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2-3


それは、紛うことなき刹那の殺気だった。


「むっ!」


私は咄嗟に目を覚ますと、目の前に振り(かざ)された、鈍く光る銀色の側面を、躊躇(ためら)うことなく己の腕で薙ぎ払う。


少しだけ腕が切れたが、まあ胸に刃を突き立てられるよりは遥かにマシだ。


「──!?」


刀を持つ者が動揺したのを見逃さず、私は枕元に置いてあったルディスとトガ掴むと、急襲を仕掛けてきた者の顔面へとトガを被せるように投げつけ、トガ越しに、手にしたルディスを全力で突き出した。──と。


「──ふぅん」


つい私の喉から感心したような、驚いたような、そんな声が上がってしまう。


何故なら、見えないはずの私の一撃を、その者はすんでのところで回避したからだ。


──勘で避けた。……間違いない。これは強者だろう。


私は眠気の吹き飛んだ頭で、片手を支えに足を低い位置で横に一閃し、暗殺者に足払いを掛け、相手は──見事に引っかかった。


ドサリと尻もちをついた暗殺者は、全身を隠すように黒い外套を頭からすっぽりと被っているため、素顔は見られそうにない。


尻もちをついたその者は、すぐに身体を素早く回転させると、障子を突き破るように開けると外へと逃げ出した。


部屋では、ドタンバタンと上がっていた物音で隊士達が目を覚まし始めている。


私は行灯に火を灯そうとしている彼らには目もくれず、トガを掴み、逃げ出した暗殺者を追って縁側へと飛び出し──、


「いない……!?」


右を見ても左を見ても、広い庭のどこにも、飛び出したはずの黒布の者の姿はなかった。


見落としがあるのでは、ともう一度庭へと目を凝らしたその瞬間──。


「くっ……!」


暗殺者は私の死角になるように、縁側の下へと転がっていたのだろう。


急に縁側の縁から生えてきた手に左足首を掴まれた私は、手に引かれるままに尻もちをついた。


──だが。


掴む手があるということは腕もあるということ。


私は掴まれていない右足で、己の左足首を掴んだ手を蹴り上げ、無理やりその拘束を振り払った。


そして剣闘士として鍛えた足で大きく跳躍し、庭に降り立つ。と──。


「……」


ゆっくりと立ち上がり、こちらへと刀を向ける黒布の暗殺者。


 ──どうやら、どうあっても私を殺すつもりのようだ。


ならば──。


私は全速力でその者へと距離を詰めるように駆け出し──その得物の動きを封じるべく、トガを刀身へと覆い被せた。


「へっ!?」


それは私の剣闘士として生きてきた人生上、初めての出来事だったかもしれない。


なんと、その黒布の者は一瞬で得物を捨てるという判断を下し、絡み付いたトガごと、後方へと刀を投げ捨てたのだ。


敷き詰められた白い玉石の上に、少しだけ(こも)った音を立てながら、破れて使い物にならなくなったトガと、刀が転がる。


うっかり私物をゴミに変えてしまった私だが、そんな悠長なことを考えている暇などなかった。


私は即座に思考を切り替え、暗殺者の首をへし折るべく、夜風にはためく黒布の首元へと手を伸ばし──。


「チッ!」


舌打ちとともに、相手が黒布を脱ぎ捨てる。──というよりは、黒布を脱ぐと同時に、私がトガをそうしたように、暗殺者は私へと、バサリとそれを覆い被せてきた。


 だが──。


網闘士──レーティアーリイウス。それは、漁師のように網を投げ、こちらの動きを封じてから短剣でトドメを刺しにくる剣闘士。


頭上から網が降ってくる、そんな闘いにはローマにいた頃より慣れていた。


網と違って布は視界を塞ぐが、反面、網よりも簡単にその縛からは逃れられる。


──いや、いっそ。


私は視界を塞がれたまま、大きく前方へと両腕を伸ばした。


暗殺者の首へと手が届いたら一番良い。


だが、本当の狙いは、私を殺しに掛かってくる、次の得物の軌道を知ることだ。


上手く手に刺さってくれれば、相手の大体の首の位置も把握できるので、それはそれで構わない。そう思っていたのだが──。


「バカ! 暴れるな!」


小声で。でも間違いなくこちらへと投げかけられたその声に、私は聞き覚えがあった。


確かこの声は──。


一瞬、私が固まった隙に、声の主は私へと被せた黒布を、両手でがっちりと押さえ込んだ。


こうなると私には黒布を引き剥がす術がないのだが、相手も仲間でもいない限りは、両手が塞がっているため、脚くらいしか出せないだろう。


──と。


「あれ!? 沖田さん!?」


「こんな時間に庭で何をされているのですか!?」


恐らく同室の隊士達が庭に出てきたのだろう。口々に上がるそんな声に、ああそうだ、と私は声の主を思い出した。


 ──沖田総司。


確か夕方、屯所の縁側を歩いていた、猫のような笑みを浮かべた白髪の男だ。


彼は峯蔵殿の送り込んだ仮同志の者達が皆、逃げ出すと言っていたが……その謎は解けた。……今の私の現状が、仮同志が皆、逃げ出した理由に違いない。


仮同志達はきっと、私のように沖田殿に襲われて、命からがら逃げ出したに違いなかった。


そして──。


「えーっとね、ノラネコ、見つけちゃったから捕まえてただけだよー」


ふいに頭上から上がった白々しすぎる言い訳に、私は半眼になる。


