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2-5-5

「斎藤…さん……?」


一度目はご主人様によるユリウス様暗殺、二度目はコンモドゥス様の悪政の原因。散々国家を存亡の危機に陥らせてきた私に、彼は三度目のソレを『有難い』と言ってくれた。


その優しさに、アレスに弾劾され続け、疲弊していた心が僅かに震える。


と──。


「アレス。俺達はすでに安芸に何度も助けられているが……呪いなんて、どこにもなかったように思うが?」


こちらはぶっきらぼうではあるが、土方さんもまた、アレスの言葉を否定してくれた。


新撰組を誰よりも大切に思う、情け容赦のない彼の言葉だからこそ、私は本当に新撰組の助けになって来られていたのだ、と安堵する。


「そんなに危ない奴なら、尚更、安心して屯所に置いて行きなよ。新撰組の仕事は危ない奴を取り締まることだからねえ。……それにボクの主治医を持って行かれるのは困るんだよ」


沖田さんは……いつの間にか人を主治医呼ばわりしていた。


まあ、いいけど。


「オレは……話聞いてても、今までの安芸の言動を思い返しても、やっぱりコイツが悪いとは思えねえや。悪りぃな」


藤堂さんは真っ直ぐな性格そのままに。最終的には彼自身の直感に従い、私を信じてくれる。


そして──


「アレス。もう一度、違う角度からよく考えてみろ。お前は少々、考えが偏りすぎなんよ」


原田さんは自分の隊の隊士として、アレスを諌めた。


「ああ……」


──そっか。みんな、私のこと信じてくれているんだ。


砕けかけていた心が、もう一度立ち上がろうとする。──と、ベコベコに打ち付けられた心を、そっと支えてくれたのは近藤さんの言葉だった。


「アレスよ。お前の目論見通りには、その皇帝とやらは……破滅の道には進めんかもしれんなぁ」


アレスへと視線を向けていた近藤さんは、ふいにその暖かな視線を、こちらへと向ける。


「何故なら、里哉が一人の真っ正直な男を、多分恐らく、その皇帝とやらの許へと送り込んでいるからな」


私は近藤さんの言わんとしていることに気付き、大きく目を見開いた。


新撰組──筆頭局長 芹澤鴨(せりざわかも)


それは先の戦いの折りに、私が粛清した新撰組の中の最高権力者。


非道に手を染めた彼ではあるが、最期に狂気が抜けた時には、彼は強くローマへと行くことを願って、その目を閉じた。


──そうだ。私も、皇帝様への伝言を彼へと託して、送り出したんだった。


ならば──。


「アレス。あなたの言っていることが真実であろうとなかろうと。私がローマへと帰れようと帰れなかろうと──」


私にはもう、迷いはなかった──。


「正気に戻ったあの方が、私の伝言を、皇帝様に伝えてくれたなら──、皇帝様はいずれ、間違いなく立ち直る。私の敬愛する皇帝様を……甘く見ないことね──」


私がヘコむことはない。そう思ったのだろうアレスは面白くなさそうに「あ、そ」とボヤく。


「じゃあ、後悔すればいいさ。僕は警告したから──」


ゆっくりとした動作で立ち上がったアレスは「(かわや)に行ってくる」と、局長室から出ていった。


「……近藤さん」


「分かってる。アレスはもう、戻って来ることは無い、だろ?」


苦笑する近藤さんに、私は頷いて返す。


──アレスは新撰組を潰すことも、彼らを利用して、私を殺すことも出来ないと踏んだはずだ。


ならば、彼がココに留まる理由はない。


「……あまり言いたくはないが、脱走した方が、お前にとっては都合が良いのでは?」


斎藤さんはふいにそんなことを呟いた。


「局中法度で脱隊は認められていない。反した場合は切腹──拒めば粛清だ。奴が脱隊したのであれば、お前は彼奴と大義名分のもと、やり合うことができるのだから」


──言われてみれば、そうかもしれない。


沈黙が降りた室内で、たっぷり十分は待ったが、やはり、アレスが戻ってくることはなく。


原田さんが無言で局長室を出て行き──しばらくして戻ってきた彼は、


「門番から確認が取れた。……アレスは確かに門から出ていった、とのことだ」


──と、仕方なさそうに零した。




アレスが出て行ったと報せを受け、ようやく緊張の解れた私は、畳に額を擦り付けた。


「申し訳ございませんでした……!」


集まる視線を皮膚に感じながら、私は声が震えないように、努めてゆっくり言葉を続ける。


「アレスがご迷惑をお掛けしたこともですが……、私、諦めてしまいました……。もうアレスには何を言っても響かない、って。……対話を、諦めました……!!」


「まあ、あれだけ散々に言われたら……ねえ」


沖田さんは意外にも私を責めようとはしない。


「そうだなあ。……確かにあれはもう、届かないかもしれないな……」


「執念だけで動いてる。だからこそ、お前を追うために、お前の故郷で自身が命を落とすことに何の躊躇いもなかった……。対話での解決は望み薄だろうな──」


近藤さんの声に、土方さんが同意するようにそう述べる。


「アレスの迷惑云々については気にするな。アイツを入隊させたのは、俺たちやけんね」


原田さんの声を頭上に聞きながら、私は、畳しか見えないのだけど、彼が笑っているのだろうことが、声音から何となく予想できた。


「あの……聞かないのですか……? 私にしてみれば、その方が有難い限りなのですけれど、アレスが言っていた、その……私が、残虐な見世物に釣られて……ご主人様の周りをウロチョロしていた、ってことに、つい…て……」


自分でも消え入るのでは、と思うような声で、ぺしょぺしょと零す。


と──。


「別に。どーせ、主人の機嫌を取って、その悪趣味そうな見世物を止めさせようとしていたとかさ、そういうことだとみんな、思ってるし──」


沖田さんの声に、私は思わず顔を跳ね上げた。


──ああ、この人達は。

見てもないのに、理解して──くれてるんだ。


「ちょっと……そんな感激したような目で見ないでよ……」


「す、すみません……!」


ばっと視線を逸らす、と、斎藤さんと目が合った。


斎藤さんは沖田さんを一度横目でチラリと見やり、頷く。


そして──。


「その共同皇帝の毒殺の後に彷徨(うろつ)いていた件についても、どうせ似たようなものなのだろう。お前は主人を──そして、その下で働く奴隷達を護るために、事件の火消しに勤しんでいた。違うか?」


斎藤さんの言葉に、私は何度も大きく頷いた。


「そうです……、数が多すぎて顔も知らないけど……、屋敷で働く者達を、私はそれでも護ろうとした。だから、ルキウス様の件についても隠蔽することを画策して──」


眦に熱いものが込み上げるのを、なんとか堪えようと、強く唇を噛み締める。


──泣くなんてみっともない真似はしたくなかった。


だけど、どうしても視界がボヤけかけて──。


「ちょっと、頭冷やすために……走り込みしてきます……」


無様を晒さないように、私は局長室から飛び出し、回縁を駆け抜けて、自室へと駆け込む。


そして、障子から一番遠い壁に背を付けて、ずるりと座り込み、一人必死に腕に噛みつき、嗚咽を噛み殺した──。


面白い、続きが気になる!


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つまらない……。


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