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四人でじりじりと距離を詰めてくる隊士達の竹刀の先を眺めながら──一気に四人が踏み込んで来たところで、私も外へと大きく跳躍し──、
「ただし、人数が少なく、敵が手練の場合、そこまで離れていたら逃げられます。このように」
と、彼らへとダメ出しをする。
ならば、と今度は人数を増やし、かつ距離を詰めてきた彼らを、私は身体を回転させながら、容赦なく木刀ルディスを一閃させ、その胴を叩いた。
「敵の言葉を鵜呑みにするのも良くありません。斎藤さんや土方さん、近藤さんが討死したら、あなた達は自分の判断で闘い続けなければならないのですから」
単独でも行動できるように。
それもまた、戦場では大切なこと。
私はルディスを一閃させた際に、敢えて途中で身体を回転させるのを止め、一人だけ隊士を残らせていた。
ニコリ、と残した隊士へと微笑みかける──と──、
「うああああっっ!」
雄叫びで自身に喝を入れ、残した隊士が上段から斬りかかってくる。
まあ、窮鼠だからといって、その刃が届くような都合のいいことはなく。
「はい。それを無駄死にと言います。武士道としては正しいことかもしれませんが、護るべきものがあるのなら、一旦引き、体勢を立て直して捲土重来を期す。その方が合理的です」
一瞬で打ち伏せられた隊士は自分の身に何が起こったのか理解出来ていないのだろう。目を瞬かせている。
どう見ても、無駄死に。だけれど──
私は無駄死に隊士へと言葉を続ける。
「良い覚悟でした。……そして、他の皆も、太刀筋は悪くないと思います」
私はルディスを腰に差し、自隊の隊士だけでなく、同じように稽古をつけていた他隊の隊士達へと視線を向けた。
「皆、十分ほど休憩を挟み──」「──安芸さん、どうしちゃったんですか最近」
苦々しい表情で私の言葉を遮ったのは、打ち伏せた自分のところの隊士だった。
「らしくないんですよ、俺達を中途半端に褒めたり、休憩を挟んだり」
「え──」
思わぬ言葉に、私は目を瞬かせる。
「最近アイツらが胸糞悪い態度なのは俺達だって気付いてますよ! だけど、だからって安芸さんが稽古のやり方を変える必要ないじゃないですか!」
また一人、違う隊士がそう声を張り上げた。
道場に集う、自隊の隊士達から「そうだそうだ」と同調する声が沸き起こる。
「な……何なのですかあなた達は。厳しくすれば文句を言い、優しくしても文句を言うのですか!」
一体私にどうしろと。
困惑を顔に貼り付ける私であった。が──。
「前者の文句は俺達三番隊にとっては、ですが、親愛の表現ッスよ。……小っ恥ずかしいなあ、それくらい察してくださいよ、副組長ー」
──そんな難しい親愛の表現をされても。
池から飛び出した鯉の如く、口をパクつかせる私を取り囲み、隊士達は竹刀を向けてきた。
「安芸さん。どんな状況でも、勝った者が正義なんですよね? じゃあ俺達、休憩中に闇討ちしまーす」
五人ずつ前後に並ぶ、三番隊隊士総出の総勢十人による、二段構えの攻陣。
ふいに頬に笑みが浮かんだ。
──ああ、楽しい。
それは、久方ぶりに稽古を楽しいと感じた瞬間だった。
「何としてでも討ち取る、その意気や良し! ただし……相手の技量を見極めて掛かりなさい──!!」
私にだって師範としての意地がある。
一気に飛び掛かってくる隊士達を、千切っては投げ千切っては投げを繰り返し──、師範としての面目躍如。なんとか急襲を防ぎきったのだった──。
稽古が終わり、すっかりご機嫌になった私は、夕飯の前に自室で風呂に入ろうと、自室へと向かってルンルンと廊下を歩いていた。
そして廊下の角を曲がった──瞬間、私はアレスとばったり出くわし──。
「アレス。どこか行くの?」
「え? テルマエだけど?」
──テルマエ。ローマでは公衆浴場のことであったが……恐らく、今、彼は屯所の共同浴場のことを言っているのだろう。
「今日、局長達から、この間立てた手柄のご褒美をお上がくれるって話をされたんだけど、それは要らないから、代わりに、局長達の背中を流させてもらいたいって話を付けたんだよねー」
ニンマリとこちらに向けてくる笑みは、黒く、含みのあるもので。
二つある共同浴場の一つは、この時間帯は組長格のみが入れる決まりとなっており、彼が組長達が集まるその場所で、何かをしようとしていることは明白だった。
「じゃ、僕急ぐから──」
手をヒラヒラとさせながら去ってゆく背中を見送り──、
「ど、どうしよう……」
私は一人青ざめた。
──絶対何か企んでいる。
それは間違いないのだが、普通に私が飛び込んだところで、私をよく知る組長達につまみ出された挙句、説教をされるのが関の山で。
「と…とりあえず、盗み聞きだ盗み聞き!」
だっと踵を返し、共同浴場へと向かう。
共同浴場の傍の茂みに潜り込み、薄い壁に耳を当てる──と、アレスの声が中から聞こえてきた──。
『あの、局長さん。僕、この前見ちゃったんですよ……。信じたくはないけど、アキリアが浪士と内通してるところ……』
私は壁越しにそれを耳にし──目を見開く。
──は!? 何言ってるのアイツ!?
え。バカなの、バカなの、バカなの!?
驚愕のあまり、脳裏に閃く悪口は童が思い付くよりも単純な、それしかなかった。
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