頬から、赤い滴が数滴、地にぱっと落ち、咲いた花のような模様を描く。


「おーおー、良い身のこなし。絶対殺ったと思ったのになあ」


澱んだ目で短刀を突き出しながら、路地からこちらを見つめていたのは、私が追っていた男だった。


「兄ちゃん、尾行下手くそやなあ。そんな目立つ羽織でチョロチョロされたら、周りの目が兄ちゃんに向くことくらい、考えたら分かるやろうに」


淡々と。しかし、何故か淡々とは相反する、粘つきも篭もる声で、男はそう告げてくる。


──そうか。


民の視線までは、確かに気にしていなかった。


「何者、ですか」


「俺? 俺は南雲平馬(なぐもひらま)


名乗られた名前は、記憶のどこにもなく。


だが、目の前の男──南雲は間違いなく、そんじょそこらの尊攘派の浪士とは比べものにならないほど、危険な雰囲気を纏っていた。


「南雲平馬……」


古高と同じで、偽名の可能性は大いにあるだろう。


間違いなく相当の手練であろう、これほどの殺気を放つ男が新撰組の浪士名簿に載っていないワケがないのだから。


だが──。


「あれえ? 兄ちゃん、もしかして信じてない?」


と、男は、訝しげな私の顔に、自身の言葉を私が信用していないと取ったのだろう。不気味な笑みを浮かべる。


「ええ。それはまあ。……あなたほどの腕前の浪士が新撰組で把握できていない筈がありませんから」


注意深く男の動向を見やりながら、私は木刀ルディスを腰から引き抜く。


そんな私を変わらず光のない目で見つめる男は、


「そりゃろうやろ。だって、俺を追ってきた奴は、皆殺しにしたんやから」


と、さらりと言ってのけたのだった。




「な……!」


「皆殺しにしたら、情報なんて出回らん。そうやろ? 俺は南雲平馬。それは偽名じゃない。ただ、それを知ったところで、兄ちゃんはその情報をお仲間のところへは持って帰れんのやけどな」


──この男、嘘は吐いてない、か。


ここまで自信満々に嘘を吐いて『南雲平馬』という名に拘る利点もないはずだ。


そんなことを思っていると、ニンマリと嗤った南雲は──、短刀を握ったまま、くるりと踵を返した。


「え!?」


てっきりココで殺り合うのかと思っていただけに、私は拍子抜けで。


「待って! 待ちなさい──」


声を張り上げる私を振り返ることなく南雲は歩みを進めてゆく。


その後ろを付かず離れず、ルディスを抜刀したままついて行く私は、鼻の頭に皺を寄せた。


──何考えてる、コイツ。


もし、仲間と合流するつもりなら、合流先の仲間も纏めて一網打尽を狙える。


だから私はまだ、彼に斬り掛かることはしなかったのだ──が、このまま泳がせておくにはあまりにもきな臭い気もした。


「最後の警告です。待ちなさい。これ以上進むなら背後から斬り──」「──兄ちゃん本当に、馬鹿ほど呑気やなあ」


私の言葉を遮り、急にくるりとこちらを振り向いた彼は、その顔に、勝ち誇ったような表情を浮かべ──。


「あ。ちょっと──!?」


次の瞬間、南雲はだっと私に背を向けて走り出す。


そんな彼を追い、私は急襲にだけは警戒しつつ、路地裏から駆け出す──と、


「はい兄ちゃん。コレ何でしょ?」


南雲は顔に山猫のような笑みを浮かべながら、道端で遊んでいた、まだ幼い男の子の襟を片手で無造作に掴んでいた──。


──そういうことか!


仲間との合流は考えていたが、まさか人質を取ってまで、こちらの動きを封じてくるなどは、考えもしなかった。だがそれは悔しいかな、私が楽観的すぎた、というだけで。


正々堂々と全ての相手が仲間だけを引き連れて打ち合いをするとは限らない。何故そんな簡単なことを考えつかなかったのだろうと、呑気な自分を殴りつけてやりたくなる。


歯を噛み締める私の目の前で、南雲に捕らえられた男の子は驚愕にただ目を最大まで見開いていた──。


「どうする? 斬りかかって来てもええよ? まあその方が利口な選択やと思うし」


南雲は表情一つ変えることなく、男の子の首筋にぴたりと短刀を当てる。


刹那──男の子の身体が恐怖にびくりと震えた。


そして、徐々にその大きな瞳が、丸い顔が、今にも泣き出さんとばかりに歪んでいく。


「ああ、俺は泣き声が嫌いなんだ。小僧、泣いたら即殺すからな?」


ついに大泣きが始まる──寸前で、淡々とした南雲の声に、男の子はひっと息を飲み込み、硬直した。


面白い、続きが気になる!


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