嘘を吐くにしても、もう少しマトモな嘘があるのではと思う。


「またですか……」


「沖田さんがそうやって野良猫を捕まえては餌をやるから屯所の庭には──」


「──別にいいだろ、今までの子は一匹残らず、ちゃんと飼い主だって見つけてるんだから」


隊士の声に、沖田殿はやたらと不機嫌そうな声で。


──なぜ、隊士達は本当に野良猫で納得しているのか。


よほど頻繁に、彼は猫を拾ってでもいるのだろうか。そうでもなければ、まず納得などできない理由だろう。


「沖田さん、猫もいいけど、また喀血(かっけつ)する前に早く寝てくださいよ?」


「言われなくてもそうするよー」


喀血ということは、やはり先程、土方殿の言っていたように、彼は何かしらの病を抱えてこの場所にいるのだろうか。


そんなことを考えていると、遠くで障子の閉まる小さな音がした。そして──


「はーい、合格でーす」

と、ようやく私の上に掛けられていた黒布が取り払われる。


「──へ?」


「途中から仮同志になった者には、いつもボクがこっそり夜に押し入ることになっててね」


月明かりの下、猫を拾いすぎて本人も猫化しているのではと思うほどに、沖田殿は猫のような甘ったるい笑みを浮かべた。


「その時に臆病な態度を見せたり、命乞いをしたりすれば追放……する前に、峯蔵くんの連れてきた仮同志はみんな、喉元に刃を当てて揺すり起こした時点で、逃げていったんだけどね」


でもそれは悪いことじゃないんだよ? と沖田殿は夜風に白髪を(なび)かせる。


「彼らには人斬り集団よりも、穏やかな町人が似合っていた。……結構なことだろう? ボクはそんなマトモな人ばかり連れてくるから、峯蔵くんを気に入ってるの。まあ、今回は今までの好感度を全てぶち壊して大穴を空けるようなとんでもないのを連れて来たけど」


彼の言葉に、それは自分のことなのだろうと察する。


「ボクね、自分で言うのも何だけど、結構手練でね。ココの幹部連中ならともかく、就寝中の仮同志に殺気を読み取られたのはキミが初めてだったよ」


そう語りながら、沖田殿は今まで闇討ちをかけた者達を思い出すかのように、目を細めた。


「今まで合格になった者はね、首筋に刃を当てて揺すり起こした状態で、すぐに覚悟を決めた者だけ。襲撃に気付いただけでなく、オマケに闇の中反撃してきたのはホント、キミが初めてなんだよー?」


私は黒布を取り払われた状態で、庭にポカンとした表情で座り込んでいたが、徐々に仮同志から正式な入隊に至るための試験に合格したのだと実感が湧き──。


「じゃ、じゃあ……!」


「うん、腕前としても度胸としても満点の合格。……なんだけど、ねえ」


ふいに沖田殿は瞳を曇らせ──視線を少し落とす。


彼の視線の先を追うように視線を下ろし──、


「ちょっと、キミを入隊させるのは無理かもしれないなあ……」


私は戦闘でだいぶ緩んだ、己の浴衣の胸元を彼が見ていることに気付いた──。


「キミがあの大部屋で、夜とはいえ寝間着に着替えて、堂々と眠りこけていたその図太さには感心を通り越して呆れすら覚えたよ」


どんな生き方をしてきたらそうなるんだい? とボヤきながら、沖田殿はそっと手を伸ばすと、私の浴衣のあちこちを軽く引っ張り、崩れたそれを整える。


「屯所は女人禁制なんだよ……。見ての通り、皆、住み込みの男しかいないからね」


沖田さんの言葉に、私は眉根を寄せた。


まさか、そんな理由で入隊を断られるとは。


「公私の区別をつけるためにね、仕方のないことなんだ。非番の時には家に帰ろうが何処へ行こうが、誰も止めはしないけど、屯所にいる限りは常に気を引き締めなきゃならない。女性が屯所にいるというのは、平隊士にとっては悪影響でしかないんだ」


沖田殿は申し訳ない、といった表情で、黒布を細く噛み千切ると、私の出血している腕に巻き付けた。


「……うん、あまりこういうことは言いたくないけど、咄嗟に払ったのが刃じゃなくて良かったね」


場所によっては腕が落ちてたよ、と少しだけ意地悪く沖田殿は笑う。


私は馬鹿にされた気がして、彼を首を半眼で睨み上げた。


「いえ、私もそれくらいは判別して払っていますので、それはないかと」


そんな私の反論に沖田殿は目を丸くする。


「まぐれ、じゃないって?」


「全て想定内……ではないけれど、要所要所で私にとっては慣れた立ち回りではあると思います。この腕も、まあ職業柄、慣れた負傷と言いますか……」


あまり剣闘士を馬鹿にしないでほしい。


そう思っての発言だったのだが──。


「はぁ!? 慣れた立ち回り!?」


素っ頓狂な声を上げる沖田殿は、一度、真剣に困ったような表情で頭をバリバリと搔くと──


「……こっち」

と、私の肩から黒布をかけ、先導するように歩き始めた。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!


励みになりますので、作品への応援、お願いいたします。


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何卒よろしくお願いいたします。

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