2-5-1
「私じゃないです! 私、浪士となんて組んでない! 本当です!」
そう声を張り上げながら立ち上がり、近藤さんの手首を両手で掴む。
周囲から他隊の組長からの視線が集まっていた。
「私、敵と内通なんてしてないです! 四国屋の件だって、屯所を覗いてた怪しい男がいたから後を追っただけ! 私が腹を切ったところで、戦力が減るだけです──」
頬に髪が張り付くのも構わず、私は近藤さんの手首を両手で掴んだまま、首を大きく横に振る。
「もし、本当にこちらの世界で死ぬことになるのなら……私はあなた達の敵と、戦って、戦って、殺して殺して殺し回って──戦場で死にたい。……お願いです、信じてください……!!」
それは、情に訴えかける、とでもいうのだろうか。まあ、合理的とは言い難い手法でしかない。
だけど、もうそれしか私にはできることがなかった。
隊内で怪しまれている上に、あろうことか組長達の前でアレスに掴みかかってしまったのだから──。
「近藤さん! 本当です! 私は──」「──里哉……分かってる。分かってるから……変な心配するなって」
ため息混じりにそう零す近藤さん。
「え……?」
「お前が内通者だとは思っていないさ。……何か、間が悪かったのだろう?」
いつもと変わらぬ、穏やかな言葉。
いつもと変わらぬ、優しい微笑み。
私は彼がアレスに丸め込まれたワケではないのだ、とようやくその瞬間、確信し──、
「──うわっ!?」
喜びのあまり私は、がばっと、湯船に浸かる近藤さんの首にかじり付いた。
何やら彼の肩が大きく跳ねたが、細かいことは気にしない。
「良かった、良かったです……! もう、どうしようかと……!」
「里哉……。ワシは色々とお前が心配になってきたぞ……」
と、近藤さんはため息混じりに、その首元に掻きついた私の頭を、湯の滴る手で軽く叩く。
「アキリア……。何に、とは言わないけど……、後からお説教するからね」
ふいに上がった沖田さんの呆れ声に、私は近藤さんに引っ付いたまま、何度も頷いた。
──説教くらい、いくら受けても構わない。
彼らの新撰組をアレスの好きにされなくて済むのなら、何だって構いはしないのだ。
「沖田殿。アキリアの教育係だろう。きっちり教育はしておいてもらえるだろうか」
「いやいや、そこまで手が回らないよ!?」
と、斎藤さんが沖田さんに苦情を言っているのを耳にしながら、私は嬉しさから、小さく笑みを浮かべる。
──ああ、良かった。皆も、変わらない。
私は呼吸を落ち着けると、顔を上げ、アレスを睨み付けた。
「アレス……今一瞬、交戦した時に思い出しました。あなた……」
「あー、ようやく思い出したー? もう、永遠に思い出さないんじゃ? って思ってたけどねー」
もう取り繕う気もないのか、アレスは昏い笑みをこちらへと向ける。
「最期に自分を殺した男の顔くらい、覚えてたらどうー?」
その言葉に、すぐさま反応したのは斎藤さんだった。
「待て。今、殺した、と言ったか──!?」
「そだよ。僕はアキリアを殺した剣闘士」
アレスは周囲の視線を全身に受けながら、ニンマリと笑んだ。
と──。
「なあ、とりあえず風呂を出ないか、お前達……。さすがに此処でこのまま会話するのはちょっと逆上せそうだ……」
近藤さんの言葉に、私はアレスと顔を見合わせ──一時休戦したのだった──。
五
私は自室で急いで着替えを済ませると、局長室を訪れた。
そこにはいつもの、近藤さんと土方さんのお二人と──そして私をよく知る沖田さんと斎藤さん。だけでなく、局長に呼び出されたのだろう、私がローマから来たことを知ってしまった原田さんと藤堂さんが正座をして、アレスに向かい合っていた。
「おい、お前は確か……安芸と同じ主人に仕えていた奴隷だったと言っていたはずだが?」
土方さんの声に、アレスは「そだよ?」と返す。
「僕も同じ主人に確かに仕えてた、奴隷上がりだよ? そこのアキリアと一緒さ。解放奴隷になった後、養成所に入って剣闘士になった。何もおかしくないだろ?」
私はワケが分からず、眉を顰める。
「何でそんなことを……。自由になったんだから、好きに生きれば良かったのに……」
「え。安芸お前バカなの? それお前が言う?」
藤堂さんにバカ扱いされた私は弁明するように両手を肩ほどまで挙げた。
「バカじゃありませんー。私には『理由』があったから、剣闘士という道を選んだだけですー」
アレスはそんな私を鬱陶しそうに睨み付け、再び口を開く。
「好きに生きてるさ。だって、僕はアンタを殺すことだけをずっと──ずっと考えて生きてきたんだから。だから、アンタが剣闘士になったって聞いたから僕も剣闘士になったし──殺したはずのアキリアの死体が消えたから、僕は、ね──?」
「え──」
私はアレスの告げた『ね?』の意味が分からず、目を瞬かせる。
そんな私を冷たく見やりながら、アレスはポツポツと語り始めた。
「確かに僕はあの日、闘技場で……やっと。やっとだよ……積年の念願が叶って、アンタをこの手で殺したはずなんだ。なのに……何故か、アンタの死体は消えた。闘技場の地から──僕の目の前から忽然と」
その時に私は天使と会っていたのだろうか。
まさか、私の本体が消えているなど、思いもしなかったが、言われてみれば、ココに肉体がある以上、それもおかしなことではないのかもしれない。
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