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ダッキについてはアレスも私と同じくらいの知識しか天使からもらっていないのだろう。
彼は一度目を瞬かせ──。
「ダッキが誰かは知らないけど、組長さん、アンタの考えている奴よりもアキリアはタチが悪いよ。捕まった後の……寵愛なんて軽く通り越して、狂愛の域に差し掛かっていたご主人様を言葉巧みに誘導して、外道の道へと進ませたんだから」
忘れたとは言わせないぞ、とアレスは私を睨みつける。
「ご主人様はアンタに振り向いてもらう、ただそれだけのために財を湯水の如く溶かし、溶けた金を稼ぐために悪事に手を染めるようになり──アンタが好む、残酷な見世物を頻回に催した。見世物が始まると、アンタは必ずご主人様の許へ見物に来ていたよね」
「え──?」
喉に引っかかったように、上手く言葉が出てこない。
酸欠の金魚のように、私はただ口を何度かパクつかせる──間にも、アレスは更に私を追い詰めるように言葉を続けた。
「そして、アンタが血腥いものを好むから、とご主人様は──ある日、アンタを喜ばせようと、現皇帝の父君、マルクス・アウレリウス・アントニヌス様の共同皇帝であったユリウス・ウェルス様を毒殺した」
「──ッッ!」
アレスの暴露に、周囲から息を飲む音が聞こえた──気がした。
「その日からしばらくは面白い玩具が手に入ってご機嫌だったんだろうね。アンタはご主人様の周りをしばらくチョロチョロしていた……」
でも、それも一過性のものだった。とアレスは語る。
「アンタはすぐソレにも飽き、ご主人様から離れた。……だからまた、アンタの求心を取り戻すために、ついにご主人様はマルクス様まで殺めようと、彼へと反旗を翻す──寸前で、何者かの密告によって、暗殺された」
アレスの声に、ふいに、その時の光景を思い出しそうになり──私は頭を振って、それを掻き消した。
「どのような形であれ、主人が殺されたら、周りの奴隷は死刑となる。……だというのに、ご主人様は遺言を遺していた。もし、自分に何かあれば、アンタを生かし、財産を譲り渡す、と」
もう彼と言い争う気力もない私に、アレスが容赦をするはずもなく。
「アレ、全部アンタがご主人様に書かせたんだろう?」
「……書かせてなんて、ない」
この声が彼の心に届くはずもない。それは分かっている。
だけれど、違うものは違うのだ。
問われたからには、嘘を答えることはできない。
「嘘つけ。アンタは悪知恵は働くからな。遺言書を遺させるくらい、ご主人様にさせても不思議じゃない。財を手に入れ、自身を買えば解放奴隷になれる。そうすれば、死刑にされることもない──狡いアンタの考えそうなことだ」
アレスの目にはもう、私の一挙手一挙手が、全て打算的なものに映るのだろう。
「アンタは手に入れた財産で、屋敷の奴隷を全て解放した。……でもそれは、ご主人様という後ろ盾がいなくなったアンタが、僕達、他の奴隷に目を付けられないようにするための汚い作戦」
僕は気付いてた、とアレスは呟く。
「解放奴隷になった僕はすぐにアンタを殺そうとしたんだけど……さすがは賢しいことで」
──賢しい?
私は今度は何をしたのだろう。
もう頭は限界まで煮詰まっており、何も思い出したくなかった。
「アンタは、僕に殺されないように、剣闘士の養成所に逃げ込んだ。あそこなら、おいそれと外部からは手が出せないし、万一襲われた時の対処法も学べる」
──ああ、そういうことか。
どこまでも、私のしたことは裏目裏目になるらしい。裏目も、いっそここまでくれば清々しいほどだ。
「もう、あなたに届くとは思わないけど……、私が剣闘士を目指したのは、己の死地を探していたから。他意はない……」
そうして、闘技場でただ戦いに明け暮れているところを、皇帝様に声を掛けて頂いて──。
私は、皇帝様のおかげで、再び生きる希望を持つことができた。
「どう言い繕ったって無駄だよ。僕は皇帝やご主人様のようには騙されない。……僕はアンタを殺す」
そして、とアレスは語気を強める。
「殺したアンタを皇帝に差し出すんだ。皇帝は『生きた』アンタを見つけろとは言ってないからね。だからアンタを殺して、皇帝に差し出す。アンタをずっと待っていた、皇帝がどんな顔をするか今から楽しみでならないよ──」
「アレス……!」
非難めいた私の視線などお構い無し。
「アンタの屍を皇帝に差し出して、皇帝に取り入って──、使えない皇帝なんて、殺してやる。皇帝は間接的に、皇帝が信じたアンタが殺すんだ」
私は遠い目で、もう決別するより他ない、口から止めどない怨嗟を垂れ流すアレスをぼんやりと見やった。
「新撰組のアンタ達も分かっただろ。ソイツに肩入れなんてしてみろよ。国すら傾けかけてるような奴だ。こんな小さな組織……あっという間に呪い潰されるよ?」
──呪い? アホらしい。
そう思うけれど、悲しいかな権力者を二人も破滅へと導いてしまっている、という事実は覆しようもないもので。
そんなことを思っていた時だった──。
「馬鹿だな貴様は。近い将来、アキリアがいなくても、国は傾くことになるだろう。そうなった場合、傾いた天秤を再び元の方へと傾けてくれるのなら──有難い限りではないか」
いつもの抑揚のない、斎藤さんの声が、僅かの迷いなく、私を庇ってくれたのだ──。
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