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「刀はともかくとして、と……。辺りに……まあ下手人はいないですよねえ」
当然のことをボヤきながら、次いで私は屍の袖や懐を漁る。
「金品は……残っていますね。金目当てではない、と」
「ワケ分かんねえよな……金目当てじゃないなら、確かにこの高けぇ刀をなまくらにしても平気だろうがよ、今どき百姓の腕でも、刀をこんな風にはしねえよ……」
藤堂さんが渋い顔でそう呟く。
「やなあ。ちょっとでも剣術をかじったことのある者、どころか、下手すりゃ境内でチャンバラごっこをやってる子供の太刀筋でも刀がこんなにはならんわ。かといって、刀に一切触れたことのない素人がやったにしては、初撃で綺麗に心臓に刃を通してるのは不自然だ」
私は原田さんの声を聞きながら、なまくらになった刀を上段に構えて数度、振るってみる。
「……」
「ん? 何やってんだ安芸?」
素振りをする私を見上げ、屍の傍に再び屈み込んでいた藤堂さんは首を傾げた。
「……藤堂さん、原田さん。新撰組の管轄範囲外で最近辻斬りの被害が続出しているとか」
「ああ。見廻組、京都所司代。あっちの管轄で被害が多数出てる」
返ってきた藤堂さんの声に、私は屍を見下ろしながら、更に質問を重ねる。
「死因……というより、斬られた傷が気になります。お教え頂けませんか?」
一応隊士達は、殺人などの報告については毎朝、各隊の組長から報される。
組長が毎朝の幹部会で入手した情報を、自隊の平隊士達へと伝える仕組みだ。
だが、その情報には、あまり隊務に必要ないものは含まれていないため、最近辻斬りが頻発しているということは聞いていても、どのようなやり口かまでは聞かされていなかった。
「傷か? 打撲痕と……落命の原因としては心臓、頭の刺突……。頭蓋を叩き割られたなんてものもあるらしい──」
原田さんの返答を聞きながら、私は懐から京の町の地図を引っ張り出す。
「あ、偉いやん! しっかり地図まで持ってんの」
私の懐から出てきた地図に、原田さんは感心したようで。
「私、まだ京都には詳しくないですからね……道に迷った時にはコレに頼るしかないんですよ」
実に悲しい理由で携帯している地図だが、この地図が今回は、思わぬ働きをしてくれそうだ。
「ん? 何なんこの赤丸と黒丸」
「犠牲者が出た所に日々、丸をつけていたのですよ。物取りの可能性も考えて、赤丸は武士など身分の高い者、黒丸は農民や町人などの身分の低い者です」
ひょいと地図を覗き込んでくる原田さんに私は地図の説明をする。
と、途中で藤堂さんもやってきたため、心もち、地図の高さを下げた。
そして──。
「あ、よく見たら隅に日付も書いてる。マメだなー。って、アレ?」
「うげ、マジかよ、コレ」
地図を覗き込む二人が何かに気付いたようだ。
「はい。私も多分同じことを考えていますね……。今回の事件現場はココに黒丸がつく。赤丸は日付けも場所もバラバラですが──」
「黒丸は今までで三つ。堀川通をほぼ一直線に下ってきてるじゃねえか……!」
「しかも分かりやすく、横は二条、三条、四条と一日おきに下って、今回のココで五条通り。……ということは」
藤堂さんが真剣な顔で一度頷く。
「……狙い目かもしれねえぞ。六条通りはやたらと細せぇ。敵を見つけるには六条通りで待ち伏せるのが一番だ」
「明日、犯人は六条通りに現れる……か」
険しい表情の原田さんへと私は咄嗟に声を上げた。
「いや、明日とは限りません。六条通りは不吉な通りとして、地図からも消されることが多く、人も滅多に通らないとか」
つまり、と私は続ける。
「人斬りが六条通りの存在を知っているなら、明日と言わず、人が通り掛かった時を狙わないと、そもそも六条で辻斬りなんて難しいでしょうし、逆に今日六条通りで捕まらなければ、その者は六条はないものだと考えて、明日、七条通りに現れると思います」
「なるほどな……お前の言ってることは理解したけど、今日そんな都合良く、六条通りに誰かが通り掛かるとは思えんのやけど……」
困ったように唸る原田さんの逞しい腕を、私は笑顔でポン、と叩いた。
「大丈夫です! こちらには藤堂さんがいますから」
「「は──?」」
目を瞬かせる二人へと、私は笑顔のまま告げる。
「藤堂さんに町人の格好で六条通りをぶらついてもらいましょう! 私が犯人だとしたら、原田さんは襲いたくないですが、藤堂さんなら、その──ね?」
──怖いもの知らずな大人になり切れていない子供。
狙うなら、これ以上ない獲物であろう。
言葉を濁しつつ、私は藤堂さんへと囮役を押し付けた──のだが。
「ふぅ〜ん? でも、そういう理屈なら、安芸、お前でもいけるんじゃね〜?」
藤堂さんは目に見えて不機嫌になった。
大きな目を吊り上げて、眉間に皺を寄せながら、藤堂さんはこちらへとにじり寄ってくる。
「え──」
「……まあ、確かにそうだな。平助がその理屈で通るなら、安芸もいけるやろうし、何なら新撰組の組長としてそれでも歴の長い平助よりも安芸の方が良いかもしれん」
──しまった。
私は己の容姿のことはすっかり棚に上げていたのだ。
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