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2-2-6

尾形さんは、落ち着いた様子でゆっくりと死体に歩み寄り──肩ほどまで伸びた、総髪にした髪をサラリと揺らしながら、屍の傍に片膝を突く。


「ふむ。殺されてからまだ、そう経ってはいないようですね」


死体の血の乾き具合、温もりの残り具合から、そう判断したのだろう彼は、棒立ちしている私と藤堂さんを見上げ──、


「では、後はお引き受けいたしますので、あなた方は犯人の捕縛へ」


 と、柔和に微笑んだ。


 ──なんだろう、すごく大人だ。


 私が死んだ時の年齢とそう離れてはいないはず……である。


 元が奴隷であるため、死した時の自身の正確な年齢を知らない私であるが、彼とは離れて数歳、といったところだろう。


 あまり歳の離れていないであろう彼の、その落ち着きぶりに、私は震えるような感動すら覚えた。


──うん、あのままローマで生きていたとしても、たった数年で尾形さんのような、優雅なヒトになれていた気はしないわ。


そしてこれからも、真似ができる気もしない。よって、私は早々に、彼の言動を手本にすることを諦めた。


「じゃ、尾形さん、後はお願いしますわ。馬も置いて行きます」


原田さんは、六条通りまで、そう遠くないため、馬は置いて行くことにしたのだろう。


近場にいた五番隊の隊士に手綱を預ける彼の許へと、藤堂さんと私は早足で駆け寄る。


「よし、行くぞ。平助、安芸」


原田さんの声に、私達はだっと六条通りへと向けて走り出した。

そして、六条通りに辿り着く──前に、その手前にある細い路地に駆け込んだ私は、目の前に突き付けられた問題に、大きくため息を吐いた──。






「……すみません、あっち行ってて貰えますか」


着替えなくてはならない小袖を片手に、私は原田さんと藤堂さんにジト目を向ける。


別段彼らの前で着替えることに抵抗があるワケではない。


一々そんなことに抵抗など覚えていたら、ローマで剣闘士などやっていられなかった。


特に私は強さゆえに、対戦相手は筆頭剣闘士の男性か、猛獣しかおらず──、そんな、私に手を出せるような猛者が存在しないのを良いことに、宿舎も彼らと共同で。


そんな生活をしている内に、恥じらいなど、私の中からいつの間にか家出していた。


勿論、出て行ったソレは帰ってくる見込みも──気配もない。


「どこかで野垂れ死にした可能性まである、か……?」


──何だろう、本当にそんな気がしてきた。


まあ、そんな私が頑なに彼らを追い出そうとする理由は、ただ一つ。


女人禁制の新撰組に、女を入隊させたなど知れ渡った日には、局長である近藤さんや、副局長の土方さんに迷惑が掛かるかもしれないからだ。


──できることなら、隠し通したい。


だが──。


「何? まさか恥ずかしいとか?」


私の真剣な悩みなど何処吹く風。


ケタケタと腹を抱える藤堂さんを、私は三白眼で睨みつけた。


そして──。


「まあまあ、オレも左之助みたいな筋肉も身長もねえけどさ、別に恥ずかしいとは思わねえし。気にすんなって」


私は、思う存分笑い転げた藤堂さんから、何やら的外れな励ましを頂いてしまった。


──誰がそんなこと、気にするか!


近藤さんのため、土方さんのため、尚も諦め切れずにいる私だったが──。


「平助の言葉はともかくとして、一応外で、六条通りもすぐ其処ということは、この近くに犯人がいる可能性は高い。着替えてる隙を狙われんとも限らんけんなあ……。悪いけど、見張りはさせてもらおうわ」


そんな原田さんの言葉に反論できる余地があるはずもなく──、私は全てを諦めた。


──うん。これはもう、無理です。


「あーあー、そうですかぁ。じゃあ近藤さん、土方さん。すみませんが、私にこれ以上は無理でーす」


このままぐだぐだやっていて、犯人を逃すワケにも、万一近場に犯人がいた場合に、こちらを怪しまれるワケにもいかないのだ。


それはもう何の躊躇いもなく羽織と黒襦袢を脱ぎ捨て、晒一丁になる──と、背後から「はぁ!?」と、素っ頓狂な声が上がり、何やら慌てたような気配が伝わってきたが──。


──知らん。私は何度も警告した。


そも、恥じらいが私の中から家出をしていなかったとしても、こちとら齢一五〇〇年超えのおばあちゃんなのだ。そう考えると正直、男とか女とか、どうでも良いことのような気さえする。


──いや、本当にどうでも良い、瑣末なこと、か。


一人納得しながら、晒の上から小袖を羽織り、袴を脱いで三尺帯(さんじゃくおび)を締める。


身支度を整え、後ろを振り返る──と、二人は周囲を警戒しながらも、気まずそうな表情で明後日の方向を向いていた──。


「着替えましたよ。……全く、そうなる未来が見えていたから、あちらへ行くよう言ったんですけど」


挙動不審な様子で私と、私が手に持つ羽織をチラチラと見返す二人。


言葉を詰まらせているそんな組長達を冷たく見やりながら、私は聞こえよがしに大きなため息を吐いた。


「……お願いですから、このことは他言は無用でお願いしますよ。隊内では近藤さん、土方さん、沖田さん、斎藤さん。この四人しか知らないですし、私も勿論、広めたくありませんから」


彼らがそうそう簡単に吹聴することはないだろう、と思いつつも、念の為、口止めしておく。──と。


「お前、ウソだろ……」


藤堂さんが額を押さえ、口端を引き攣らせながら俯いた。


そんな彼の横で原田さんは──、


「その、知らなかったとはいえ、褌一丁でいいとか言って、ホントに悪かった……」


と、それはもう申し訳なさそうに、深々と頭を下げたのだった──。


面白い、続きが気になる!


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