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2-4-1



上覧試合から三日──十二月十二日。


「うう……」


私は隊士達に稽古をつけ終わった後の道場で一人唸っていた。


アレスの人気は中々のもので。


いつも違う隊士と仲良くしているところを見かけるし、数日前の上覧試合の帰りには、何やら大きな手柄も立てたらしい。


これが新撰組の敵だと分かっているアレスでなければ、その者の活躍を素直に喜ぶことはできただろう。


しかし──間違いなく、彼は敵で──。


「分かってるのに! 敵だと分かってるのに、着実に皆の信頼を得ていってるよぅ……」


それを誰かに打ち明けることもできず、ただ一人指をくわえて見ているしかない歯がゆさに、頭を抱える。


そして──。ふいに、焦っている自分に驚いた。


皆がアレスの方を向いたからといって、何だというのだ。


私は同志として彼らを護るためにココにいる。


彼らの意志云々は置いておいて、いずれ隙が出来たところでアレスの悪事を暴けば──そうすればアレスを新撰組から引き剥がすことができる。


それだけのこと、なのに──。


──怖かった。


「でも、何が怖いんだろ……」


(わだかま)る恐怖の理由。それを自分の中にを探し──脳裏に過ぎった顔に、答えはすぐ見つかった。


「近藤さん……」


私の脳裏にまず過ぎったのは、新撰組の局長である近藤さんの穏やかな笑み──。


──彼が殺されて、あの温かな笑みが、二度と私に向けられなくなったらどうしよう。


私は、傍にいるだけで落ち着くことのできる彼が気に入っていた。


次いで谷さんの姿が、脳裏に過ぎる。


──谷さんは人が良いから、信頼しきったところをアレスに暗殺でもされたらどうしよう。


稽古が終わると、いつもスッキリとした表情で、地に屈み込んで笑う、色黒の禿頭(とくとう)を眺めるのが、私は好きだった。


「間違いない……こんなにも怖いのは……」


──皆のことが、本当にかけがえのないものになりつつあるからなんだ。


アレスを追い出す、それまでの間に、彼に大切な者の命を、彼に無惨に奪い取られることを、私は恐れた。


「皆には、この世界の──何処でも構わない。ただ、生きていて欲しい……」


頭の中の靄が晴れるように、すうっと自身の感情の変化に気付いた、そんな時だった──。


「アキリア」


抑揚のない声で道場の入口から名を呼ばれ、私は思考を断ち切ると、ぱっとそちらを振り向く。


「斎藤さん?」


稽古も終わり、もう夕方だ。


何やら険しい顔をしているようだし、一体どうしたというのだろう。


「緊急招集だ。昨日アレスが捕縛した尊王攘夷派の浪士が、今晩仲間を三条小橋北詰の四国屋丹虎(たんとら)に集めるという情報を吐いた。かなりの規模になるらしいからな。四、六、十番隊が隊としては出撃するのだが、それとは別に組長格は全員出撃とのことだ」


──またアレス、か。


内心そう思いつつも、確かにそれは大手柄なので、隊の利益になった、ということでこの蟠る不安は抑えないといけないだろう。


「大規模な戦闘が予想されるからな。全員着込みを着用とのことだ」


──着込み?


目を瞬かせていると、斎藤さんがずっと手に持っていた風呂敷包みを掲げる。


急いでそれを受け取りに走り──、


「うえっ──!?」


何も思わず両手を伸ばして受け取ったそれの、想像とは随分かけ離れた重さに、一瞬風呂敷包みを落としかけ──抱えるようにして持ち直した。


「まさかこれ……あ、やっぱり鎖帷子(くさりかたびら)か……」


間違いなく自身の三割ほどの重さはあるそれを私は渋い表情で見やる。


──いやだ、こんなもの着たくない。


「斎藤さん、これ着なきゃダメですかぁ……?」


「思っているよりは重くあるまい。俺も今、襦袢の下に着ているが、関節の曲がりに違和感があるくらいで、重さはそうは気にならん」


──はい。あなたと一緒にしないでください。


そんな喉から出かかった文句を何とか飲み込み、渋々それの着用を了承する。


「十七時には屯所を発つ。それまでに門扉の前に向かえ」


斎藤さんの声に、壁掛けの時計を見やり──出発までに後十五分もないことに焦った。


「急いで着替えてきます!」


だっと彼の横をすり抜け、早足で自室へと戻り──鎖帷子を着込む。


初めて着用した鎖帷子は──想像の三倍は不快だった。


「本当にイヤなんだけど……」


──誰が重さは気にならない、だ。


無表情の自隊の組長を思い浮かべ、あの細身の身体のどこに筋肉を隠し持っているのか小さな疑問を覚える。


──この際、鎖帷子を着ていることにして、脱いで行ってしまおうか。


重い、苦しい、気持ち悪いの三点揃ったこんなものを着ていたら、避けられる攻撃も避けられなくなってしまう。


そんなことを思いながら、部屋を出るべく障子を開けた時だった──。


「え──」


私はぴたり、と硬直する。


屯所の高い塀をよじ登ったのだろう。塀の上へと顔を出した、一人の黒頭巾の男と目が合ったのだ。


男は私に見つかったからだろう。


ぱっと身を翻すと、塀の向こうへと消えていく。


「あ、待ちなさい!」


私は黒頭巾の男を追うべく急いで門扉へ向かうと、集い始めている隊士達を跳ね除けるようにして、屯所を飛び出した。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!


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