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「金髪の男が私を探してるぅ!?」
「うん。実際会ったのは私じゃなくて、ウチで働いてる下級の遊女のコなんだけど……。見るからに外の国って感じの男が、安芸さんを探してたって、朝、皆でわちゃわちゃと小話してた時に、小耳に挟んで……。それでお知り合いが探してるのかなって思って……」
私は彼女の言葉につい小さく吹き出した。
「それでわざわざ来てくれたんだ。ありがとう。……でも、多分それ、何かの間違い、かな。私を知る外の国の者なんていないから──」
そう。この世界には私の故郷の知人はいない。
何故なら、確かに故郷は外の国ではあるが、一五〇〇年以上の遥か遠い昔が、私の故郷なのだから。
きっと、私を探していたというのは、その遊女の聞き間違いだろう。
ほんの一瞬、頭に過ぎるのは、私を探しているというその『何者』かが、私と同じで、天使に此方へと連れて来られたのでは、というもの。だが──。
「ま、そんなワケ、ないか」
私は奇跡的な問答の食い違いでこの世界に飛ばされたのだ。
他の誰かが同じ食い違いをすれば……話は別だろうが、問答の全てが私と全く同じ轍を踏むことになるのも、まずない話だろう。
「多分だけど、大丈夫。……それより、近況はどう? お藤さんは元気でやってる?」
お梅を安心させ、私は彼女の近況を聞くなど、取り留めのない話を始めた。
くるくると表情を変えながら話すお梅を微笑ましく眺めていると、ふいに外から時の鐘が聞こえてくる。
彼女と過ごす時間は思いの外とても楽しくて。時間もあっという間に過ぎていたらしく──、気付けば十八時になってしまっていた。
「えー、もう十八時なの?」
時計を見上げながら、お梅は口を尖らせる。
「安芸さん。長々お邪魔したら悪いから、今日はもう帰るけど……次は絶対に遊びに来てね」
輝く目で見つめられた私は「頑張ります……」と、それが果たせなかった時の逃げ道を用意しながら頷く。
我ながら狡いとは思うが、二度目の約束破りよりかは、幾分かマシだろう。
吉田屋へと帰る彼女を門まで見送った後──、私はすぐに自室に戻って箪笥に直に放り込んでいたお金を引っ掴むと、先程助けてくれた男の宿泊費を支払うために、旅籠へと全力疾走で向かった。
「まずい……!!」
──割と、本当に命が掛かっていた。
これが一時とはいえ、借金になるのかは分からないが、もし借金にあたるのならば、私はこの借金が諸士調役の隊士達にバレ次第、局中法度に背いたということで切腹しなくてはならなくなるのだ。
「隠し通せてますように──!」
鬼気迫った表情で旅籠に飛び込み、目をかっ開きながら宿の主に他の隊士が訪ねて来なかったか問うも、答えは「誰も来ていない」とのことで。
「良かったぁ……!!」
幸いにも規律違反がバレる前に支払いができたらしく──、私は内心で胸を撫で下ろした。
──本当に生きた心地がしなかった……。
当分は諸士調役に目をつけられないように大人しくしていよう。
安堵の吐息を零しながら、ぽてぽてと屯所に戻る私は、ふと、手拭いを拾ってくれた人の名を聞きそびれたことに気付く。
「あ。やっちゃった……」
──礼は要らないとは言っていたが、もし今度会えたらその時は、お茶の一杯、奢らせてもらおう。
絶対にその顔を忘れないように……というか、行動が衝撃すぎて忘れられる気はしないが、念の為、褌男の顔を何度も頭に思い浮かべる。
切腹の恐れはあったけれど、それでも今日は優しい人に出会えたし、お梅さんとも再会できたし、とても良い一日だったように思う。
鹿のような、跳ねる、軽い足取りで屯所に戻った私は何食わぬ顔で、いつも通り夕食と風呂を済ませ、明日に備えて早々に床に就いたのだった──。
その晩私は、どこまでも広がるような、真っ暗な闇の中、ポツンと立つ夢を見た──。
夢というにはその纏わりつく闇はかなり現実味のある──生々しいもので。
「あれ……?」
──この闇、見覚えがある。
それは確か、自身がこちらの世界に飛ばされる直前に見た夢の、闇だったか。
それとなく周囲をぐるりと見渡すと、辺りに満ちる闇の中静かに佇む──、薄緑の髪に、光輪を頭部に浮かべた幼女の姿が目に映った。
記憶を手繰る間でもなく──すぐに幼女が何者かを思い出す。
「あ、あなた、もしかしなくても死んだ私を此方に連れてきた天使!?」
返答など別にどうでも良かった。なぜなら、闇に佇む彼女は間違いなく、私をココへと連れてきた天使なのだから──。
ココへ来て以来、初めての再会になるのだが、私は彼女の姿に何となく──、喩えるなら喉に魚の小骨が引っ掛かるような、割れた爪に布が浅く引っ掛かるような、そんな妙な違和を感じた。
「お久しぶりです。剣闘士の能力を生かせる未来生活はいかがでしょうか?」
──やはり、何かがおかしい。
彼女はこんな、抑揚のない喋り方だっただろうか。かつては表情も、もっと溌剌としていて、可愛げがあった気がするのだが──。
そんな違和感を覚えつつも、私は幼女へと、今までの文句を垂れるべく半眼になりながら詰め寄った。
「いや、そもそも、ココに飛ばされたこと自体があなたの手違い……というか勘違いなのだけど!」
私は幼女に、かつて上手く伝えられなかった、未来に行きたかったのではなく、未来に生きたかったことを──少しばかりの延命を望んでいた。ただそれだけの希望であった旨をようやく伝えられた。のだが──。
「ああ、そうだったのですか。でも私、二度目の願いを叶える権限は神から与えられていないので」
悪びれた風もない、無機質な声の幼女を、私は込み上げる苛立ちのままにジトリと睨む。
「……ってことは何? まさかと思うけど、私、ローマに帰れないとか?」
そんな、静かな怒気を含む私の声に、目に光のない幼女は首を傾げた。
「帰れる、帰れない……以前に、もう、そんな心配も要らなくなりますので、気にされることもないかと」
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