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尾形さんは、落ち着いた様子でゆっくりと死体に歩み寄り──肩ほどまで伸びた、総髪にした髪をサラリと揺らしながら、屍の傍に片膝を突く。
「ふむ。殺されてからまだ、そう経ってはいないようですね」
死体の血の乾き具合、温もりの残り具合から、そう判断したのだろう彼は、棒立ちしている私と藤堂さんを見上げ──、
「では、後はお引き受けいたしますので、あなた方は犯人の捕縛へ」
と、柔和に微笑んだ。
──なんだろう、すごく大人だ。
私が死んだ時の年齢とそう離れてはいないはず……である。
元が奴隷であるため、死した時の自身の正確な年齢を知らない私であるが、彼とは離れて数歳、といったところだろう。
あまり歳の離れていないであろう彼の、その落ち着きぶりに、私は震えるような感動すら覚えた。
──うん、あのままローマで生きていたとしても、たった数年で尾形さんのような、優雅なヒトになれていた気はしないわ。
そしてこれからも、真似ができる気もしない。よって、私は早々に、彼の言動を手本にすることを諦めた。
「じゃ、尾形さん、後はお願いしますわ。馬も置いて行きます」
原田さんは、六条通りまで、そう遠くないため、馬は置いて行くことにしたのだろう。
近場にいた五番隊の隊士に手綱を預ける彼の許へと、藤堂さんと私は早足で駆け寄る。
「よし、行くぞ。平助、安芸」
原田さんの声に、私達はだっと六条通りへと向けて走り出した。
そして、六条通りに辿り着く──前に、その手前にある細い路地に駆け込んだ私は、目の前に突き付けられた問題に、大きくため息を吐いた──。
「……すみません、あっち行ってて貰えますか」
着替えなくてはならない小袖を片手に、私は原田さんと藤堂さんにジト目を向ける。
別段彼らの前で着替えることに抵抗があるワケではない。
一々そんなことに抵抗など覚えていたら、ローマで剣闘士などやっていられなかった。
特に私は強さゆえに、対戦相手は筆頭剣闘士の男性か、猛獣しかおらず──、そんな、私に手を出せるような猛者が存在しないのを良いことに、宿舎も彼らと共同で。
そんな生活をしている内に、恥じらいなど、私の中からいつの間にか家出していた。
勿論、出て行ったソレは帰ってくる見込みも──気配もない。
「どこかで野垂れ死にした可能性まである、か……?」
──何だろう、本当にそんな気がしてきた。
まあ、そんな私が頑なに彼らを追い出そうとする理由は、ただ一つ。
女人禁制の新撰組に、女を入隊させたなど知れ渡った日には、局長である近藤さんや、副局長の土方さんに迷惑が掛かるかもしれないからだ。
──できることなら、隠し通したい。
だが──。
「何? まさか恥ずかしいとか?」
私の真剣な悩みなど何処吹く風。
ケタケタと腹を抱える藤堂さんを、私は三白眼で睨みつけた。
そして──。
「まあまあ、オレも左之助みたいな筋肉も身長もねえけどさ、別に恥ずかしいとは思わねえし。気にすんなって」
私は、思う存分笑い転げた藤堂さんから、何やら的外れな励ましを頂いてしまった。
──誰がそんなこと、気にするか!
近藤さんのため、土方さんのため、尚も諦め切れずにいる私だったが──。
「平助の言葉はともかくとして、一応外で、六条通りもすぐ其処ということは、この近くに犯人がいる可能性は高い。着替えてる隙を狙われんとも限らんけんなあ……。悪いけど、見張りはさせてもらおうわ」
そんな原田さんの言葉に反論できる余地があるはずもなく──、私は全てを諦めた。
──うん。これはもう、無理です。
「あーあー、そうですかぁ。じゃあ近藤さん、土方さん。すみませんが、私にこれ以上は無理でーす」
このままぐだぐだやっていて、犯人を逃すワケにも、万一近場に犯人がいた場合に、こちらを怪しまれるワケにもいかないのだ。
それはもう何の躊躇いもなく羽織と黒襦袢を脱ぎ捨て、晒一丁になる──と、背後から「はぁ!?」と、素っ頓狂な声が上がり、何やら慌てたような気配が伝わってきたが──。
──知らん。私は何度も警告した。
そも、恥じらいが私の中から家出をしていなかったとしても、こちとら齢一五〇〇年超えのおばあちゃんなのだ。そう考えると正直、男とか女とか、どうでも良いことのような気さえする。
──いや、本当にどうでも良い、瑣末なこと、か。
一人納得しながら、晒の上から小袖を羽織り、袴を脱いで三尺帯を締める。
身支度を整え、後ろを振り返る──と、二人は周囲を警戒しながらも、気まずそうな表情で明後日の方向を向いていた──。
「着替えましたよ。……全く、そうなる未来が見えていたから、あちらへ行くよう言ったんですけど」
挙動不審な様子で私と、私が手に持つ羽織をチラチラと見返す二人。
言葉を詰まらせているそんな組長達を冷たく見やりながら、私は聞こえよがしに大きなため息を吐いた。
「……お願いですから、このことは他言は無用でお願いしますよ。隊内では近藤さん、土方さん、沖田さん、斎藤さん。この四人しか知らないですし、私も勿論、広めたくありませんから」
彼らがそうそう簡単に吹聴することはないだろう、と思いつつも、念の為、口止めしておく。──と。
「お前、ウソだろ……」
藤堂さんが額を押さえ、口端を引き攣らせながら俯いた。
そんな彼の横で原田さんは──、
「その、知らなかったとはいえ、褌一丁でいいとか言って、ホントに悪かった……」
と、それはもう申し訳なさそうに、深々と頭を下げたのだった──。
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