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2-1-8

「未来より、過去が優れているということもある、ということですよ。……沖田さん、その『労咳』という病は、確かに私の故郷にもありました」


私の言葉に、沖田さんと斎藤さんが顔を見合わせ、首を傾げる。


「良いですか、私の故郷では、それでも三割の確率で、その病は完治したのです」


指を使って、三の数字を沖田さんの前に突き出す──と、彼は珍しく、物凄い勢いで食い付いてきた。


「アキリア……それ、ホントかい!?」


「……さすがに今、それが冗談なら笑えんぞ」


(すが)るような瞳の沖田さんと、渋い表情の斎藤さんと。


彼らは、本当に労咳を不治の病だと信じているのだろう。


まあ、故郷でも助かる確率はたったの三割であったのだが──。


「それがホントなら、どんな方法だっていい、治療法を教えてくれ! ボクはまだ、死ぬワケにはいかないんだ……。近藤さんの……新撰組の行く末を見届けるまでは……!」


私は両肩を沖田さんに掴まれ、ガクガクと強く揺さぶられる。

その強い光の宿る目に──、


──ああ、沖田さんはもしかしなくても……諦めていたんだ。


と、ふいに、そんなことを思う。


彼はいつも飄々としているから、自らの病気とも折り合いを付けているのだろう、と、そう思っていた。


けれど──、それは本心を押し込め、平気なフリをしているだけだったのか。


悲愴すら感じさせるような、真剣な沖田さんの顔の前に、私は人差し指を立て「では一つ目」と口を開く。


「断食など以ての外です。こちらでは肉はあまり食べないみたいですが……肉も魚も、野菜も米も果物も。満遍なく食べましょう」


それはきっと彼にとっては受け入れ難いことだろう、とは分かっている。


何故なら、医者から教わった今までの治療法とは真逆のことを言われているのだから。


だけれど私は、彼が己の示す治療法を実践してくれる。その可能性を信じて、自身の知りうる治療法を述べることにしたのだ。


「その干し肉は、療養中に暇だったので、屯所の敷地に入り込んだ獣を狩って、干したものです」


ローマでは当たり前のように市場で売られていた肉であるが、こちらの世界では獣肉食は禁忌とされているようで。


たまに『薬』として売られている肉も、目玉が飛び出るような値段であるため、暇つぶしがてら、自分で獣を狩ってそれを干した。


干し肉は、ローマではブルメンタリアと呼ばれる、保存先の利く、腹持ちも良い大切な栄養源だ。


「無花果もこちらでは薬なんですよねえ……勿体ない」


そう、無花果もまた、こちらでは薬としてしか使われていなかったようなので、屯所の前川邸の庭に生えていたのを勝手に頂戴して、屯所の隅にせっせと干した──のが、何度か土方さんに見つかって、こっぴどく叱られた。勿論気にしないけど。


「へえ。干し肉に、干し無花果。……と、このやたらと硬いのは……?」


沖田さんが手に取ったのは、食堂の厨房で自作した乾燥パン。


「それも大事な栄養源です。隊士に市で小麦を買ってきてもらって、食堂で作ったパンですよ」


本来は葡萄酒に浸して、柔らかくしてから食べるものだが、私はカチカチのそれをゆっくりと齧っていくのが好きだった。


「私の大切な夜食、譲るんですから、それ、ちゃんと食べてくださいね」


葛龍の中の干し肉を食い入るように見つめている沖田さんにそう告げ、私は人差し指と中指で「では、二つ目」と話を進めていく。


「二つ目は……引き篭らないことです。日光をそれはもう、たくさん浴びましょう。休むことは確かに大切ですが、どうせ休むなら縁側で。ガンガン日光浴してくださいね」


二つ目の治療法もまた、彼の教わってきた知識とは真逆のものだ。だけれど──。


──これも、信じるかどうかは、彼が判断すれば良い。


そんなことを思いながら「以上」と私は両の掌を打ち合わせた。


「え……? たった、それだけ?」


きょとんとする沖田さんに「それだけですよ」と、私は胸を張る。


「私は昔、ご主人様に連れられて、エジプトへと行った時にその知識を得ました。そして、ローマへ帰った後に、ご主人様の命令で患者を集め、その治療法に本当に効果があるのか、検証した時期があるのですが……確かに三割ほどの確率で労咳は完治したのです」


