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さすがに門から飛び出す間を男が待ってくれているはずもなく。
小路などを覗き込みながら、全力疾走で屯所の塀の周りを一周したのだが、結局男は見つからなかった。
鎖帷子のせいでたった屯所を一周しただけなのに息切れを起こした私だったが、平隊士達に情けない姿は見せられない。
爆走する心臓を無理やり押さえつけながら、何でもないことのように再び門を潜った。
と──。
「あれれー? 真っ青ですよー? どうかしたんですか、三番隊副組長さん」
嫌味たっぷりな声に迎えられ、私は無言で声の主──アレスを睨みつけた。
──こちとら息が苦しいのを平隊士達に悟られないようにするのが精一杯なのだ。
彼の相手などしていられる余裕はどこにもない。
そんな私の心を、アレスは盛大に逆撫でしてくれる。
「わあ、心配しただけなのに睨まれたー」
──これは、殴っても良いだろうか。
どこまでも演技じみたアレスの言動に、私は本気で殺気立った。
一人で拳を震わせていると、アレスが「あ」と声を上げる。
「ウチの組長さん来たかー」
アレスの視線の先を見やり──、槍を背にして悠々と歩いてくる、原田さんに気付いた。
──すごい威圧感だなぁ。
筋肉質で大柄な上に、扇状に跳ねる膝ほどの長さの黒髪が、彼の威圧感を更に助長している。
「ん……?」
よくよく見ると、その偉丈夫の隣には自隊の組長がいた──。
──全然、気付かなかった……。
今の斎藤さんを例えるならば、雄々しい虎の横を歩く豹といったところか。
虎の圧の前に、存在すら気付かなかったことに顔を引き攣らせていると、斎藤さんがこちらへと視線を向けてきたので──、思考が読まれるとは思っていないものの、つい反射で目を逸らしてしまう。
集合が完了し、私達が出発のために門を潜ったのは、それから十分ほど経った頃だった──。
料亭──四国屋丹虎に到着した隊士達の行動は早かった。
四番隊の隊士達がばっと料亭を囲むように散開し、六番隊の隊士達は、庭から逃げ出す者がいないように、庭へと展開する。
私達は一気に料亭へと乗り込むと、真っ直ぐ二階の座敷に向かった──。
「御用改めである!」
土方さんの声とともに、浪士が会合しているという情報を得た、部屋の襖を踏み倒し、組長格を先陣に、座敷に押し入る。
が──。
「誰もいない……!?」
そんな、愕然とした声が、後に続いていた十番隊の平隊士から上がった。
「嘘……」
その隊士の言葉通り、座敷はもぬけの殻で──。
土方さんが部屋に置いてあった火鉢にばっと駆け寄り──、
「クソッ……少し前まで、確かに奴らは此処にいた」
──と、火鉢に残る熱からそう判断した。
「俺達が来るのが見えてた……なんてことはないはずなんだがなあ」
原田さんがそうボヤき──、
「向こうから見える距離なら、こっちからも何かしらの慌ただしさのようなものは感知できるでしょ」
彼のボヤきに、沖田さんが鋭い視線をあちこちに向けながら、そう返す。
「オレ、ちょっと外の奴らと周り見てくる!」
「あ、では私も──!」
だっと駆け出そうとした藤堂さんに付いて座敷を飛び出そうとした私であったが、
「無駄だ。やめておけ」
と、斎藤さんに止められてしまった。
「斎藤の言う通りだ。敵方に我らが押し入る情報が伝わっている以上、下手に動けば、それこそ敵の思うつぼだ。一旦退いて、作戦を練り直す方が良い」
言葉の足りない斎藤さんの言葉を補うように、相変わらずの死んだ目で部屋を調べていた永倉さんがそう呟く。
私は藤堂さんと顔を見合わせ──彼らの言葉に従った方が良いと判断し、無言で頷き合った。
尊王攘夷浪士の痕跡は、膳や徳利、火鉢などの料亭のものを除けば、パッと見、何も残されていない。
「座布団には何の温もりもありませんねえ……」
──ということは、間違いなく、浪士達は私達が来る直前に逃げた、というワケではなさそうだ。
「火鉢はまだまだ熱く、座布団は冷たい……。慌てて立ち去ったとするには、痕跡も少なすぎる。つまり、私達が来ることを知ってから、悠々と逃げる支度をするくらいの時間はあった、ってことか……」
チラリと周囲を見回すと、あちこちで、組長達もそれぞれ座敷を調べている。
細かい組長に至っては、床の間に置かれた壺まで覗き込んでいた。
──壺に上半身を喰われているのは井上さんか。
九番隊組長、鈴木さんと四番隊組長、松原さんの二人は、平隊士の連れてきた店の者に話を聞いている。
「ん……?」
ふいに膳の料理──の横についている、美味しそうな汁物に目が止まった。
ここまで何もなければ、期待もしてはいないのだが、万一ということも有り得る。
──汁物の中に何か手掛かり、沈んでなんかいないよね?
とりあえず片っ端から調べるべく、座敷の一番隅にある膳の汁へと、箸を持って手を伸ばし──私は、ふいに背後まで距離を詰めていた無表情の斎藤さんに、ばっと口を手で塞がれてしまった。
「阿呆! 毒でも垂らされていたらどうするのだ! というか、そもそも武士たるもの、他人の食い残しになんぞ手をつけるな!」
鋭い声で叱られ──私はぴしりと硬直する。
──え、まさか食べると思われた!?
そんなことは、考え──はしたが、さすがに実行はしなかった。
仕事中だから、というよりは、まず間違いなく叱られるから。
……まあ、食べることを思い留まった今でも、結局こうして叱られているのだが。
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