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『四国屋の緊急招集があった日もそうです。アキリアが血相を変えて屯所から飛び出して行ったのを、僕を含め、何人もの隊士が目撃しています。その時は集合が優先でしたので、追いはしなかったのですが……』
アレスは演技じみた声音で「信じられませんけど」と何度も呟く。
『アレ、絶対僕達の襲撃のことを尊攘派の浪士に密告したに違いありません。僕達が四国屋に押し入った時に、浪士達が留まっていたと思われる部屋は、ほんの直前まで人が確かにいた痕跡もありましたから──』
私はその言葉に、はっと閃いた。
──もしかしなくても、屯所を覗いていた男とアレスは共謀している!?
ということは──。
「間違いない……アレスこそ尊攘派の浪士と繋がってる……!」
ふいに思い出されるのは、最近少しよそよそしい、隊士達の姿。
──間違いない。アレスに皆、今の局長達のように、私が尊王攘夷派の浪士と繋がっていると吹き込まれたんだ。
私は顔面から、さっと血の気が引くのを感じた。
皆がアレスに嘘を吹き込まれた。そう分かってしまうと──他隊の隊士達の言動が、それでも自分をまだ庇ってくれていたのかもしれない、ということに思い当たる。
皆、私が尊攘派の浪士と繋がっていると吹き込まれた後も、互いにコソコソと情報交換こそすれど、誰一人として、そのことを諸士調役や、組長達に告げ口しなかったのだ。
もし、隊内で誰かがそれを告げ口すれば、私が切腹に追い込まれるかもしれない。皆、そう思っていたからこそ、黙っていてくれたのだと気付く。
──後から、皆に謝らないと。
でも、その為には、なんとしてでもこの場から──アレスをなんとかしなくてはならない。
『……僕、このままアキリアを生かしておくのは危険だと思うのですが』
──どうしよう。どうすれば良い?
混乱した頭に胸中に、数多の感情が駆け巡る。
それは、恐怖、不安、憤怒──まあ、一つとしてロクなものはない。
そして──。
「そ、そうだ……!」
煮詰まった頭が弾き出した答えは──。
「谷さーん!」
私は共同浴場へと向かってくる谷さんへと手を振りながら駆け寄った。
「おお、安芸。お主も風呂か?」
屈託なく笑う彼の表情に、彼はまだアレスの毒牙に掛かっていないのだ、と安堵の吐息を漏らす。
──もう、時間がない。
アレスに皆が洗脳される前に手を打たないと。
私が切腹となるだけならまだしも、彼は新撰組そのものの掌握、もしくは瓦解を狙っているのだから。
ぐっと気を引き締め──私は谷さんの手をグイグイと引く。
「そうです! 谷さん、一緒にお風呂行きましょう!」
──アレスを何としてでも引き摺り出して……。
その後は、どうしよう……。
気に入らないからと殺すのは間違っている気がするが、このまま彼を屯所に置いておきたくはなかった。
「ええい、後のことは後の私が考えなさい!」
私は未来の自分にソレを丸投げし、谷さんの背を押しながら脱衣場へと向かう。
何故谷さんが今必要か。それは、アレスが私を敵視している以上、普通に近寄ったら警戒されること間違いなしなので、大柄な谷さんの陰に隠れて、彼に近付こうという腹である。
「待てお主、そのまま入る気か?」
脱衣所で浅黒い筋骨隆々な肉体を露にした谷さんに問われ、私は──、
「谷さん、一生のお願いです! 何も聞かずに、このまま私の前を無言で進んで頂けないでしょうか!」
と、両手を合わせて拝むようにし、必死に頼み込んだ。
「は? ま、まあ良いが……」
──さすが谷さん、優しい!
私は心の中で谷さんを拝み倒しながら、袖と袴をたくし上げ、谷さんの陰から衣服がチラつかないように、襷で縛り上げておく。
浴室は有り難いことに、湯気で白く染まっていた。
私は谷さんの背後をぴったりとついて歩く。
そして──。
「おお、三十郎。お疲れさん!」
風呂に浸かった近藤さんが手を挙げて挨拶した瞬間──、
「アレス──!!」
私は近藤さんの横にいたアレスへと一足飛びに飛びかかった。
だが──。
「おおっと!」
アレスは腕で私の手を弾くと、弾いた腕で私の腕をそのまま絡めるようにして掴む。
「──!? あなた、待って……その身のこなし……!」
湯船に水飛沫を上げながら落ちた私は、ただの奴隷上がりだと思っていたアレスの身のこなしに驚愕に目を見開く。
「あーあ、怖い怖い。局長さん、組長さん、みんな見ました? 僕が本当のことを言おうとしたから、問答無用で殺しに来た、アキリアの姿を──」
ニンマリと嗤うアレスに、私は咄嗟に反論する。
「違う! 違うもん! あなたがデタラメばかり吹聴するから──!!」
私は己の腕を掴むアレスの腕に咄嗟に噛み付く──寸前で、彼が手を離したので、湯に足を取られながら、二歩ほど緩慢な動作で後退した。
ザバザバと湯船の中を歩き、アレスのいる反対側から近藤さんへと近付き、私は彼をアレスから引き離そうとその二の腕を両手で思いきり引く。が──。
濡れた手がつるりと滑り、湯船の中にゆっくりと尻もちをついてしまった私は、彼を引き離すのは難しいと判断した。
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