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「──とまあ、かくかくしかじかで、私は敬愛していた皇帝様にお仕えするという夢を叶えられず、一五〇〇年前の世からやって来たのです」
路地から出るべく歩きながら、私はここまで来て黙っているのも気が引けたため、自身が過去から来たこと、かつては剣闘士で、うっかり殺されたこと。いずれはローマへと帰り、皇帝様へとお仕えしたいことなどをざっくりと説明した。
「……なあ平助。ちょい俺を一殴りしてくれん? 変な夢だわこれ」
立ち止まり、現実逃避を始める原田さんの隣で、藤堂さんが彼の腹に容赦なく裏拳を叩き込む。
「ぐおっ!?」
「現実だよ、どアホ。信じられないようなコトだけどさ……左之助、これが現実である以上、絶対吹聴すんじゃねーぞ」
藤堂さんに冷たく睨まれ、原田さんはため息を吐きながら、殴られた腹を擦った。
「吹聴なんかできる筈ないやろ……新撰組のためにも、安芸のためにもな」
さすがは二人とも組長に選ばれるくらいの人格者。先に釘さえ刺しておけば、口は固そうだ。
そんなことを思いながら、私は今まで着ていた襦袢と袴、そして羽織と──大切な木刀ルディスを、原田さんへと預けた。
ルディスがないのは少し心許ないが、変装のためには仕方ない。
「おい、安芸。せめて懐剣くらいは持って行けって──」
藤堂さんの差し出してきた懐剣には目もくれずに私は踵を返し、二人へとヒラヒラと手を振った。
「ま、心配要りませんって。期待して待っててください〜」
剣闘士は素手でも割かし闘えはする。
それに、懐剣を振り回すくらいなら、さっさと後退して彼らと合流したら良いだけの話で──。
「犯人が現れたら此処まで全力で走ってこい」やら、
「相手の方が速そうな気がしたらすぐに駆けつけるけん、迷わず叫べ」
やらと、背後が何やら口を酸っぱくしてくるが、私はあまり自身の心配はしていなかった。
「はいはい。大丈夫ですよ、っと──」
手を振りながら路地を後にし、ぽてぽてと──、努めてゆっくりと、人っ子一人いない六条通りを歩き始める。
そして、通りの中ほどまで来た時だった。──建物の陰から人影がゆらりと出てきたのは。
「あ、やっと見つけた」
そう呟き、出てきた男はこちらを見てニンマリと笑んだのだった──。
「……あれ? 反応薄くない?」
「えーと、ローマの方……?」
へらりと笑う男は歳の頃は私と同じくらいだろう。
男はブロンドの長い前髪と、胸ほどまで伸びた横髪で右目を隠しているが、後頭部は首ほどまでの長さで髪を切り落としており、まあローマでも滅多に見ない髪型である。
青い目を持つ彼の容姿は、まあそこそこ、といったところか。
「へえ、やっぱり僕のことなんて記憶の片隅にもない、か」
男は小さく肩を竦めてみせる。
──記憶の片隅にもない?
そう言っているということは、私はこの男と面識があったということか。
まあ、確かに面識が……あるような、ないような、あるような?
女性の顔は覚えるのが得意な私であるが、正直、男の顔はあまり覚えていない。
「僕はアレス。……アキリア、アンタを殺すため、ローマから追って来た」
「……ふぅん?」
やはり、予想は間違っていなかった。
このアレスという者が、お梅の言っていた『私を探している者』であり、天使の言っていた『私を殺そうとしている者』なのだろう。
「私を殺す云々は一旦置いといて、あなたまさか、私をおびき出すためにこんな無駄な人殺しをしたんじゃないでしょうね?」
私の名を知っているローマ帝国の者、ということは、往々にして私の素性も知っているのだろう。
ならば、敢えて取り繕った態度を取る必要もあるまい。
「他に何があるって言うのさ。アンタなら、殺し方から僕の存在に気付くかと思って、それで殺しただけだけど?」
と、相変わらずニマニマとした笑顔の男──アレスは腰から剣を一本引き抜いた。
「グラディウス……!」
懐かしいそれは、ローマではごく一般的な、切れ味の悪い鉄の剣。
「まあ、アンタだしね。僕を覚えてなくても驚かないや。同じご主人様に仕えてたってだけで、アンタと僕にはあまり直接的な接点もなかったし」
アレスの言葉に、私は驚愕に目を見開く。
──奴隷。アレス。
間違い無く、その名には覚えがあった。
「あなたまさか──」
「──まあいいや。アンタ、こっちで何やってんの?」
急な問いに、私は正直に「新撰組」と返す。──ここで嘘をつく利点も特にないだろう。
どの道、この男はどういう形であれ、辻斬りとして一旦新撰組で確保しなくてはならないのだから。
と、その時だった──。
「安芸お前、何やってんだ!」
短い通りから中々戻って来ない私に、痺れを切らしたのだろう。此方へと原田さんと藤堂さんが駆けてくる。
──しまった。彼らのことを忘れていた。
彼らの許へ戻るでもなく、また、彼らを呼ぶでもなく、呑気にも犯人と話し込んでいたことに、この時ようやく私は気付く。
「あ、すみません……!! えーと、犯人は──」「──本当にごめんなさいー。もう二度とやらないので、どうかお助けをー」
と、ふいにアレスが駆けつけた組長二人へと、情けない声でそう告げた。
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