2-2-5
「だよなぁ〜? 仕方ないよなぁ〜?」
勝ち誇った、しかして険のある表情で藤堂さんに、じりじりと路地の壁へと追い詰められてゆく私は、
「い、いやいや、私はやりたくな──」「──俺ならいいんだ? ふぅ〜ん?」
「着替えもありませ──」「──安心しろよ、古着屋で適当に買ってきてやるよ」
「あ…のぉ……──」「──あ き ら め ろ ?」
──万事休すだった。
「選ばせてやるよ。この冬に褌一丁で放り出されるのと、小袖だけは買ってもらえるのと、どっちが良い?」
──まずい。どうしよう。どうしよう。
私は頭が真っ白になっていた。
彼らには、私が女であることは伝えていない。
小袖一枚になれば、その秘密が露見するかもしれない。……というか十中八九、露見するだろう。困る。
だけれど、彼らは知らずに言っているのだし、知らない以上、藤堂さんよりも私の方が囮に適している、という彼らの言い分には確かに一理あるワケで──。
「身体も鍛えられるしな、俺だったら褌一丁でええけ──」「──はい、すみません! 小袖買って下さいお願いしますッッ!!」
さらりと放たれた悪気のない原田さんの言葉に、咄嗟に小袖を所望し──、私はがっくりと項垂れた。
「よし、じゃあ……俺はとりあえず屯所の前川邸も近いけん、隊士呼んで、この死体を引き上げさせるわ」
項垂れる私になど目もくれず、原田さんは藤堂さんへと、そう声を掛ける。
「はいよ。屯所の方は任せた。……じゃあ次はオレらだけど、安芸、金持ってる?」
「いえ、買い物という目的がない限り、常に無一文です……」
最近何かと市中でお金が入用なことが多い気がする。
──今度から少しはお金、携帯しようかな。
そんなことを項垂れたまま考えていると、藤堂さんが手を打ち合わせた。
「じゃあお前が左之助が戻るまでの見張り。オレが小袖の買い出しな」
いやいやながらも「はぁい」と返事をする。
むすくれる私を路地に残し、二人はそれぞれ、屯所と古着屋へと向けて、駆け出していった。
その後も一人でムスッとしていた私だが、いつまでもそうしているワケにもいかない。
私は一度大きくため息を吐いて、気持ちを切り替えた。
「……しかし、ねえ」
チラリ、と屍の男を見やる。
「一撃でなまくらになった刀といい、的確に心臓を狙った腕といい……」
一つ、嫌な心当たりがあった。
それは数日前、屯所を訪れたお梅が言っていた、私を探しているという男。
その時は有り得ない、と一笑に付していたのだが──、もしその男が、天使の言っていた、私を殺そうとしている者であれば、全ての辻褄が合うのだ。
ローマには、打刀のような切れ味の良い剣はなかった。
私を狙うということは、そこそこの腕は持っているのだろうから、心臓を外すことなどないだろうし、
「私も多分、刀を使って正面から斬りつけたら、なまくらにする自信があるわ……」
そう。その犯人が、刀をなまくらにした理由も納得がいく。
斬るよりは殴る、もしくは突く。そんな使い方が主となる、グラディウスだけをローマで使ってきた者であれば、技術で人を斬るこちらの打刀は、一朝一夕には使いこなせないはずだ。
「何の恨みか知らないけれど、この辻斬りが本当に私を探しているという者の仕業で、私に、自身の存在を知らせるように、この人達を殺しているのだとすれば、冗談じゃない……」
ローマで恨みを買うようなことは──してきた覚えがない、と言えば嘘になる。
闘技場で私は、なるべく相手を殺さないように心掛けてはいたが、最後の市民の審判で、市民の多くが交戦相手の死を望んだ時には、剣闘士として多くの者を殺めてきたワケで。
「やれやれ……」
──なるべくならば、私が手を下したくはなかった。
どんな理由であれ、私への私怨でその者がココまで私を追ってきたのであれば、そんな者に、私がこの手で追い討ちを掛けるような真似はしたくなくて。
だけど──。
「ケジメと言えばケジメでもある、か……」
本当に同郷の者のしでかしたことならば、私が止めるのが一番良い気もする。
まあ止めた上で殺すかどうかは、相手方の理由次第ではあるのだが──。
「悪りぃ、待たせた!」
しばらくして戻ってきた藤堂さんの手に握られていたのは、それはもう当たりも障りもない、見事な町人に化けられそうな紺の小袖。
「左之助よりは早く帰って来れて良かった。これで左之助の方が早かったら、オレ、屯所に自分の小袖取りに行った方が早かったってコトになるからな!」
歯を見せて陽気に笑う藤堂さんに、私は引き攣った笑みを返す。
──屈託のない笑顔が……眩しい……!!
何度か自身の秘密を切り出そうかと迷うも、結局「まだどうにかなるかも」という淡い期待が捨てられず。
「お。戻って来たな」
と、ふいに聞こえた馬の嘶きに、藤堂さんがくるりと背後を振り返る。
すぐに複数の蹄が地を蹴る音が聞こえ始め──、
「よーし、着いたぞ!」
路地の入口で原田さんが乗ってきた馬を止めた。
「此処ですよ、尾形さん」
そんな原田さんの声に、悠々と路地に入ってきたのは──
「ああ、これはまた派手な刀傷ですねえ」
艶やかな声に、睫毛の長い鋭い目を持つ、雅な雰囲気を纏った二十代半ばくらいの男──五番隊組長、尾形俊太郎だった。
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