私の語るその内容に、斎藤さんは驚愕に目を見開いていた。


感情の起伏に乏しい彼が、そこまで表情を大きく動かすのは非常に珍しいことで──。


──珍しいものが見られたかも。


口には出さないが、次いつ見られるか、とんと見当もつかない──そんな珍しい彼の顔をしっかり目に焼き付けておく。


「沖田さんはまだ若く、体力もありますからね。きっと三割と言わず、もっと治る可能性は高いんじゃないでしょうか」


私は再び沖田さんへと目を向けると、彼をそう励ました。


かつての検証では、完治する者の傾向としては、子供とまではいかないが、比較的若い者が多かったのだ。


まあ、若くても完治するのはたったの三割ほどではあるのだが、それでも。──例え治る確率が一割であったとしても。不治だと信じ続けるよりは遥かにマシなはずだろう。


「それにしても、不思議なものですねえ。かつて得たこの知識。ご主人様亡き後は、ただの旅行の思い出でしかなくなったそれが、まさかこんな未来で役立つとは……」


遠い過去を懐かしむように、私は少しだけ目を細める。


そんな私の隣に正座していた斎藤さんが、ポツリと小声で呟いた。


「そのような方法で労咳が治るなど……にわかには信じ難い話だが……」


「あ、斎藤さん、ローマの知識ある奴隷をナメてはいけませんよ? あちらでは教師も医者も、政務の手伝いも、全て教養のある奴隷の仕事だったのですからね」


難しい顔をしている斎藤さんに、私は傲りでも何でもなく、ただ事実を告げる。と──。


ふいに、沖田さんがくすくすと小さく笑った。


「道徳の欠如しているキミが教師に医者ねえ……」


私はいつも通りの沖田さんの物言いに、つい仏頂面になってしまう。


最近ようやく道徳についての講義から解放されたというのに、まだ彼らの中では私は、人として、大切な何かがポッカリ欠けた者、という扱いなのか。


ちなみに、私は未だ、道徳の講義を受けることになった原因に、心当たりは微塵もない。


嫌がらせではないかと思ってすらいる。割と。かなり本気で。


「ま、信じるかどうかは沖──」「──うん。ボクはその話を信じてる。ありがとう、アキリア」


言い切るより前に、沖田さんに即答され、私は口をポカンと開けた。


「え……。自分で言ってて何ですけど、そんな簡単に信じてくれるのですか? 一五〇〇年以上前の、底辺の者に至っては、傷口に蜘蛛の巣を擦り込んだり、石を当てて祈ったりするような治療法すらまかり通っている、そんな時代の治療法ですよ?」


てっきり彼にも胡散臭く思われるだろうと思っていたのだが。


こんなにもあっさりと信じてもらえたことに、私は少しだけ拍子抜けで。


「縋れるモノがあるなら(わら)にだって縋るさ。……ボクは今のままでは間違いなく死ぬんだから」


それに、と沖田さんはふいに柔らかく表情を崩し、微笑みを浮かべた──。


「アキリアの、その治療法には三割の治療実績まであるんだろう? それだけ実績があるなら充分だ。……ボクは絶対にその三割に入ってみせる。それだけだから」


そう、ハッキリと言い切った沖田さんの姿に、私は斎藤さんと顔を見合わせ──、互いに通じるものがあり、静かに頷き合う。それは。


──今、彼の未来は大きく変わったのではないだろうか。


根拠も何も無い、何となくの感覚だけれど。


彼ならきっと、本当に病に打ち克ってみせる。と、私達はそう思った。


静かな微笑を浮かべる斎藤さんに私は背を軽く叩かれ──、干し肉を噛みほぐし始めた沖田さんの部屋を、私達はそっと後にする。


──頑張れ、沖田さん。


障子を閉める時に、チラリと沖田さんを見やり、私は心の中で声援を送る。


自室へと戻る頃には、私は天使に抱いていた気持ちの悪い感情も、きれいさっぱり忘れていたのだった──。



面白い、続きが気になる!


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