表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/238

2-1-7

──このまま死んでしまったらどうしよう。


人とは本当に一寸先も分からぬ生き物なのだ。何なら、下手な野生動物よりもその辺については疎いかもしれない。


動物はある程度、自身や他者の生死がどうなるか、一寸先程度なら察知が利く。例えば、今まで私が闘技場で相対してきた猛獣達。彼らは私と相対した時、既にその眼には眼前の“己の死”が見えていた。


故に、生物の最後の命の輝きで、彼らは悲愴な覚悟でこちらへと襲いかかって来たし、だからこそ私もそれに全力で応えた。だが、これが人間となると、余程のことがない限り、本当に死ぬ寸前まで“己の死”を感知できることはない。


例えば極限まで劣勢の闘いの最中。直感と本能が“死”へと至る一撃の寸前に警告を発することはあっても、それは訪れる“死”を感知してのものではなく、あくまでも回避行動に繋げるための警告でしかなく。


まあつまり、とことん人間は死に疎い。その一言に尽きる。


今はこうしてまだ彼は呼吸をしているが、数瞬の後には冷たくなっていたらどうしよう。そんな恐怖を覚えながら、枕元でしばらく様子を見ていると、沖田さんは段々と落ち着いてきたようで。


「ああ、ごめんね。……でも、少し落ち着いたから」


少し疲れたような表情でそう呟きながら、沖田さんが身体を起こそうとしたので、私はそんな彼の肩を、咄嗟に押さえつけた。


「ダメです! もう少し寝ていてください!」


「……そうだな」


私の言葉に、横に座り込んでいた斎藤さんが深く頷く。


──せめて顔色が戻るまでは。


手に嫌な汗をかいた私は、身に纏う外套でそれを拭った。


彼が持病持ちだということは知っている。その心労で白髪になった、ということも。


「沖田さん……、立ち入った話になりますから……その、嫌なら黙っていてくれて構いません。……これは一体何の病気なのですか?」


私は布団の上に投げ出されていた彼の大きな手の甲を擦る。


沖田さんは静かな声で「労咳(ろうがい)」と、隠すことなく一言呟いた。


──ろうがい、労咳。


「あ──」


その病気については知っていた。


何故なら、故郷ローマでも、罹患する者が後を絶たなかったから。


「労咳……不治の病、か」


斎藤さんが、苦々しい顔でポツリと零す。


「ん。まあ不治の病とか言われてるけど、一応できることはやってる」


「できること、ですか?」


私は沖田さんの顔をじっと覗き込む。


先程まで土気色だった顔に、少しだけ血の気が戻ってきているようだ。


「医者は、動かずずっと寝ているしかない、って言うけど……組長なんてやってる以上、それはできないからね……。まあ、出来る限り部屋に引き篭って、寝てるようにはしている、かな」


そんな沖田さんの言葉に、私は目を瞬かせる。


──ずっと、引き篭って寝ている?


「後は……嘘か真か。それはボクにも分からないけどさ、(ちまた)でまことしやかに囁かれている治療法も試してる」


「へえ、例えばどんな?」


私は先程の彼の回答がまだ気になりつつも、一応それを聞いてみる。


「アキリア。キミもボクが屯所に現れる猫を片っ端から捕まえて、飼い主を探しているのは知ってるだろう?」


「……そういや、私が最初ココへ来た時に、そんなこと言ってましたね」


それが労咳と何の関係があるのか。


そう思っていた。のだが──。


「昔から言われてるんだ。黒猫を飼えば、労咳は治るって」


「──は?」


私は一瞬、己の耳を疑った。


──黒猫を、飼う?


「後は、十五夜の日に糸瓜(へちま)から取った水を飲めば、病は治る、とか、断食を続ければ、いずれ良くなるとか、ね」


「……は、はいぃ?」


──糸瓜の水なんて、そんなの、十五夜に取ろうが十三夜に取ろうが……というか、いつ取っても一緒では?


断食についても、すれば良いというものでもない──以前に、ただでさえ痩せぎすの彼なのだ。断食など続けていたら、それこそ身体が持たないだろう。


私は無言で、すっくと立ち上がると、訝った視線を向けてくる二人に背を向け、足音を忍ばせながら、沖田さんの部屋を後にする。


そして、足音を忍ばせたまま自室に戻ると、備え付けの文机に載せていた、小さな葛龍(つづら)を手に取り──、


「一五〇〇年先の方が劣っているなんてこともあるのか……」


と、葛龍を見下ろしながら小さくため息を吐いたのだった──。




自室から出て、再び沖田さんの部屋を来訪した私は、顔色も戻ったからだろう、身体を起こしていた沖田さんに葛龍を手渡した。


「ナニコレ? この、あまり言いたくないけど、古い葛龍……」


「中身は呪いの藁人形、とかか?」


中々に失礼な感想を投げつけてくる組長二人を見やり、私はこめかみに青筋を浮かべる。


「古物商で格安で買いましたからね! 古くてすみませんねえ!」


葛龍など使えたら良い。


そう思って買った、私にとっては数少ない私物なのだが、まさかそんな酷い言われ方をするとは──。


(しか)めっ面をする私の前で、沖田さんは恐る恐るといった様子で葛龍の蓋を開ける。


そして──。


「ごめん、やっぱり、ナニコレ」

と、目を瞬かせた。


「自家製の干し肉と干した無花果(いちじく)、後は乾燥させた固いパンですよ」


布団の傍に座る私は腕組みをして、そう答えながら、つんとそっぽを向く。


「なるほ…ど? ええと、見舞い、ということでいいかな?」


「……何でそんなものを見舞いに渡さなきゃならないんですか」


沖田さんは私を何だと思っているのか。


私は当て付けがましく、大きくため息を吐いて見せた。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!


励みになりますので、作品への応援、お願いいたします。


ブックマークもいただけると更に励みになります。


何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