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六
アレスが屯所を去り、二日──十二月二十一日。
私はアレスという、己の大切な新撰組を脅かす獅子身中の虫がいなくなったことで、日々心穏やかに稽古や隊務、座学に励んでいた。
今日は三番隊揃っての、見廻りの日。
訪れた京の町は雪で白く染まり、冷たい風が音を立てて吹き荒れている。
寒いけれど、雪化粧を施した京の町並は美しいものだった。
「ん?」
組長である斎藤さんを先頭に、往来を歩く三番隊──の中でぽてぽてと歩いていた私は、雑踏の中の一人の男に意識を止めた。
「んんん……?」
その男は、普通に歩き去って行くのだが、私はその背に違和を覚える。
──怪しい。
私は男がほんの一瞬だけ、こちらを見たように思ったのだ。
敢えて怪しくないよう、ゆっくり私達、新撰組の前から立ち去ろうとしている、ということも考えられる。
私は急いで前を行く隊士に、男へと職務質問をしてみる旨を伝え、だっと男の許へと駆け出した。
先頭を行く斎藤さんへは隊士から連絡が行くだろう。
「おじさん、ちょっと待って下さいー」
私が男を呼び止める──と、彼は素直に振り向いた。
「新撰組の方ですかね? 儂に何用ですかな?」
長身の四十くらいの歳の頃の男は、顔の割には小さな目を瞬かせる。
「ええと、職務質問です。おじさんお名前は?」
「はあ……升屋喜右衛門ですが」
さっと答えられた名は、頭に叩き込んだ尊王攘夷派浪士の一覧にあった名前とは一致せず──。
一瞬、勘違いかな、と思いかけるも、どうしてもその男が私の嗅覚に引っかかってならなかった。
「ココで何されていたんですか?」
「何って……普通に鰯を買いに行こうとしておっただけなのですが……」
受け答えにも、粗はなさそうだ。
「お仕事は?」
尊攘派の浪士ならば、一瞬返答に詰まるかも、と考えたのだが──。
「京都河原町四条の辺りで、筑前福岡藩黒田家御用達の古物商、升屋を営んでおります」
「は、はあ……」
何やら、店の場所もハッキリとしているようで。
これは本当に見当違いの一般人かもしれなかった。
──私の嗅覚、鈍っちゃった?
少しだけ、己に自信をなくしかけた。その時──。
「アキリア。少し下がれ──」
「ん? 斎藤さん?」
隊士から話を聞いてやって来ていたのだろう斎藤さんは、私を下がらせると、升屋へと質問を重ねる。
「升屋殿、と言ったな。貴殿を疑っているワケではないのだが、最近福岡藩は、佐幕派と尊攘派の間でゴタついていると聞く。念の為に、少し店を検めさせて貰えないだろうか」
「え……? え、ええ、構いはしませんが……」
一瞬目を瞬かせるも、升屋は素直にそれに応じたのだった──。
私達は升屋に到着するが早いか、店を隈なく調べ始めた。
店の表は斎藤さん達にお任せし、私は店の蔵を調べるも、特に変わったものもなく。
「うーん、本当に何もないですねえ……」
取り出したものを、元にあった場所へと戻しながら、そう独りごちる。
何の収穫もないまま、表に戻った私は、帳場近くの段差に腰掛けていた斎藤さんの許へと向かい──彼の手元を背後からひょいと覗き込んだ。
「斎藤さん、ソレ何ですか?」
「帳簿だ。物の流れに何か怪しい動きがないか調べている。……アキリア、帳簿の入荷した物の数と蔵の在庫を照らし合わせるぞ。もう一度蔵に戻って、今あるモノの在庫を数えて来い」
──ええ……今帰ってきたばかりなのに、人使いが荒い。
そんな不満を隠しながら「はぁい」と口を尖らせつつ返す。
私はもう一度、あの陰気臭い蔵に一人閉じ籠る前に、明るい場所をよく目に焼き付けておこうと、辺りをぐるりと見回す──と、懸命に店の物を調べている隊士達の向こうで、そそくさと店の奥に姿を消す店主の升屋を見つけた。
「……」
──何だろう。怪しい。
私は半眼になりながら、足音を消して、その後を追う。
すると店主升屋は店の裏口から、辺りを警戒しながら外へと出た。
私は壁に張り付き、必死に外に耳を澄ませる──と、何やらボソボソとした話し声が聞こえてきたのだが、勿論、それを屋内から聞き取るのは至難の業で。
かといって、裏口から堂々と出るワケにもいかない私は、少しでも会話の内容を聞き逃すまいと、隊士達を店内に残したまま、急いで表口から外へと飛び出した。
そして──。
──聞こえた!
建物の裏で行われている男二人の密談に、私は店の側面に張り付いて、耳をそばだてる。
「おいおい、本当に大丈夫なのか?」
「いや、帳簿も常に帳尻は合わせてあるし、物品だって一晩と店にとどめたことはないですからね。バレはしないはずですよ」
会話しているうちの一人の男の声に、私は聞き覚えがあった。
──やっぱりあの升屋という男は尊攘派の浪士か。
「とりあえず、新撰組は波風立てず、穏便に追い返します。あまり此処で時間を取って、怪しまれるワケにもいきませんので、私はこれで」
「……分かった。じゃあ、予定通り、頼むぞ古高」
──古高?
三人目の者でもいるのだろうか、と思ったが、
「お任せを」
と、答えた声は確かに店主升屋のもので。
──古高……古高俊太郎!
恐らく古高は、升屋と名乗っているだけなのだろう。
私はその男の名に、覚えがあった。
それは、屯所で覚えた、尊王攘夷派の者の中でも影響力のある浪士の一覧に載っていた名で。
ざり、と地を踏みしめる足音が近付いてきたため、慌てて私はそこから逃げ出し、店の表口側の往来へと飛び出した。
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