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──このまま死んでしまったらどうしよう。
人とは本当に一寸先も分からぬ生き物なのだ。何なら、下手な野生動物よりもその辺については疎いかもしれない。
動物はある程度、自身や他者の生死がどうなるか、一寸先程度なら察知が利く。例えば、今まで私が闘技場で相対してきた猛獣達。彼らは私と相対した時、既にその眼には眼前の“己の死”が見えていた。
故に、生物の最後の命の輝きで、彼らは悲愴な覚悟でこちらへと襲いかかって来たし、だからこそ私もそれに全力で応えた。だが、これが人間となると、余程のことがない限り、本当に死ぬ寸前まで“己の死”を感知できることはない。
例えば極限まで劣勢の闘いの最中。直感と本能が“死”へと至る一撃の寸前に警告を発することはあっても、それは訪れる“死”を感知してのものではなく、あくまでも回避行動に繋げるための警告でしかなく。
まあつまり、とことん人間は死に疎い。その一言に尽きる。
今はこうしてまだ彼は呼吸をしているが、数瞬の後には冷たくなっていたらどうしよう。そんな恐怖を覚えながら、枕元でしばらく様子を見ていると、沖田さんは段々と落ち着いてきたようで。
「ああ、ごめんね。……でも、少し落ち着いたから」
少し疲れたような表情でそう呟きながら、沖田さんが身体を起こそうとしたので、私はそんな彼の肩を、咄嗟に押さえつけた。
「ダメです! もう少し寝ていてください!」
「……そうだな」
私の言葉に、横に座り込んでいた斎藤さんが深く頷く。
──せめて顔色が戻るまでは。
手に嫌な汗をかいた私は、身に纏う外套でそれを拭った。
彼が持病持ちだということは知っている。その心労で白髪になった、ということも。
「沖田さん……、立ち入った話になりますから……その、嫌なら黙っていてくれて構いません。……これは一体何の病気なのですか?」
私は布団の上に投げ出されていた彼の大きな手の甲を擦る。
沖田さんは静かな声で「労咳」と、隠すことなく一言呟いた。
──ろうがい、労咳。
「あ──」
その病気については知っていた。
何故なら、故郷ローマでも、罹患する者が後を絶たなかったから。
「労咳……不治の病、か」
斎藤さんが、苦々しい顔でポツリと零す。
「ん。まあ不治の病とか言われてるけど、一応できることはやってる」
「できること、ですか?」
私は沖田さんの顔をじっと覗き込む。
先程まで土気色だった顔に、少しだけ血の気が戻ってきているようだ。
「医者は、動かずずっと寝ているしかない、って言うけど……組長なんてやってる以上、それはできないからね……。まあ、出来る限り部屋に引き篭って、寝てるようにはしている、かな」
そんな沖田さんの言葉に、私は目を瞬かせる。
──ずっと、引き篭って寝ている?
「後は……嘘か真か。それはボクにも分からないけどさ、巷でまことしやかに囁かれている治療法も試してる」
「へえ、例えばどんな?」
私は先程の彼の回答がまだ気になりつつも、一応それを聞いてみる。
「アキリア。キミもボクが屯所に現れる猫を片っ端から捕まえて、飼い主を探しているのは知ってるだろう?」
「……そういや、私が最初ココへ来た時に、そんなこと言ってましたね」
それが労咳と何の関係があるのか。
そう思っていた。のだが──。
「昔から言われてるんだ。黒猫を飼えば、労咳は治るって」
「──は?」
私は一瞬、己の耳を疑った。
──黒猫を、飼う?
「後は、十五夜の日に糸瓜から取った水を飲めば、病は治る、とか、断食を続ければ、いずれ良くなるとか、ね」
「……は、はいぃ?」
──糸瓜の水なんて、そんなの、十五夜に取ろうが十三夜に取ろうが……というか、いつ取っても一緒では?
断食についても、すれば良いというものでもない──以前に、ただでさえ痩せぎすの彼なのだ。断食など続けていたら、それこそ身体が持たないだろう。
私は無言で、すっくと立ち上がると、訝った視線を向けてくる二人に背を向け、足音を忍ばせながら、沖田さんの部屋を後にする。
そして、足音を忍ばせたまま自室に戻ると、備え付けの文机に載せていた、小さな葛龍を手に取り──、
「一五〇〇年先の方が劣っているなんてこともあるのか……」
と、葛龍を見下ろしながら小さくため息を吐いたのだった──。
自室から出て、再び沖田さんの部屋を来訪した私は、顔色も戻ったからだろう、身体を起こしていた沖田さんに葛龍を手渡した。
「ナニコレ? この、あまり言いたくないけど、古い葛龍……」
「中身は呪いの藁人形、とかか?」
中々に失礼な感想を投げつけてくる組長二人を見やり、私はこめかみに青筋を浮かべる。
「古物商で格安で買いましたからね! 古くてすみませんねえ!」
葛龍など使えたら良い。
そう思って買った、私にとっては数少ない私物なのだが、まさかそんな酷い言われ方をするとは──。
顰めっ面をする私の前で、沖田さんは恐る恐るといった様子で葛龍の蓋を開ける。
そして──。
「ごめん、やっぱり、ナニコレ」
と、目を瞬かせた。
「自家製の干し肉と干した無花果、後は乾燥させた固いパンですよ」
布団の傍に座る私は腕組みをして、そう答えながら、つんとそっぽを向く。
「なるほ…ど? ええと、見舞い、ということでいいかな?」
「……何でそんなものを見舞いに渡さなきゃならないんですか」
沖田さんは私を何だと思っているのか。
私は当て付けがましく、大きくため息を吐いて見せた。
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