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2-2-2

「あれは……」


とととっと少年に駆け寄り、私は少年の腕を掴む。


「はいボク、御用だ御用、新撰組です。今盗んだもの、出しなさい」


「は!? 知らねえよ、離せよ!」


暴れられる前に、と先んじて腕を捻り上げ、「いだだだ!」と悲鳴を上げる少年の目を私はひょいと覗き込んだ。


「嘘はダメですよ、嘘は。ほら、お兄さん一緒に謝ってあげるから、盗ったもの、返しましょう? ね?」


「いてぇって言ってんだろが! 一緒に謝るとか言ってるけど、強制的に盗品返させようとしてるだけじゃねえか!」


そんなやり取りをする私達の許に、野次馬を掻き分けて原田さん達がやってくる。


先に辿り着いたのは、人混みをすいすいと掻き分け、すり抜けて来られた藤堂さんだった。


「おい安芸。急にどっか行くな! って……なんだ、そのガキ?」


そう叱りつけてくる藤堂さんは、眦をキッと吊り上げているのだが……いくら眦を吊り上げようが、大きな瞳が険を帯びようが、悲しいかな微塵も怖くはない。


「スリですよ。でもまだ──」「──おうおう、チビすけ。手先が器用なのは良いことやけど、スリはいかんよ」


私はその少年がスリであることを藤堂さんへと説明しようとしたのだが、ようやく追い付いた原田さんに、私の声は途中で遮られてしまった。


腕を捻じ上げられた少年の前に歩み出ると、ゆっくりと片膝をついた原田さん。


その顔を見やり──私は目を瞬いた。


──あれ? 全然怒ってない?


原田さんは、曲がったことが嫌いで、血の気が多い。そんな性格だと思っていただけに、少々驚きである。


少年は私や藤堂さんならともかく、ガタイの良い原田さんには敵うはずもない、と悟ったのだろう。


「チッ……返すよ。盗ったモノ、返しゃあ良いんだろ」


と、舌打ちしながら少年は呟いた。


──見た目って、大切なんだな。


私と藤堂さんでは、いささか威圧感が足りなさ過ぎた。


「おう。そうしてくれれば、一度だけは目を瞑ることにするけん」


原田さんと少年のやり取りから、少年がこの場から逃げ出すことは無さそうだと踏んだ私が、そっと拘束の手を解くと、少年はゴソゴソと懐から巾着を取り出す。


すると、野次馬の中から「あっ」と声が上がり、一人の男が転がるようにして飛び出してきた。


「そ、その巾着……!」


「──ああ、見てましたけど、お兄さんのですよね」


私は「ありがたや」と拝むようにする壮年の男へと巾着を返した。そして──。


「この子も反省しておりますので──」「──はぁ? オレは反省とかしねえし」


満面の笑顔で私は、反駁(はんばく)する生意気な少年の髪を引っ掴んで引き寄せる。


「一度だけで構いません。ココは何卒、穏便に──」「──けっ、オレ絶対謝らね──」


私はやいのやいのと騒ぎながら、抵抗する少年の腹へと──次の瞬間、軽く拳をめり込ませた。


「ぐえっ!」


と、呻き声を上げながら身体をくの字に折り曲げる少年。


「よし、偉い偉い。ちゃんと頭下げられましたねー」


何食わぬ顔でそう宣い、涙目で腹を押さえる少年を私は解放する。


「下げられた、じゃなくて、無理やり下げさせたんだろが!」


抗議の声を上げる少年の声を聞かなかったことにし、私は「これにて一件落着」と、小さく指先だけで拍手した。


少年はイラついたような顔で「クソッ」と悪態を吐きながら、私の向こう脛を蹴り上げて走り去って行く。


「ったた……元気なのは良いことですねえ」


膝を曲げて、蹴られた向こう脛を撫でながら、私は少年が消えた方角を見やる。


避けることも、反撃することも、そしてもちろん追うことも、全て可能だったのだが、子供相手にそこまでムキになることもないだろう。


「にしても、驚きでしたよ。まさか組長さんがスリを見逃すとは」


チラリと原田さんへと目を向けると、彼は困ったような表情でポリポリと頬を掻いた。


「まあ、まだガキだし? 一度くらいは見逃してやってもええかなって」


「あー、出た出た。左之助、ほんっと子供に甘いのな」


呆れたような藤堂さんの声に、私は原田さんの意外な一面を知る。


──子供好き、なのか。


たまに寺の境内などで、沖田さんが集まる子供と遊んでやっているのを目撃することはあったのだが……まさか子供好きが組長格に二人もいたとは。


「悪りぃ、他の奴には見逃したこと、黙っといてくれん?」


パン、と手を打ち合わせ「この通り」と原田さんから、頭を下げられた私は、


「まあ、私も見逃すつもりだったし、良いですよ」


と、彼の行動を黙認した。


自身が同じ行動を取るつもりであった以上、彼にとやかく言えるはずもない。


「ひぃ、助かったぁ! あ、そこで茶、飲んで行こうや。礼に奢るからよ」


「え、いや、別に──」


私は咄嗟に両手を胸の前まで挙げて、断る構えを取るも──、


「ええから、ええから」


背後へと回り込んだ原田さんにぐいぐいと背を押され、結局、茶屋に立ち寄ることとなったのだった──。







「いやあ、安芸が話の分かる奴で助かったわ。コレが永倉や尾形さんだったら……ああ、考えたくもねえ……」


緋毛氈(ひもうせん)を掛けた縁台に腰掛けて茶を一啜りし、胸を撫で下ろす原田さん。


これはよほど、子供関連でいつも誰かにこってり絞られていると見た。


「俺ぁ、どうも子供に弱くってなぁ……」


「まあ、悪いことじゃないとは思いますが」


私は左隣で団子を頬張る、見廻り中の『子供』をちらりと見やり、何度か頷く。


「可能性の塊を大切にするのは非常に良いことだと、私は思いますがねえ」


まったりとした気分で私は湯呑みの茶を啜り──、


「あの、な。さっきから視線が気になるんやけど、平助な、一応二十歳……」


コソリと耳打ちされた原田さんの言葉に、私は思いっきり啜った茶を吹き出した。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


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