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と、ふいに周囲でくすくすと抑えたような笑いが沸き起こる。
「む──むむぅ!?」
周囲に視線を走らせる──と、斎藤さんの鋭い声に、何事かとこちらを振り返った組長達が、箸と椀を持つ私を見やり、肩を震わせていたのだ。
──酷い!?
「ほら、さっさと椀から手を離せ」
「むーむむむ! むむっ!」
これで素直に椀を置いてしまったら、私は本当にただの食べ残しに惹かれた人になってしまう。
それだけは避けたかった──のだが、
「そんなに腹が減っているなら、帰りに何か買ってやる……。だから、それを置け」
ついに、斎藤さんから憐れんだような目で見下ろされ、私は泣く泣くコトリと椀を置いた。
──こんな酷い話ってある?
そんなことを思いながら──。
「全く……」
ようやく手が口から離された瞬間、私は斎藤さんに猛然と詰め寄った。
「あの──私、汁物の中に何か沈んでいないか確認しようとしただけなんですけど──!?」
「そう……なのか?」
斎藤さんは「予想外の行動」だとでもいうように目を瞬かせる。
「斎藤さんの勘違いで私、皆の中でとんでもない奴になってしまったじゃないですか!」
皆、既に座敷の探索へと戻っているため、私の弁明が届くことはない。
私は皆の中でこれからずっと『仕事中に残飯を食べようとした人』になってしまうのか……。
恥ずかしさのあまり、顔を手で覆っていると、斎藤さんは私を慰めるように、背を軽くぽんぽんと叩いた。
「そ、それは済まないことをした。だが安心しろ。お前は汁に手を伸ばさなくても、元より皆、とんでもない者だとは思っているゆえな」
──それ、何の慰めですか?
本気で私を慰めているつもりなのだろう、感性のズレている男──斎藤一。
言葉もなく項垂れる私を焦ったように見下ろし──、
「その、帰りに汁粉を買ってやるから機嫌を直せ──」
そうだ、良いことを思い付いた、とばかりに、食べ物で人を釣ってきた。
「あのですねぇ、そんな簡単に食べ物で釣られると思わないで下さいよ。……お餅多めのやつなら許しますけどぉ」
──こんな寒い日に、甘くて温かい汁粉。悪くない。むしろ良い。
ふと気付けば、しっかり釣られている自分がいた。
まあ、恥をかかされたのだ。
少しくらいは美味しい目を見たって、バチは当たらないだろう。
結局、座敷からは何も見つからなかった。
余談ではあるが、捜査の途中に、汁物に目をつけた土方さんが、一つずつ膳へと椀をひっくり返していっていたのだが、勿論、誰も止めもしなかった。納得いかない。
帰りに約束通り、私は汁粉を斎藤さんに買ってもらったワケだが──しばらく心の傷は引き摺りそうだ──。
四国屋の事件から何だかんだで一週間──十二月十九日。
私は自室に引き籠もり、膝を抱えることが多くなっていた。
というのも──。
「最近……皆が冷たいよぅ……」
皆、というのは主に他隊の隊士達なのだが、最近は話し掛けても早々に逃げられる──そんな気がしていた。
私はかなり稽古が厳しいと隊内で囁かれているらしく、それを軽くもしてみたのだが、やはり皆の態度は変わらず。
一抹の不安。一抹の寂しさ。
そんな、心にチクリと刺さる不快な感情を日々抱いていれば、気も滅入るというもので──。
「今日も朝の稽古から皆、こっち見てボソボソ何か言い合ってるし……なんなのさもう」
──悪口なら面と向かって言え。
そうも言ってみたのだが、皆「何でもないです!」と、蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。
結果──今も絶賛引き籠もりをしているワケだが──。
私は時計を見上げ、大きくため息を吐きながら頭を横に振る。
──午後の稽古、行きたくないな。
新撰組である以上、必ず毎日、午前午後と稽古をしなくてはならない。
まあ、稽古といっても、私は教える側ではあるのだが──。
今までは楽しかったソレが、最近は苦痛でしかなかった。
「かといって、サボるワケにもいかないし……」
──せめて時間ギリギリで行こう。
そう考えながら、再び大きなため息を吐いた──その時だった。
「ん……?」
ふいに自室の入口の障子に複数人の影が映ったのだ。
──白昼堂々と闇討ち?
そんなことを思っていると、
「安芸さんー」
と、何とも呑気な声が聞こえてきた──。
障子の前に立っていたのは、三番隊の隊士達だった。
「あ、安芸さん。最近道場来られるの遅いですからね。遅刻して、士道不覚悟で切腹! なんてならないようにお迎えに来てあげましたよ」
自分の所属する隊なだけあって、彼らだけは私から逃げたり、陰口を叩いたりすることはない。
「なるほど……手間をかけさせましたね」
行きましょうか、と回縁に出て、後ろ手で障子を閉める。
隊士達が何やら顔を見合わせ、眉を下げたような気がしたのだが──気のせいだろうか。
私の稽古は流派など関係ない。
何なら、守らなくてはならない決まりもない。
混戦時に彼らが命を落とさないよう、どんな手段を使ってでも相手を倒せ。
それだけを言い聞かせながら、稽古をつけている。
だから──。
「はい、複数人で相手を取り囲むのは確かに良い方法です」
そう、師範を取り囲んで、袋叩きにしても一切問題はない。
──まあ、それができたら、だが。
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