幕間2-2
幕間 近藤勇
「ははは、ある意味可哀想に……」
苦笑するワシの前で、部屋に取り残された歳三が吹き出さないように肩を震わせているのを見やり、頬を掻く。
「何あの不器用すぎる生き物……」
総司に至っては呆れ顔だ。
そして──。
「コラコラ、平助、やめてやれ」
ワシの注意を聞くこともなく、平助は局長室の奥の壁に耳をぴたりと当てていた。
「へー、そういや考えたことなかったけど、安芸の部屋って近藤さんの部屋……っつか局長室の真裏なんだ」
「建物の見取り図、渡していてやれば良かったなあ」
平助のへばり付いた壁を見やりながら、ワシはため息を吐く。
壁からは、時折小さくではあるが、引き攣れたような嗚咽が響いてきていた。
恐らく誰にも聞かれたくないからこそ、障子から最も遠い場所で、たまに零れるソレを抑えているのだろうが、残念ながら、それは局長室の壁の真裏で──。
「む。慰めてこよう」
すっと立ち上がった一を、左之助が袖を引いて座らせる。
「安芸の気持ちを汲んでやれ。誰にも聞かれたくも、見られたくもないからこそ、此処から出て行ったんやけんね」
「そういう……ものなのか……?」
相変わらず、一はどこか抜けたところがある。
まあ、それが奴の人間臭いところでもあるのだが──。
「……近藤さん、この前の四国屋の件についてだが──」
歳三の声に、ワシは頬を引き締めた。
「うむ。そうだな……アレは里哉を陥れるために、アレスが組んだ自作自演の事件なのかもしれん」
恐らく四国屋にいる尊攘派の浪士達に事前に何らかの手段で情報を漏らしたのはアレス自身なのだろう。
ワシの言葉に総司が「同意」と顰めっ面をする。
が──。
「いや……それは違う」
と、ふいに一が顎に手を当てながらそう呟いた。
「んお? 何だ何だ、何が違うんだ?」
一の隣に座り込んでいた左之助が、横へと顔を向ける。
「そもそもの問題だ。アレスは情報を漏らした云々以前に、元より浪士側の人間だ」
多分、や、恐らく。などと言わないところを見ると、一の中ではもうそれは、確定した事項となっているのだろう。
──さすがは天才。
里哉以外の者の感情には疎い男であるが、先見の明は誰よりも優れている。
「四国屋に尊攘派の浪士を集めたことから、そもそも奴の仕業だ。四国屋に浪士を集め、それからアキリアの自室前の壁を浪士に登らせて、アキリアにそれを追わせる。そうすれば、アレが浪士と接触したという事実が作れるからな──」
一の言葉に、平助が合点がいったように、手槌を打った。
「お。理解できたぞ。その浪士が安芸に捕まろうが、逃げ延びようが、四国屋に集っている連中は、ハナからオレ達が襲撃に来ることは知っているから関係ないっつーワケか」
平助を見やることもなく、一は一度頷くと、言葉を続ける。
「そういうことだ。アキリアが浪士を捕まえても、討ち入りの直前に──それも一人で浪士と接触したという事実は残るし、逃げられたのなら尚更、アキリアに責任を擦り付けやすい」
「うーん、悪質だなあ……」
策士、と言うべきなのだろうか。
まあ、一杯食わされたということには変わりない。
深くため息を吐いていると、隣に座っていた歳三がおもむろに口を開いた。
「安芸の大昔の知識は何かと役立つことが多い──」
「歳三……せめて昔、くらいにしてやれ……」
ワシはボソリと歳三に耳打ちする。
大昔、という扱いをするのは、少し里哉が可哀想だろう。
「じゃあ、昔──な。その昔の知恵と剣に助けられてきたのは、俺達のよく知るところだろう」
歳三の声に、総司がやたらと穏やかな笑みで頷いた。
──そう言えば、最近、総司から不調の訴えを聞くことがない。
壁の向こうからたまに漏れ聞こえる嗚咽の主が、もしかしたら総司に何かしらの、手助けをしてくれたのだろうか。
彼女のおかげで総司が思い詰めることがなくなったのだとしたら、彼女には感謝をしてもし切れないというものである──。
そんなことを考えていたのだが、歳三の苛立ったような舌打ちに、ふいに思考が現実に引き戻された。
「厄介なことになったが……これからはその頭脳が浪士側にもつくと思え──」
忌々しげな歳三の言葉に、一が真剣な表情で──、
「……困る。ますます未来が読めなくなる」
──とポロリと零す。
「良かったね、斎藤くん。常人の世界へようこそ」
冗談めかした総司の言葉に、一は「うむ。得がたい経験だ」と慇懃に頷いた。
「まあ確かに浪士側にも、ボク達の知り得ない知識を持つ者がつくのは結構痛手だけどさ……」
そう語りながら総司は己の掌を少しだけ見下ろし、
「だけど、向こうとは技能性能ともに大いに違うはずなんでしょ? 一四〇〇〇両以上高価な分、アキリアにはアレスくんより良い働きをしてもらわないとね」
明るく、周囲を和ませるようにそう呟いた。
「沖田殿。俺は充分今までで元が取れるくらいには働いてくれていると思うのだが……」
と、一に至って真面目に問いかけられた総司はジトリとした目で一を見返す。
「斎藤くーん? ボク、場を和ませようとしてるんだけどなー? ボクだって彼女が充分な働きをしてくれていることくらい知ってますからねー?」
総司の思っていたものとは違うかもしれないが、一と総司のやり取りに、室内に和やかな空気が流れる。
「やれやれ。安芸が来て、斎藤が来て。ちったぁマシになったかと思ってたが……神様はやっぱり俺達に楽な道なんざ、用意してはくれねえってことだ。オラ、明日からも自分達の足で泥臭く市中を駆けずり回れ──」
歳三の歯に衣着せぬ言葉で、その場は解散となった。
苦笑する者、相変わらず無愛想な者、げんなりとした様子の者。皆それぞれな表情で腰を上げ──部屋から去っていく。
「んじゃ俺も行ってくら」
片手を挙げて立ち去ろうとする歳三に、行き先に心当たりのないワシは目を何度か瞬いた。
「ん? 行くって、何処にだ?」
「アレスのことを知っていた者がいないか、六角獄舎にいる浪士どもを尋問してくる」
──なるほど、そういうことか。
歳三はふいに「ああ、そうだ」と声を上げた。
「近藤さん。嘘か誠かハッキリしねえんだが……この前吐かせた奴が、今、京に大物の……浪士の首魁が訪れていると言っていた。あんたは新撰組の要なんだからな。用心してくれよ──」
──浪士の首魁。
「まあ、アレスのことじゃ……ないだろうなあ……」
彼はどちらかと言えば、首魁というより参謀などの立ち位置に就く方が能力を発揮できるはずだ。
「分かった。気をつけよう──」
一度大きく頷くと、歳三は小さく口許だけで笑んで、今度こそ去って行ったのだった──。
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