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「何かあった?」
そんな声に、畳を嗅いでいた顔を上げる──と、行灯に火を灯し終えた沖田さんは、文机に向かって筆を走らせていた。
どうせ起きているなら、仕事をしよう、ということか。
「う……」
天使のことを正直に全て言っても良いものか悩み、私は言葉に詰まる。
急に『十二月二十五日に死んじゃうかもしれません』と言われても彼も困るはずで。
伝えても、真剣に取り合ってくれない可能性は大いにあるだろう。だがそれで、本当に己が命を落とした時に、彼に責任を感じて欲しくはなかったし──だからといって、それを本気で信じて、無闇やたらと身辺警護などされては私が耐えられない──。
新撰組の彼らが私のことをどう思っているかなど、勿論私には分からない。分かることは、私にとって彼らは庇護すべき対象だということ。
手前勝手な理屈かもしれないが、庇護すべき者に護られるなど、私にとって、まずあってはならないことだった。
私は火鉢に手を翳しながら、心を決め──俯く。
──やっぱり黙っておこう。
沖田さんは体調の優れないことも多いと聞く。ならば尚更、彼に相談することは憚られた。
火鉢に当たり、手が温もると、ずっと外にいた背がやたらと寒いように思えてきたので、畳に引かれていた沖田さんの布団を勝手に拝借し、背から羽織る。
「あったかーい……」
うっとりと背の温もりに目を細めていると、沖田さんが複雑そうな顔で「ホント、自重しないよねキミ」とボヤく。
決して良い色は含まれていないその声は、そっぽを向いて聞かなかったことにした。と──、そっぽを向いた拍子に、部屋の入口である障子に目が止まり──。
「ん? 沖田さん沖田さん」
「なーに?」
呆れ半分の声に、私は、彼からは見えていないとは思いつつも、障子をすっと指差す。
「お客様です」
「こんな時間に!?」
さすがにばっと障子を振り返り──、そこに映る影に、沖田さんは「ああ」と納得したように頷いた。
「アキリア。開けてあげて」
「え〜……」
火鉢から離れたくない私は、口を尖らせながらも、せめて布団からは暖を逃がさないようにしっかりと身体に巻き付け、障子を開ける。
そこに立っていたのは──、
「おんや、斎藤さんではないですか」
私の直属の上司でもある、稀代の天才と名高い三番隊組長の斎藤さん。
こちらも夜だからか、髪を纏めておらず、浴衣一枚のようで。
斎藤さんは布団を被っている私に視線を落とし、無表情で何度か瞬いた。
障子を開けたままだと冷たい風が吹き込んで来るので、部屋に斎藤さんを引きずり込もうとその腕を掴み──、
「うわ、斎藤さん腕冷たっ!? 何やってたらそんな冷たくなるんですか……」
私は氷のように冷たい斎藤さんの腕を引くと、障子を閉め、強制的に彼を火鉢の前へと連行する。
座布団は新たに出さなければ、私が今まで使っていた一枚しかなかったため、仕方なく私の温めていたものを譲ることにした。
「む。すまぬな」
相変わらず彼は素直な犬のようだ。
大人しく火鉢の前で座布団に座り込み、手を翳すその姿が、少しだけ面白かった。
「斎藤さん、どうされたんですか? こんなお時間に」
「……何者かが、庭を歩く音で目覚めてな」
──はい、それは私です。
すっと目を逸らす私だったが、斎藤さんは気にした風もなく話を続ける。
「玉石を踏む音の重みから、恐らくお前だろうと思って、お前の部屋を覗いたら、案の定お前がいなかったから……部屋に入ってずっと待っていたのだ。……だが、いくら待てと暮らせど戻って来ないから、こうして探しに来た」
「それは、なんというか、申し訳ございません」
──どうやら方々にご迷惑をお掛けしているようで。
「実に寒かった」
「それはそれは、重ねて申し訳ございません……」
健気にも寒い部屋で正座し、ずっと私が戻るのを待っている忠犬さんの姿が容易に想像できる。
そして──。
「来客者のために部屋に火鉢を所望す──」「──あ、別に部屋、来なくていいですから」
斎藤さんの言葉は最後まで聞くことなく切り捨てた。
決して私が守銭奴だから買わないワケではない。
いざ故郷に帰る時に、私物の撤去に困ることがないように、非常食やちょっとした小物以外は、支給品で暮らせるように努力しているだけなのだ。
私は一人、難しい顔でうんうんと頷いていると──。
「その、何かあったのか? 大丈夫なのか?」
此方を気遣ってくれているのだろうか。伏し目がちに斎藤さんにそう問われ──私は眉間に皺を寄せながら「んー」と、唸っておく。
正直なところ、まだ頭は混乱しているし、微塵も大丈夫ではないが……。
でももう、彼らには心配を掛けないと先程決めたのだ。軽い回答にならないようほんの少しだけ唸った後「大丈夫」と口を開きかけた──刹那、文机に向かっていた沖田さんが大きく咳き込んだ。
彼は咄嗟に口許を手で押さえたようだが、その指の隙間から、零れた朱が文机に散る。
「沖田さん!?」
私の中途半端な悩みなど、頭から軽く吹き飛んだ。
亀の甲羅のように背負っていた掛け布団を放り捨てて、火鉢の前から膝立ちすると、素早く彼へとにじり寄る。
未だ小さく咳き込み続ける背に手を宛てがい──、
「大丈夫ですか!? しっかりしてください──!!」
その半ば土気色とも取れる顔色を覗き込みながら、私は懸命に彼に声を掛けた。
「アキリア。退け──」
一人で慌てふためいている私の横へと、そんな声とともに斎藤さんが駆け寄ってくる。
彼は沖田さんに肩を貸すようにして立ち上がり──畳に敷いてあった敷布団へと沖田さんをゆっくり寝かせた。
私はすぐに、先程まで自分の背に巻き付けていた彼の掛け布団を、火鉢の傍から拾い上げると、横たえた沖田さんの身体へと、そっと掛ける。
「沖田さん、しっかりしてください! ほら、こんなこともあろうかと、背中で掛け布団温めおきましたよ!」
何やら斎藤さんから複雑そうな視線が向けられたが、気にしている場合ではなかった。
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